偽りの英雄譚〜落ちぶれ中年、英雄詐欺をしていたらいつのまにか最強扱いされていた〜

黄舞@9/5新作発売

第一話 英雄に間違えられた男

「クソが……なんでこうなる」


 ロイド・アーデンは、目の前の光景を見て、悪態をつく。

 暗い森の中、倒れた馬車の周りには数人の盗賊が蠢いていた。

 彼らの背や腰には剣や斧、いかにも荒くれ者たちが使いそうな武器が下げられている。

 である積荷を、すぐ目の前にある洞穴の中へ運んでいる最中だ。

 風に運ばれ聞こえてくる声から、目に見えるのは下っ端で、中にも多くいるようだ。

 下っ端でもそれなりの装備をしているのだから、中はもっと良い獲物を持っていると考えて間違いない。

 どうやら明確にを引いてしまった。

 すでにあらかたの積荷は運び終わったようで、ロイドが救出すべき商人の娘もあの中だろう。

 ふとここへ赴く前、娘の救いを求めてきた商人の顔が思い浮かんだ。

 焦り顔面蒼白になりながら、ロイドに懇願する商人。

 ロイドはそっと自分のこめかみを押さえた。


「ったく……一時の快楽のために嘘なんかつくもんじゃねえな」


 として歓待を受けたのはつい数時間前。

 うまい酒、豪華な料理、柔らかなベッド。

 すべては一瞬の偽りだったが、を演じることで手に入った夢のような時間だった。

 それが今、命懸けの戦場に早変わりとは。

 心の中で自分の行動の結果を呪いながら、ロイドは小さく笑った。


「……まあ、俺の選択が正しかったことなんて、一度でもあったか?」


 人生の選択をことごとく誤ってきた男が、今さら後悔するのも馬鹿らしい。

 どうせ最低最悪の状況だ。

 だったら、今回もどうにかして生き延びるしかない。

 ロイドはゆっくりと深呼吸し、愛用の剣の柄に手をかける。

 さて、らしく立ち回るとするか――。


 ⭐︎⭐︎⭐︎


 酒場のカウンターに肘をつき、ロイドは薄汚れたジョッキを口に運んだ。

 泡立ちの甘い酒が喉を滑り落ちるが、その味わいを堪能するような余裕はない。

 財布の中身はほとんど尽きかけている。

 少し曇った真鍮製のジョッキに映る自分をぼんやりと見つめながら、次の仕事を探さなければならない憂鬱を思う。

 くたびれた旅人風の格好。

 無精髭に、目つきの悪さ。

 どこからどう見ても”落ちぶれた流れ者”そのものだった。

 彼の仕事は、その場その場で金になることを請け負うこと。

 傭兵、荷物運び、時には酒場の皿洗いまで、何でもやる。

 金があれば飲んだくれ、金がなくなればまた仕事を探す。

 そんな日々を繰り返していた。


「この街に英雄様が……?」


 たまたま漏れ聞こえてきた言葉に、なぜか興味を持った。

 話している男は二人。

 一人は小綺麗で見るからに仕立ての良い服を身につけた中年の男性。

 もう一人は、ロイドも見覚えのある、この街の守衛を担っている男だ。


「あくまで噂だがね。同じ名前の人物がいるらしい」

「ほう。その噂が本当なのであれば、ぜひお近づきになってみたいものですな。かの有名な英雄様と知り合いとなれば、商売の話のタネには持ってこいです」

「しかし、これだけ噂が流れてはいるが、誰もその人物に直接会ったとは聞かない」

「はっはっは。だからこその英雄様なのですよ。何を成したかだけでもこれだけ話題になるのですから」


 ロイドは無意識にそば耳を立てていた。

 守衛の相手は商人のようだ。

 聞いてみると英雄と呼ばれる人物がこの街にいるらしい。

 ロイド自身はそのような噂を聞いたことがなかったが、英雄という言葉に、胸の奥に黒いものが溜まるのを感じた。

 つまらない話を耳にしてしまった。

 そう思い、意識を再び手にしたジョッキに戻す。


「ロイド・アーデン。本当にこの街にいるのなら、俺も会ってみたいものだ」

「ぶっ!?」


 守衛の口から出た人物名に、思わずロイドは口に含んだ酒を吹き出してしまった。

 何事かと守衛と商人の視線がロイドに向く。


「大丈夫ですかな? おや……あなた……」


 商人は袖口で濡れた口元を拭くロイドをしげしげと見つめる。

 ロイドはその視線に居心地の悪さを感じ、持ち前の目付きの悪い眼差しを向け返した。


「焦茶色の癖毛……琥珀色の目……年齢も合いそうだ。失礼ですが、お名前をお聞きしても?」


