第18話「時の狭間の声」
1
物部影丸との決戦から二ヶ月が過ぎた平安京は、すっかり平穏を取り戻していた。
朱雀門周辺の復興工事も完了し、市井の人々は日常の営みに戻っていた。しかし、
「また修行か」晴明が縁側から声をかけた。
千鶴は目を開け、微笑んだ。「はい。
晴明は千鶴の隣に座り、彼女の手を取った。「無理はするな。時の守護者の力は強大だ。焦らず、少しずつ馴染んでいくことが大切だ」
「わかっています」千鶴は頷いた。「でも、この力をもっと理解して、制御できるようになりたいんです」
二人の穏やかな朝の時間は、使用人の到来で中断された。
「安倍様、陰陽寮からの使いです」
晴明は立ち上がった。「何か急用か?」
「はい。陰陽頭様が橘様のご出席も希望されています」
千鶴と晴明は顔を見合わせ、急いで支度を整えた。
陰陽寮に到着すると、
「千鶴様、晴明様」舞衣は二人に気づくと、丁寧に挨拶した。
「舞衣、何があったの?」千鶴が尋ねた。
「詳しくは陰陽頭様から」舞衣は小声で言った。「ですが、平安京の各地で小さな
三人が陰陽頭の元に案内されると、そこには
「来たか」陰陽頭が四人を見て言った。「重要な報告がある」
陰陽頭は机の上の地図を指し示した。平安京の各所に赤い印が付けられている。
「これらの場所で、過去二週間の間に小さな時空の歪みが観測された」陰陽頭は説明した。「いずれも一瞬の出来事で、大きな被害はない。しかし、頻度が増している」
「何か共通点はありますか?」千鶴が尋ねた。
「時間帯は主に夜明けか日没時」陰陽頭が答えた。「そして、目撃者の証言によれば、古い時代の装束を着た人影が一瞬だけ現れるという」
「古い時代の…」晴明が眉をひそめた。
「そう」陰陽頭は頷いた。「我々の時代よりもさらに古い、太古の装束だという」
「過去からの来訪者…」千鶴がつぶやいた。
「何か知っているのか?」陰陽頭が鋭く尋ねた。
千鶴は夢で見た警告について話した。過去の時の守護者たちからの警告、そして「過去からの来訪者」についての言葉を。
「気になるな」陰陽頭は深刻な表情になった。「闇月を呼べ」
間もなく、
「お呼びでしょうか」闇月は丁寧に頭を下げた。
「時空の歪みについて、何か知っているか?」陰陽頭が尋ねた。
闇月は少し考え込んだ。「師匠…物部影丸様は、かつて『最初の時の守護者』について語られていました」
「最初の時の守護者?」千鶴が身を乗り出した。
「はい」闇月は頷いた。「太古の昔、時の力を初めて使った者たちです。彼らは力の使い方を誤り、時の狭間に封印されたと言われています」
「そして、その封印が弱まっているということか」晴明が推測した。
「可能性はあります」闇月は真剣な表情で言った。「師匠は、いつか彼らが戻ってくると警告していました」
「彼らの目的は?」博雅が尋ねた。
「それは…」闇月は言葉を詰まらせた。「師匠も明確には語られませんでした。ただ、彼らは時の力を独占しようとしたと」
「時の力を独占…」千鶴は不安を覚えた。
「いずれにせよ、警戒が必要だ」陰陽頭が言った。「各地の歪みを調査し、情報を集めよう」
四人は任務を分担し、平安京の各地を調査することになった。千鶴と晴明は東部、舞衣と博雅は西部を担当することになった。
「闇月」千鶴が彼を呼び止めた。「あなたは最近、夢で物部影丸の声を聞いていませんか?」
闇月は驚いた表情を見せた。「はい…毎晩のように。師匠は警告を…」
「私も同じです」千鶴は言った。「物部影丸は時の狭間から、私たちに何かを伝えようとしているのかもしれません」
「可能性はあります」闇月は真剣な表情で言った。「師匠は時の狭間に深い知識を持っていました」
「もし何か新しい情報があれば、教えてください」千鶴は言った。
闇月は頷き、去っていった。
2
その夜、千鶴は再び不思議な夢を見た。
青白い光に満ちた時の狭間で、彼女は過去の時の守護者たちに囲まれていた。
「来たな、新たなる守護者よ」最年長の老人が言った。
