第34話 どっかのクラス長と夏の風

 夏休みも終盤になり風の涼しい日がほんの少しだけ増えた気がする夕方頃。

 

「夏の風が君の髪とか頬とかワンピースとかその他もろもろを撫でてー......」

「ちょっと母さん静かにして。」


 ようやく目当てのアーティストがやってきたのに、母親にか細い小声で歌われることに対して少し腹を立てながら、目線をスマホとテレビを行ったり来たりする。


「もろもろ撫でてって......歌詞変じゃない?」

「母さんなぁ、これはそもそもそういう歌なの。」


 最近の音楽について行けない母親の止まらない小言をなんとかシャットダウンしながら、俺はテレビの"夏の暴風"に耳を傾ける。


"ranからメッセージが来ています"

「.....あ、え?」


 同じクラスメイトの女子、柴北さんから突然の連絡が来た。

 梅雨に学校のプリントを届けて以来動いてなかったメッセージアプリに少しドキドキさせながらスマホのロックを解除する。


"突然連絡ごめん!今って空いてる!?"


「......え、え、なんだ、なんだ?」

「なあに、ちゃんと聴くんじゃないの?」

「あぁいやもうその人いいや、良く聴いたら歌詞変だし。」

 

 急な手のひら返しを見せた自分の態度を気にする親の目に背を向けてリビングを出ると、扉が余韻で閉まる音をバックに急いで階段を駆け足でのぼった。


「なんだ、なんなんだ?」

 .......夏の終盤にそのメッセージ、それはもうそういう事なのではないか。


 しかし、こういうことを思いながらワクワクで返信をすると買い物の手伝いや宿題の答えを送ってほしいみたいなコキ使われる内容だったりして肩を落とす羽目になると昔近所に住んでたお兄さんがこの前帰ってきたときに言ってた。


"空いてますけど、どうしました?"


 しかし、別に自分はそんな読み合いとかするようなレベルに達してないので変な勘ぐりはやめてそのままありのまま返した。


「なんだろう、まあ暇だから面倒ごとでも全然いいけど、俺クラス長だし。」


 止まらないソワソワを小さく部屋でポロポロ吐き出しながら既読が付くのを待ちながらスマホをベッドに放り投げ、一応ヨレヨレの部屋着を脱いで私服に着替える。


"ranからメッセージが来ています"


「......!」


俺は急いで私服に腕と首を通し、ベッドに投げたスマホにダイブして拾い上げるとものすごいスピードで暗証番号を打ち込んだ。


"今日お祭りのステージがあるんだけどさ、MCが突如休んじゃって代役がいないから代わりに出てほしいの!!"


「.......え、なんだ.....なんだ?」


----------------


 去年の夏休みに通った道を懐かしく思いながら、道中で水を買いつつ海辺へ向かった。

 外の熱気に包み込まれ額からこぼれる汗はツーっと目に入り込んで染みこみとても痛い。


「......あー!いたいた!こっち!」


 堤防から海へ降りる階段の方から聞こえる声。


「あ、いる......。」

「はやくカモーンヌ!!」


 そこには、華やかなワンピースを着た彼女が手を振ったり手招きしたり右手を忙しそうにして待っており、少しだけドキッとしながら小走りで向かう。


「久々だね、クラス長。」

「久々......っていうかMCってなんですか?」

「まあとりあえず行くよ!」


 久々の海辺とそこそこの人だかりの空気感を感じる前に急かされる自分はなにも考えずとにかく砂浜を走る彼女の後ろをついていった。


「おじさん、連れてきたよ!」

「おお君がクラス長さんか、初めましてだな。」


 準備されたステージの前に止まった柴北さんの前には、タッパのある体を包む危なそうな草の柄シャツ、整えられたアゴヒゲ。明らかにそっち系なオジサンと、その後ろには黒い服をした手下のような人間が真っすぐこっちを見つめてくる。


「あ、あ、え、どうも......。」


 俺は瞬きの回数を増やしながら短い呼吸で空気を吸い込み、震えながら頭を下げた。


「え、あのーごめんなさい、うちそういう勧誘とかは......。」

「クラス長!この人そう言う人じゃないから!」

「柴北さん......自分の人生もっと大切にしようよ。」

「だから違う!この人は友達のお父さん。」

「友達の.......お父さん?」

「ほら、去年海の家でさ焼きそば食べたでしょ?」

「......あー!あのお店の!」


 その言葉を聞いて一瞬で理解した。そしてものすごい良くない勘違いをしていたことを謝り、なぜここに呼び出したのかを改めて確認することに。


「それが今日俺がステージの主催なんだけどさ、MCとして雇った俺の友達がいなくなっちゃってさ。」


 この海辺は他の地域とは違って特別で、夏休みのほとんど毎日お祭りを開催しているのだが、毎日メインイベントの主催が変わりその祭りの盛り上がりを競い合う大会、通称【おまつりまつり】が行われている。


