Ⅰ
1 去年の夏、八月九日、ぼくは鎌倉にいた。朝早くに新幹線に乗って新横浜駅に着いて、キャリーバッグやなんかの大きい荷物はコインロッカーに預けて、身軽になってから電車で鎌倉駅に向かった。そして駅前からバスに乗って、鎌倉大仏殿高徳院に来ていた。
2 八月九日は姉が推しているアイドルの誕生日で、それで姉とぼくは、その日横浜に来ていた。この日の夜、横浜アリーナでぼくたちの推しのアイドルグループのライブがある。
3 ぼくたちの推しのアイドルがどのくらい人気があるのか、ぼくにはよく分からない。アイドルの人気ってどうやってはかるものなんだろう。考えれば考えるほど分からない。人気がどのくらいかっていうことと、ぼくがどのくらい好きかっていうのはあんまり(ぜんぜん?)関係がないから、人気のことなんて考えなくていいかなって思う。でも、姉に言わせるとそうじゃないんだって。人気がなかったら、ライブの演出やMVの美術がしょぼくなるから、人気がなかったら駄目なんだって言う。姉の言っていることがどのくらい本当なのかぼくには分からないけど、もしそうなんだったら人気があるに越したことはないのかなって思う。
4 姉とぼくが推しているアイドルがどのくらい人気があるのかよく分からないけど、とりあえずライブのチケットはなかなか取れない。前の年はチケットが取れなかった。この年やっと一公演だけチケットが取れた。ぼくらの地元関西の公演の抽選はぜんぶ外れて、横浜まで遠征することになった。お金的には困るんだけど、姉の推しの誕生日公演が当たったので、姉はものすごく喜んでた。比喩でも誇張でもなく泣いて喜んでた。
5 仁王門と券売所を抜けて、手水舎でお清めしてから、そのすぐそばにある高徳院の境内図の前でポーズを取る姉の写真を撮って、いよいよ大仏さんが見えるところまで来た。ぼくと姉はめいめい勝手に大仏さんに近づいていって、スマホで写真を撮ったり感慨にふけったりしていた。
6 姉は熱心にいろいろな角度や構図で大仏さんを撮っていた。きっと人が映り込まないタイミングなんかも見計らっているんだろう。やたらと時間をかけて何枚もシャッターを切っていた。ぼくは早々と日陰のベンチに腰かけていた。そこで姉の様子を眺めながら、小説のことを考えたりしていた。
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