第12話 水曜日のお見舞い(感情)

 水曜日。


 かがりとの会話を思い出して、俺はひとりで苦笑いを浮かべていた。

 ベッドの上で。


 昨日のあれだ、好きな人がいるかどうかって質問――いきなりの質問に戸惑ったけれど、正直に答えることにした。


 かがりや、他の姉妹たち――全員に、一目惚れをしたって。

 かがりも苦笑していた。


 それもそうだろう。


 流石に『七人全員』は回答として、あまりにもマヌケすぎる。

 かがりは一番最初に一目惚れしたのは誰か、という質問に変えた。


 ――まあそんな問答を繰り返して、最終的にかがりは笑ってくれた。


 コンコン。


 病室の扉をノックする音。

 そして、俺が返事をする前に扉が開いた。

 入ってきたのは――天野あまのりょうさん、その人だった。


 俺はまだベッドの上から動けないので、首を回してそちらの方を見るしかないのだけれど。



 ☆



 三女、天野涼――。

 青みがかった髪をボブカットに整えた女の子。

 水色のカーディガンを羽織っており、キュッと引き締まったかがりと比較すると、むちむちのボディライン。


 涼さんの腰もキュッと引き締まってはいるけれど、成長著しい胸が、カーディガンのボタンを窮屈そうにさせている。


 全体的にクールな印象を受ける子で、姉妹の中でも特に表情が読みづらい。


「こんにちは」

 

 涼さんは、俺に向かってご丁寧なお辞儀をしてくれる。

 俺も慌てて首だけで会釈する。


「こんにちは。えっと、お見舞いに来てくれてありがとう」


「お見舞いに来るのは当然」


 ベッド脇の丸椅子に腰掛ける涼さん。雰囲気も格好も化粧の仕方も全く違うけど、近くで見ると、やっぱりかがりに『似ている』なと思う。


「怪我、平気?」


 涼さんは、まず俺の心配をしてくれた。


 ――血は争えないんだなぁとしみじみ思った。


「うん、まだ少し痛むけど……傷は残らないらしいから」


「それならよかった」


「涼さんは」


「涼でいい。唯姉以外は、さんを付けなくていいと思う。私は呼び捨てでいい」


「わかった。涼は……その、もう大丈夫?」


「大丈夫」


 俺は、涼さん――もとい、涼の心情が気になって仕方がない。

 もう大丈夫だとは言っているけれど、やっぱり恐怖とか、そういう負の記憶は簡単に消えるものじゃないと思うから。


 でも掘り下げない方が、きっと、いいとは思う。


「そっか。……よかった」


 俺は、当たり障りのない返事をした。

 涼は揃えていた足を崩すと丸椅子の上で器用に体育座りをして、膝の上に自分の顎をのせる。角度的に危ういというか、そのスカートの丈でその座り方は……。


 あまり意識しないように、視線を涼の顔の方に向ける。


 ふむ。


 俺のことを、じーっと見ている。

 値踏み、というよりはどういう人物なのかをじっくり見極めるようとしているように思える。


 この目は知っている。

 かがりも――、初めてあったときに、俺に対してこういう目をしていた。


「何か、聞きたいことがありそうだね?」


 見定めているなら、それに付き合ってあげよう。

 別に隠すような話でもないのだから。


「どうして助けてくれたの? かがりにこっぴどく、怒られたはず」


「怒られてはいないよ。かがりは俺を優しく諭してくれたんだ。それに、あの時は何かあったらどうしようって気持ちがいっぱいだった……」


「うん」


 涼は、こくんと首を縦に振った。


「でも、拒絶をされたら人は傷つく。拒絶をされたら、人は恐怖する。かがりは、それをわかったうえで怒ったんだと思う」


「うん。俺もわかってる。一番つらいのは怒る方だってことも。それは裏を返せば優しさなんだよ、やっぱり。気持ち悪いと一蹴することは簡単だけど、かがりはきっちり俺の悪いところを指摘してくれたんだ」


「かがりが優しくなかったら、夕くんはどうしてた?」


「……その時は二の足を踏んでいたかも」


「正直者はバカを見る。それでも助けてたといったほうが、かっこいい。でも私はバカな人、嫌いじゃない」


 表情は一切変わらないけれど、涼の口元がわずかに緩んだ気がした。

 涼は足を崩して、俺に向かって手を差し出した。


「ありがとう。助けてくれて。私はかがりと違って感情の起伏が乏しい。生まれるとき、唯姉とかがりと樹里に、色々と持っていかれたからだと思う。それでも今回のことはこわかった。とっても。とっても。――だから、ありがとう」


 差し出された手を握り返す。


「また」


「あ、うん」


 涼は、立ち上がって頭を下げた。

 その拍子に、青みがかった髪がふわりと揺れた。


 優しい笑顔がそこにあった。

 無表情を崩して、柔らかい表情を見せてくれていた。


 また、という短い二文字のなかに色んな感情が詰まっている気がした。

 俺はそれを、確かに受け取ったんだと思う。

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