「そんなステージのMC、俺がやるんですか?」

「もしよかったら、お願いしても良いかい?」


 見た目とは真逆に物凄い下手からお願いされた俺は、ここまで来て断るとどんなことになってしまうのか想像するだけでちびりそうになるので急いで首を縦に振った。


「じゃあこれとりあえず渡すけど、書いている内容は読みやすいように言い換えていいからさ。」


 ある程度内容の書かれた台本もどきのようなものを手渡され、ホッチキスで止められたその紙をペラペラとめくりながら流れの確認を無理やり頭に叩き込む。


「じゃあごめん、俺焼きそば焼かないといけないから後は頼みます!」

「え、あ、はい!」

「あ、じゃあ私今から一時間休憩だからさ、最初だけ一緒にいるよ。」

「おおまじで?めっちゃ助かる......。」


 台本を見る感じ一般の方によるカラオケ大会なので、こっちがメインでしゃべることはあんまり無さそうだが、にしても未体験過ぎて緊張がものすごい。


「にしてもさ、急に連絡してごめんね。」

「全然いいけど.......俺これ出来るのかな。」

「できるよ!いつも帰りの会でMCしてるじゃん!」

「あれMCって言わないよ。」


 隣に柴北さんがいる安心感はものすごく高いが、私服で二人きりの状態で過ごすのはまた違った緊張がある。


「......てかさ、クラス長ってカラオケとか行くの?」

「え?まあ一人でたまに行くけど......。」

「へえ、なに歌うの?校歌?」

「なんで校歌歌うんだよ。」


どうやら相当歌のイメージが無いようだ。


「結構流行りの歌とか歌うもんね。」

「そうなんだ、意外だね。」

「まあ最近はお金無いから行けてないけどね。」

「........じゃあ、今日のカラオケ大会出る?」

「いやそれは出ないよ......緊張してずっとビブラートになっちゃうよ。」

「それ逆にめっちゃ聴きたいよ。」


 スタートまで緊張をほぐしつつ雑談をしながら待っていると、後ろ側の準備場所からスタッフさんがスタスタとこちらへやってきた。


「あぁMCさん。もうすぐ本番なので準備お願いします!」

「あ、はい!いつでも出来ます!」

「......あ、いや、そうではなくこちらの準備です。」

「え?」


 スタッフさんはそう言うと、俺たちを裏側に招き始めた。


「これって。」


--------------


「ということで本番!3,2,1......」

「さ、さあ始まりました!第十三回、浜辺カラオケ大会のお、お時間です!」

「「うおおおおおお!」」


 軽快なBGMをバックにひとつひとつが大きくきこえる拍手に心臓をゾクゾクさせながら台本を読み進める。

 ......にしてもなんだ、この昭和の歌番組みたいな服装は。

 青いスーツは全然わかるけど、なんでオールバックにされたんだ俺は。

 あと瓶底メガネ、付け髭に蝶ネクタイ.....これ無くても別に盛り上がるでしょうが。


「フフン.....フフ、ひひひ。」

 

 人の改造された見た目で笑うなよ柴北さん......とも言えないな、俺も友達が急にこんな姿にされたら全然爆笑するし。

 ていうかそんなに笑ってるけど.......


「MCは突如代役を任された私長暮エイジ、そして!」

「アシスタントとして、柴北ランがお届けします!」

 

 なんでアンタも変装してんだよ。

 フリフリの水玉ドレスに昭和アイドルのようなフワフワした髪型だけども......それでなんでそれが普通に似合ってるんだよ。


「......えーっと、なんだっけ。」

「説明と景品のお話。」

「あぁそうだ.......えぇこちらの大会のルール説明を!」


 いけないいけない.......気を抜いたら一瞬でこの会場の空気に飲み込まれる。

 俺はさっき必死で頭に叩き込んだ台本を思い出しながら、この服装の人間になりきって会場にいるお客さんを盛り上げる。


「さあ、早速一人目に登場していただきましょう!!」


 舞台の裏から横の階段をスタスタと昇ってくる中年のおじさんは、俺の今の服装ドンピシャ世代のであろう昭和世代のアイドル曲に合わせてノリノリで小さいダンスをする。


「水を飲まずにガンダする部活の男の子.......。」


昭和世代過ぎるだろ。


----------------

 