 ロイドの見た目を口にしながら名前を聞いてくる商人。

 髪の色も目の色も、ロイドの地元では珍しいものではない。

 しかし、地元から遠く離れたこの街では少々珍しい。

 話の流れからロイドの見た目が英雄と噂されている男と似ているのだろう。

 名前も一緒のようだが、これも地元ではありふれた組み合わせだ。

 面倒ごとに巻き込まれないようにと、どう答えるか思案していたところ、ロイドは商人の先ほどの会話を思い出した。

 見た目からしてこの商人はそれなりに成功している人物に違いない。

 上手く立ち回れば、この酒よりも美味い酒にありつけそうだ。

 それに嘘を吐くわけではない。

 本名を名乗るだけだ。

 してもらえるように、少々話を合わせる必要はあるだろうが。


「ロイド。ロイド・アーデンだ」


 ロイドの返答に商人は目を輝かせ、守衛は目を見開く。


「おお! やはりそうでしたか! まさかこんなところで英雄様にお会いできるとは! どうぞこちらに来ませんか? ぜひお話をお聞きしたい」

「そうか? 悪いな。ご馳走になるよ」


 英雄様と呼ばれたが、肯定も否定もしない。

 あくまで名前をたずねられたから、本名を答えただけだ。

 商人の話に適当に相槌を打ち、過去の自分の経験を盛りながら話す。

 運ばれてくる酒も食事も、同じ店のものとは思えない美味しさに思わず笑みが出る。

 仕事があるからと守衛が帰った後、ロイドは商人の屋敷に招待され、さらに上等な酒で喉を潤した。


「たまにはこういうのも悪くねえな……」


 ロイドは豪華なベッドの上で大の字になりながら、しみじみと呟いた。

 もちろんこんな楽園は長続きするはずがない。

 長居すればするほど嘘だとバレる。

 自己弁護をすればあっちが勝手に英雄様だと勘違いしただけだが、そんな道理は通用しないことなど分かっている。

 良くて罵られ、悪ければしばらく冷たく固い檻の中で寝泊まりする羽目になる。


「……さて、そろそろ潮時か」


 さすがにバレる前に消えたほうがいい。

 そう考えたロイドは、荷物をまとめ、音を立てないように窓へと向かった。

 幸いあてがわられた客室は二階。

 多少無理をすれば窓から抜け出すのも問題ない。

 顔を商人だけでなく守衛にも顔を覚えられてしまったから、この街も出る必要がある。

 元々根無草の生活だ。

 ちょうど次の仕事をしなければならないから、護衛か何かを引き受けて、そのままたどり着いた街で金が尽きるまで暮らせばいい。

 窓を開けようと手をかけた――その瞬間、部屋の扉が激しく叩かれた。


「英雄様! どうかお助けを!」


 ロイドの眉がピクリと動いた。


(……嫌な予感しかしねえ)


 抱えていた荷物を元の床に下ろし、わざと少し間を空けてから扉へ向かう。

 諦め半分で扉を開けると、そこには先ほどの商人がいた。

 顔は蒼白、額には脂汗がにじんでいる。


「……なんだよ」

「娘が! 山賊に襲われ、捕らわれてしまいました! 頼みます! どうか助けてください!」


 ロイドは心の中で絶叫した。


(なんでこうなる!?)


 逃げ出すはずが、一転して命懸けの戦場へ。

 もしここで断り、欺いていたとバレれば、八つ当たりとばかりに捕まるより酷い目に遭う可能性まで出てきてしまった。

 まさに自業自得。

 だが――ロイドは、これまで何度もこういう窮地を切り抜けてきた。


「……クソが。仕方ねえな」


 ロイドは剣を抜き、深いため息をついた。


(どうせ俺の人生なんて、ろくでもねえ選択の連続だ)


 それでも、最低最悪の中でどうにか生きてきたのは事実。

 今回も、なんとかするしかない。

 腕にはそれなりの自信がある。

 規模は分からないが、数人程度の山賊ならば、一人救出するくらい可能だろう。


「いいぜ。俺がなんとかしてやるよ」

 

 ロイドは皮肉気に笑い、森へと足を踏み入れた。

 そこで目にしたのは、遠目でも分かるの獲物を身に付けた数人。

 どう考えても中規模以上、正常な感覚の持ち主ならば一人で挑むなど自殺行為と分かる、盗賊団のアジトだった。

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