七、捜索
「ちょ、ちょっと、ここで待ってて! 探し物してくる!」
「……は? なにをだ?」
慌てた様子で通り過ぎていった黒鴉の後ろ姿を怪訝そうに見つめ、そのまま中へと進んだ。褒美の品が乱雑に放置されているせいで、もはや半分ごみ屋敷と化している社。本当の塵がないだけマシだが、これでは生活する場所が限られてしまいそうだ。
(天候が良くなるまで待つなど……そんな悠長なことをしていていいのか?)
他と比べて綺麗な場所を見つけて座り、片膝を立てて壁に寄りかかった銀花は、ざわざわとして落ち着かない心臓を鷲掴みにした。こんなにも胸騒ぎを覚えるのは、楪になにか起きているのではないかと疑ってしまう。
「まずい! すごくまずいことになった!」
「……これ以上なにがあると言うんだ?」
バタバタとした足音が聞こえて来た矢先、黒鴉があわあわとしながら戻って来る。探し物が見つからないくらいでなぜそんなに取り乱しているのかと、銀花は黒鴉を無感情のまま見上げた。こっちはそれどころではないというのに。
「
「蛭子?」
「えっとだなぁ……しいて言うなら珍客?」
「おい、なにか隠しているな? 今回の件と関係があるんじゃ」
それはない! と思う……と、自信があるんだかないんだかわからない反応に、銀花は疑いしか持たなかった。穢れの元凶を生んでいた蠱毒の穴。その穴の中にいたのは蛭の姿をした祟神。蛭子。頭の中で簡単に結びつく。
「水月様は知っているのか?」
「……いや、バレたら話そうかな〜と思ってたくらいで。実際、数日一緒にいたけどなにも起きなかったし。霊泉にぶっ込んでも平気だったから」
「だからといって悪いモノではない、とは言えないだろう」
正論だけ言えばそうだが、黒鴉には黒鴉の思うところがあったのだろう。
「あの蠱毒の中で、その身を捧げていた····ってか、捧げられていたっていうのが正しいのか。あいつらに内臓貪り喰われ続けてた贄。喰われては再生するからそれが延々と続く。俺はさ、あの子のそんな姿を見て……綺麗だなって思ったわけ」
その感覚に対してまったく共感できない銀花だったが、黒鴉には違ったのだろう。
「それで、連れ帰ったと?」
「そう。まあほぼ俺しか話してなかったけど、かまいすぎて逃げられたのかも」
「ここはお前の領域だろう? なぜ主以外の者が出入りできるんだ?」
領域はその主である者が一緒にいないと出入りはできない。銀花の領域はもちろんそのようになっている。その蛭子がどのような力を秘めているかは知らないが、よっぽど強い力なのか。それとも単純に黒鴉の雑さが災いしたのか。
「そんなことよりも! さっさとあの子を捜しに行かないと!」
「その蛭子が穢れを生んでいたのなら、あの穢れの残骸は……」
「それは……まだわからないだろ? 俺もふざけて"歩く呪物"とか本人に言っちゃったけど、本当のところはわかんないんだって。それに、ちょっと気になることもあってさ」
とにかく、俺は行く! と黒鴉は銀花に背を向けた。銀花もまた、じっとしていることなどできるわけがなかった。
「俺も行こう。あの崖の下からこの場所はそんなに遠くない。もしかしたら、ということもある」
あまりにも偶然がすぎる。もし蛭子という存在が穢れを呼ぶのなら、それに楪が誘われたという可能性もある。そうなれば、銀花としては赦し難い事だった。黒鴉には悪いが、それが事実だとわかったその時は……。
(せめて楪が少しの間でも目覚めてくれたら、)
このままでは神気が追えない。遅くなればなるほど楪が危険に晒される。
「この吹雪の中、当てもなく歩き回っているという可能性は低いだろう。どこか身を隠せる場所にいるはずだ……」
立ち上がり、先に歩き出した黒鴉の後を追う銀花だったが、その足が止まった。
「待て、黒鴉」
「今度はなに?」
苛立ちを隠せない様子で黒鴉は振り向く。
「楪の意識が戻った。今なら位置がわかる」
ここからそんなに遠くない場所にいる。意識が戻ったということは無事だという証拠だ。だがその安堵の心を砕くように、すぐに気配が追えなくなる。
「嫌な予感がする。場所はわかった。俺は俺で動くが、お前はどうする?」
「こっちは手がかりもないしな。一緒にいるのを願って、ついてくことにする」
ふたりは領域を出て、再び吹雪の中外にやって来た。ここから西。血痕のあった場所からは南の方角。先に鴉の姿になって風に煽られながら飛び立った黒鴉の後を追うように、銀花もまた神狐の姿になって灰色の重たい空に向かって駆け出した。
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