第21話:魔女の血痕

 腹が減って目が覚める。

 昨夜はメリルと話をして少し夜更かししていたためか、俺が起きたときにはもうエリシアはメイド服を着て俺達が起きるのを待っていた。


 俺が体を起こすと、それに反応して俺の腹を枕にしていたメリルも体を起こす。


「あれ、おはよ……。あ、そっか、泊まったんだった」


 普段からモフモフの髪がいつも以上にモフモフしたメリルが目を覚ます。


「目的のものは近いけど……一回帰るか……。流石に腹も減ったしな」

「あっ、ご飯なら出来てますよ」

「えっ、材料とかなかっただろ?」

「朝起きて獲ってきましたよ」


 そう言ったエリシアは焼いた鳥肉を俺達に見せる。

 他に材料がなかったからだろうが、空きっ腹にはめちゃくちゃ美味そうに見える。


「エリシア……すごいな」

「でしょう? どうせネグレア様のことなので私のことをバドミントン狂いのメイドと思っていたのでしょうが、実は有能メイドなのです」

「暖炉の火とか消えてたと思うけど魔法も使えるのか?」

「いえ、手で火起こししました。起こすのは悪いので」

「そのサバイバル能力はなんだ……?」

「ふふふ、これはバドミントンをしたことによって身につけたのですよ。バドミントンにより得た瞬発力で鳥を捕らえ、バドミントンにより得たパワーで火を起こし、バドミントンにより得た機転で調理をしたのです」

「せめて調理はメイド業で覚えろよ」


 そうツッコミながらエリシアの作った料理を見る。……焼かれていて分かりにくいが、やたらと切り口が綺麗じゃないか?


 というか……斬ったのか? 野生の鳥を走って近づいて、その剣で。


 いやまさかだな。エリシアは普通に運動音痴なのでそれはないだろう。

 けど、一応……護衛としてついてきているんだよな、エリシア。


 俺が見ているとエリシアは不思議そうに首を傾げる。まぁ考えすぎか。


 もそもそと焼いた鳥肉を食べて、それから地図を広げる。


「じゃあ、それなりにここからなら近いからそのまま取りに行くか」

「昨日のレシピはどうするの?」

「とりあえず持って帰って、それからどうするか決める。というのも、ここに置いたのって主人公に渡すためだろうけど……まぁ不確実だ」


 俺達の会話を聞いてエリシアは首を傾げる。

 俺は現在地と記憶の地図からおおよその場所に見当を付けて出発する。


「あー、体痛い。メリルは平気か?」

「平気だよー」


 何故だかご機嫌のメリルを不思議に思っていると、メリルは俺の隣にぴょこぴょこやってきて首を傾げる。


「それで、なんでその剣が森の中の小屋にあるんだろ?」

「言われてみると割と謎だな。フレーバーテキスト的なところかな」

「どんなの? 続き教えてほしいな」


 雨に濡れた草原、ひょいひょいと身軽に歩くメリルの後ろを追いながら頷いた。


『魔女と騎士の夫婦はただ逃げました。魔を祓う血を得るための追手たちから、森の奥へ奥へと。「追い詰めたぞ、魔女と騎士」「その魔女を殺すのだ。そうせねば王子は死ぬのだ。お前が殺すのだ」騎士がかつての仲間と主君に剣を向けようとしたそのときでした。魔女の体がシュルシュルと巨大な魔物に変わります。』


 俺が話していると、メリルは幼い目をパチクリと動かす。


「えっ、魔物なの!? 魔女さん!?」

「いや、それは魔女の騎士のための行動というか……あー、続き、話すな」


 メリルはコクコクと頷く。


『「追い詰められて本性を表したか」追手が魔女に言います。魔女は魔物の姿で暴れ、騎士を追い詰めます。魔物を抑えようと騎士は剣を抜き、魔女は幻影を解いてその剣に自らの胸を貫かせました。

「ありがとう、私と結婚してくれて」魔女の血はその剣に宿り退魔の力を得ました。騎士は王城へと戻り、その剣によって王子の呪いを斬り払いました。王子の快復を喜ぶパーティの中。騎士は王子を呪いました。呪いました。呪いました。愛しい人の命を奪ってその剣を抱いて。』


