悪役貴族は脇役ヒロインを救いたい。〜ゲーム知識とチートスペックで魔法を極めて破滅エンドを踏み躙る〜

ウサギ様

プロローグ:その子はヒロインではなかった

 ゲームをしているときや、漫画やアニメを見ているとき、ヒロインに救われてほしいと思うことはあるだろうか。


 友人のオタクは


「救ってやりたいんだよなぁ」


 などと言ったり、


「逆に僕がヒロインとして主人公に救われたいまであるんだよな」


 などとキモめの世迷言を口にしていたが、俺はあまりない。


 というのも、なんだかんだ言っても物語は物語でしかないと思っているからだ。


 特別冷めているわけではないが夢中になるほどでもない……。と、思っていたのだ。


「…………」


 その日の俺は、言葉のひとつも発さずにゲーム画面に食いついていた。


 今の時間は18:45。


 その件のオタクから


「ゴールデンウィークの初日……いやその前日の夜中に始めてほしい、ダウンロードはそれまでにしておいて」


 と何故か時間まで細かく指定されていたが、その理由も分かった。


 面白いのだ、あまりにも。

 久しく忘れていた感動と興奮はまるで小学生の夏休みにテレビゲームに齧り付いていたときのように世界を忘れさせた。


 夜そのままゲームをやり続けて、朝に倒れるように寝て、腹が減ったらカップ麺を食べて、他の時間を全てそのゲームに費やした。


 オタクの友達のアドバイスに従って本当に正解だった。

 こんなの連休の頭以外で始めたら、他の全てが手につかなくなって大変なことになるところだった。


 そしてそのままゲームをクリアして……興奮のまま深夜、迷惑も考えずに友人に電話をかけて語りまくり、そのまま二周目、三周目。


 ファンタジー作品ではあるが恋愛要素もあるので一度目とは別のヒロインを攻略したり、一度目とは違うスキルビルドを試してみたり、別のエンドを目指したりと新鮮な楽しさが続く。


 【世界の終わりの流星群】

 そんなタイトルだが、ルートごとにタイトルの回収の仕方が違うのも魅力的だった。


 あるルートではヒロインの故郷が滅びて深夜に灯りを持った人が一方向に逃げ出す様が、暗闇を駆ける流星群のようだと言ったり、

 別のルートでは実際の流星群の下で最終決戦が起きたり、

 また他のルートだと隕石が降り注いできたり……と。


 やればやるほど楽しく、世界を知れば知るほど好きになる。


 ゴールデンウィークの全てを使ってそのゲームをやって、それでも物足りずに時間が出来る度にやり込み続けた。


 攻略サイトは見ていなかったため、ある一人の女の子とのハッピーエンドだけ見つけることが出来ずに俺にこのゲームを教えてくれた友人と話す。


「あのさー、あのゲーム、世界の終わりの流星群、かなりやりこんだんだけどさ」

「おー、ハマってるなぁ。紹介した甲斐あるよ」


 昼飯の蕎麦をずるずると啜ってから友人に尋ねる。


「セナちゃんルートがどうやっても見つからないんだけど、なんか条件あるのか?」

「セナちゃん? ん? 誰だろ」

「えっ、覚えてないのか? ほら、あの街の女の子。街に来たとき主人公に道案内してくれる。優しくて一番好みなんだけど」

「あー、ああいうちっこい子好きだよなー。でも、いや、ないんじゃないかな? モブキャラみたいなもんでしょ」


 友達のその言葉に蕎麦を食う手を止める。


「……えっ」

「まぁモブキャラ……というには、会話もあるけど、ヒロインではないんじゃないの?」


 世界の終わりの流星群という物語、王道らしい王道で、主人公が不遇のヒロインを救うという流れのシナリオだ。


 それゆえにか、街の人たちも結構大変な目に遭っていて……。


 俺が一番好きなキャラクターのセナもその例に漏れず、直接的な描写や明言はないが魔物に殺されてしまったり、隕石に潰されてしまう。


 だからこそ、俺はセナルートを見つけて救ってやりたいと何周もして……。


 慌てて攻略サイトを調べる。

 たくさんの攻略ヒロインがいるが、けれどもその中にセナの名前は見つからない。


「……セナ、救えないのか?」

「少なくとも今はそのルートはないみたいだな、というか僕も名前聞いても分からないぐらいのちょいキャラだし」


 嘘だろ……。

 あんな優しく可愛らしいキャラが、ヒロインではなく……。

 いや、ヒロインでなくとも何でもいいけど、生存して幸せになるルートがないなんて。


 俺は慌てて家に帰って攻略サイトや掲示板を見ながらゲームをして探していくが、見つからない。


 ……見つかるはずもない。あの子は、ただのモブキャラなんだから。


 ゲームのキャラに何故ここまで真剣になっているのか、俺でも馬鹿馬鹿しいと思う。


 けれども、優しくて、暖かな言葉をかけてくれるあの子が救われる世界が一つもないなんて……。


 生存ルートを探すために時間をかけるが、当然のように成果はない。


 誰も気にしていないモブキャラなのだから当然なのだろう。人気作だから続編やメディアミックスもあるかもしれないが、誰にも覚えられていないならそこで幸せになってくれる可能性もないだろう。