 なんやかんやでカラオケ大会は順調に進みそれなりの盛り上がりを見せていた。


「あ、私もうそろそろバイト戻らないと!」

「あぁそっか、ありがとね。」

「うん!また後で!」


 アシスタントの柴北に手を振りながら、緊張も落ち着いてきた自分はこのちょいダサな格好にも慣れて司会を続けた。


「じゃあどんどん行きましょう!続いて十人目の方です!!」


 ........あれ。


「十人目の方はいらっしゃいませんか?」


 明らかなトラブル感にざわつく会場、自分もお客さんと同様に十人目を探しながらキョロキョロしていると、後ろから黒服のスタッフが駆けつけてくる。


「ごめんなさい人が来てなくて......。」

「じゃあ、次の人呼びますか?」

「いや、それが.......なんか全員来てなくて。」

「え!?」


 マイクに伝わる声、とりあえずお客さんに状況を伝えようとマイクを握りなおすとスタッフがそれを止める。


「いや待ってください、このままだと相当早く終わってしまいます。」

「でも、しょうがないんじゃ......。」

「ダメです、それだとおまつり祭の最下位になってしまう可能性が。」


スタッフは最下位の話をするとさらに焦りだし、どうしようかとあたふたし始める


「え、その、最下位とかあるんですか?」

「はい......最下位になってしまうと僕たちは.......。」


 目線を外し、生唾を飲み込み言葉を躊躇うスタッフの空気感に少し動揺しながら、俺は意を決して耳を傾けると、スタッフも覚悟した顔で口を開いた。


「......めっちゃ怒られます。」

「.....え、めっちゃ怒られる?」

「はい、市長にめっちゃ怒られるんです。」


 想像以上にシンプルだな。確かにめっちゃ嫌だけど。


「めっちゃ怒られたくないです......どうしましょう。」

「......わかりました。」


 俺はひとつ賭けに出てスタッフに耳打ちすると、目を丸くしながら一度考えてうなずいて裏に向かった。


「MCさん大丈夫かー!?」

「はい!はいはい!大丈夫ですよ!」

「十人目は!いないのか!?」

「十人目は......」


 後ろから流れる楽曲のイントロとともに俺は階段をスタスタと駆けあがり、ステージの上で頭を下げる。


「それでは聴いてください!私MCで"夏の暴風"。」

「MCさん!?」

「夏の風が君の髪とか頬とかワンピースとかその他もろもろを撫でてー......」


------------------


お祭りも終盤、ステージが終わった自分は収まらない胸のドキドキを手で抑えながら連絡の来た柴北さんの海の家へ向かった。


「いや、まさかクラス長が本当に歌うなんて!」

「マジで緊張したよ......。」


 急遽飛び出しで歌った俺は案の定声を震わし、喉にバイブレーションを当てているかのようなほどのビブラートを発動させてしまった。


「ちょっとマジで恥ずかしいわ、誰も撮ってませんように。」

「いいじゃん別に、下手じゃなかったよ!」

「まあその言葉だけでだいぶ救われるけど......てかいつまでそのカツラ被ってんのよ。」


 プラスチックの椅子に座りこむ二人、俺はべたべたのオールバックを解きながら彼女の目を気にせず貰った塩焼きそばをズズズとすすっていると、海の家からデカいさっきのオジさんが現れた。


「お疲れさん、いやー本当に助かったよ。」

「はい......最下位になったら本当にごめんなさい。」

「いいんだいいんだ、あの盛り上がり方なら最下位になるこたねえよ。」


 主催者のこの人が言うには、最初の人が現れないトラブルの後にMCが登場したのを一種の台本だと思った人が会場に多かったらしく、満を持して登場みたいな空気とは対の自信のない歌声に面白かったとたくさんの評判を貰ったらしい。


「いや、面白いって思われてるじゃないですか。」

「ははは、来年はちゃんと準備して出てくれないかい?」

「あるならリベンジします絶対!」


 響く花火の裏側で、次は絶対失敗しないように勝手に決意をした。


「あ、そうだそうだ、色々やってもらったしこれあげる。」


 オジサンはそう言うと、手に持っていた花火セットを手渡してきた。


「え、いいんですか?」

「色々やってもらったお礼だ、あとこんな景品余っても置く場所が無いしな。」


 後半がかなり本音な気がしたがそこはツッコまずにありがたくいただくことにした。


「えーいいなークラス長。」

「おおいいじゃねえか、二人で今から遊んできな。」

「え、あぁ。」

「えーやる!最高!」


 彼女はその言葉で嬉しそうにバッと立ち上がると、エプロンを外してオジサンからタバコ用のライターと俺から花火セットをパッて奪い取る。


「あ、ちょっと!」

「こっちまでおいでー!」


 あっという間に遠くにいる彼女はカツラを外してそれをライブのタオルのようにグルグル回しながらこっちへ挑発する。


「.....って、きゃっ!」


 その時ピューっと吹いた夏の暴風が君の髪とか頬とかワンピースとかその他もろもろを撫で、風に揺られる彼女の姿をみた俺は、手の平を返してあの歌詞を称賛した。



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