 話し終えると、少女の瞳が迷ったように動く。


「……おしまい?」

「ああ、続きはないよ。そういう設定がある武器だから、たぶんその後日、件の騎士が思い出の森の小屋に置いていった……みたいな話じゃないかな、適当な予想だけど」


 そう言いながら前を見て眉を顰める。

 雨雲が晴れたのはいいが、濡れた地面から出てきた水分が日に照らされて霧になっている。


 少し視界が悪い。


「……呪うの、王子様なんですね」

「まぁ……王子様は知らんところで呪われただけで魔女を殺せって言ったのは別のやつだろうしな」

「それもありますけど。……ボクは、自分を置いていった魔女さんを……恨んでしまいそうです」

「それは……騎士に幸せになって欲しかったからだろ。追われながらの駆け落ちなんてなかなか厳しいだろうし、だから騎士の剣で死んで城に戻れるようにしたんだと思う」


 メリルは俯いたまま言う。恨み言をこぼすように。


「勝手です。そんなの」


 そんな言葉に反応しようとしたそのとき、エリシアが森に繋がる道を指差す。


「この道ですか?」

「あ、ああ、そうだ。この先の小屋で……」


 メリルの表情を見ようとするが、彼女は顔を隠すように俯いていた。

 意見の違いのせいでなんとなく気まずく感じているうちに例の小屋が見えてきて、俺は特に気にせず進もうとするが、エリシアが俺とメリルの前に腕をやって足を止めさせる。


「エリシア?」

「……静かに。何か、誰か、います。すごい殺気の」

「殺気って……」

「下がりますよ。危険な相手です。剣を回収などしている場合では──」


 エリシアの言葉はその途中で遮られる。


「────剣を回収?」


 俺にでさえ感じる怒気。

 何かの虎の尾を踏み抜いた。と本能で理解する。


「──お前もか。お前達もか。俺から、アイツを奪おうと言うのは」

「下がって!!」


 エリシアのその言葉と共に足を踏み出して剣を引き抜く。

 視界の端に映る黒い影の剣が俺の剣とぶつかってけたたましい音が森の中に鳴り響く。


 振るわれた剣を身体能力任せで受け止める。


「バースト! ショット!」


 メリルから放たれた巨大な魔力の塊により、目の前の人間が吹き飛ばされるが、吹き飛ばされるのみでダメージを負った様子もなく立ち上がる。


 土埃の中に見えるのは鉄の塊を思わせる全身鎧と……血管を思わせる赤い紋様の入った長剣。


「……【魔女の血痕】」

「っ! お前は、お前達はっ! 俺から、全てを……!」


 その可能性を、考えていなかった。

 剣のフレーバーテキストの時代はもっと昔のもので、今の時代のものではないと勝手に思っていた。


「っ! 待てっ! 違う! そのつもりはない!」


 俺の静止を聞くつもりはないらしく、血を浴びたフルフェイスの兜の目が俺達を睨む。


 仕方ない、殺されるわけにはいかない。一旦黙らせる。


 騎士から振るわれた剣を受け止めつつ、魔力を出して空気の塊を生み出す。そしてそれを射出した瞬間、妙な感覚に襲われる。


 虚脱感……いや、魔力を奪われる感触。


 剣から赤い紋様が空中に走り、それに触れた空気の塊が霧散する。


「──なっ!? 魔法が!?」


 ゲーム内の【魔女の血痕】はただの物理攻撃力と防御力の補正が優秀で、代わりに攻撃魔法が使えなくなるというだけの武器だった。


 相手の魔法まで吸い取るような、そんなゲームバランスを壊すような代物ではなかった。


「バースト! ショット!」


 再びメリルが高威力の魔法弾を放つが、空気中に伸びていた紋様が騎士の鎧に纏わりつき、今度は吹き飛ばされすらせずに受け止められる。


「っ……本来の、所有者ということか?」


 騎士は俺達に剣を向けた。

 その赤い刃から感じるのは怒り、怒り、そして怒りだけだ。

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