 息を吐き出す。……ああ、虚しい。


 ゲームに本気になって馬鹿らしいと思うけれど、なってしまったものはどうしようもなかった。

 ゲームのモブの不幸に心を傷ませる日々のなか、帰り道に隣を歩いていた友達がバッと顔を上げた。


 公園からボールを追いかけて飛び出す子供と、その子を止めようと抱きしめる少女と、突っ込んでくる車。


 本来の俺ならぼうっとして何も出来なかったはずなのに、そのとき、俺は頭がおかしかったらしい。


 思わず子供と少女を庇うように飛び出した。

 目の前で不幸になる少女が、ゲームの中のセナに被ってしまって。


 車に轢かれて空を飛ぶ。

 俺が突き飛ばしたことで車にぶつかることはなく、子供達に大きな怪我がなさそうなのを見て安心する。


 よかった……。

 それにしても、跳ね飛ばされるのって一瞬のはずなのによく二人が無事なのを見るだけの余裕があるな。


 何というか、死の瞬間に時間がゆっくりになっていくという話が本当かのような……。


 もしそうだとしたら、俺の死因はゲームに夢中になりすぎたというゲーム脳のせいか。などと内心で笑っていると、地面に頭がぶつかる。


 あ、これ、死んだかも。


 何度も地面をバウンドしながら転がる。

 何故か痛みはない。意識が薄れていく。


 ……ああ、これ、本当にまずそうだ。

 子供達を見て、息も絶え絶えになりながら言う。


「……気にすんな」


 泣きそうな子供達にかけたその言葉が、俺のあの世界の……最後の言葉だった。


 ■




 それはまるで、流星群のようだった。

 夜の海に溺れて、上も下もわからず強い波に体が回されながら追った光の線。


 流星群、綺麗だ……。

 そう死の淵で見惚れていた間に、頭の中に何かの情報が流れ込んでくる。


 地球? ゲーム? ああ……ああ、そうだ、思い出した!

 俺は、俺は……あの日に死んで……生まれ変わったんだ。


 前世の記憶とでも言えるそれが、窒息の中で塩水と共に俺へとなだれ込んでくる。


 前世を思い出した瞬間死ぬって……と思いながら、俺は意識を失い、そして、目覚めた。


「……生き、てる?」


 ベッドの上でそう呟く声は幼く、手は小さい。

 ……死んだのか?


 いや、そうだ。

 前世の俺は死んだけれど、今は生きているんだ。


 混乱する頭の中、前世の記憶の情報に溺れそうになりながら体を起こした。


「……ああ、そうだ。思い出してきた。えっと、俺は……ネグレアだ。ネグレア・ミディア。あれ、なんかネグレアって俺の名前以外でも聞いたことあるような」


 現世では聞き慣れた響き、けれども、前世の記憶が何かを訴えてきている気がして思い出す。


 小さな手、けれどもどこかプニプニと太っていてみっともないその手。

 下を向くと小さな身体に不釣り合いなぼてっと太った身体。


 服は綺麗だが、体は汚い。


 デブのネグレア……。覚えがあった。

 前世、どハマりしていた【世界の終わりの流星群】というゲームの悪役……デブのアホのボンボン貴族、ネグレア・ミディアだ。


「……あ、はは」


 思わず笑い声が漏れ出る。

 その声も幼いが聞き覚えがあった。


 ……どのルートでも主人公に突っかかるアホ貴族。しかもどのルートでも死ぬことになっている敵役。


 発言内容はアホそのものなのに妙に口が回ることや出番が多いせいで、ネットでは「ラッパー貴族」やら「レスバトル・オブ・デブ」やらと呼ばれいた。


 そして毎回変な印象に残る死に方をするせいで


「世界の終わりの流星群は言うほど世界は終わらないけど、ネグレアは絶対に終わるんだよな……」


 だとか


「ネグレアが謎にラスボスに殺されたの、レスバでラスボスに勝っちゃったから説」


 だとか


「ネグレアレスバMAD合同作った!」


 だとか


「ネグレア様語録」


 だとか……。


 散々、散々……ネタにされていた。


 そのアホ貴族に……俺はなっていたのだった。

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