「何が起きているのですか?」千鶴は尋ねた。「平安京で時空の歪みが…」
「我らも感じている」老人は頷いた。「最初の者たちが動き始めた」
「最初の者たち?」
「最初の時の守護者たち」老人は説明した。「時の力を初めて使った者たちだ。彼らは力に溺れ、時を支配しようとした」
「そして封印されたのですね」千鶴は言った。
「そうだ」老人は頷いた。「だが、封印は永遠ではない。時の流れの中で、少しずつ弱まっていく」
「彼らは何を望んでいるのですか?」
「時の力の奪還だ」別の女性の守護者が言った。「彼らは自分たちこそが時を支配する権利を持つと信じている」
「どうすれば彼らを止められますか?」千鶴は不安を覚えた。
「まず、物部影丸と対話せよ」老人は言った。「彼は最初の者たちについて多くを知っている」
「物部影丸と?でも、彼は時の狭間に封印されています」
「お前は時の守護者だ」老人は微笑んだ。「時の狭間への扉を開くことができる」
「どうやって?」
「四つの鍵を使え」老人は言った。「風、火、水、土—四元素の力が時の狭間への道を開く」
「そして、急げ」女性の守護者が警告した。「最初の者たちは既に動き始めている。彼らが完全に現世に戻る前に」
千鶴が何か言おうとした時、夢の風景が揺らぎ始めた。
「時間がない…」老人の声が遠のいていく。「物部影丸を探せ…彼だけが知っている…」
千鶴は汗びっしょりになって目を覚ました。隣では晴明がまだ眠っていた。彼女は静かに起き上がり、庭に出た。
夜空には満天の星が輝いていた。千鶴は深呼吸をし、夢の意味を考えた。
「物部影丸と対話する…」彼女はつぶやいた。「時の狭間への扉を開く…」
翌朝、千鶴は晴明に夢の内容を詳しく話した。
「時の狭間への扉…」晴明は眉をひそめた。「危険な試みだ」
「でも、必要なことかもしれません」千鶴は言った。「最初の時の守護者たちが本当に戻ろうとしているなら、物部影丸の知識が必要です」
「舞衣と博雅も呼ぼう」晴明は決断した。「四人で相談する必要がある」
舞衣と博雅が到着すると、四人は晴明の書斎に集まった。千鶴は夢の内容を詳しく説明した。
「時の狭間への扉を開く…」舞衣は不安そうに言った。「それは可能なのでしょうか?」
「理論上は可能だ」晴明が言った。「四つの鍵—風、火、水、土—を使えば」
「しかし、危険も伴うだろう」博雅が指摘した。
「ええ」千鶴は頷いた。「でも、最初の時の守護者たちの脅威を理解するためには、物部影丸の知識が必要です」
「闇月にも相談してみよう」晴明が提案した。「彼は物部影丸の弟子として、何か知っているかもしれない」
四人は陰陽寮に向かい、闇月を呼び出した。
「時の狭間への扉を開く?」闇月は驚いた表情を見せた。「それは…師匠も試みたことですが、完全には成功しませんでした」
「どういう意味だ?」晴明が尋ねた。
「師匠は意識だけを時の狭間に送ることはできましたが、肉体を伴っての移動は叶いませんでした」闇月は説明した。「そして、その代償も大きかった…」
「代償?」千鶴が不安を覚えた。
「はい」闇月は頷いた。「時の狭間に長く留まるほど、現世との繋がりが薄れていきます。師匠は…最後には時の狭間に囚われてしまいました」
「だからこそ、物部影丸は時の狭間から出ようとしたのか」晴明が理解した。
「そうです」闇月は悲しげに言った。「しかし、その方法を誤ってしまった」
「私は意識だけを送るつもりです」千鶴は決意を固めた。「物部影丸と対話し、必要な情報を得て、すぐに戻ってきます」
「危険すぎる」晴明が反対した。「別の方法を探そう」
「時間がありません」千鶴は真剣な表情で言った。「最初の時の守護者たちは既に動き始めています。彼らが完全に現世に戻る前に、情報を得る必要があります」
四人は長い議論の末、千鶴の提案を受け入れることにした。ただし、厳重な安全対策を講じることを条件に。
「儀式の準備をしよう」晴明が言った。「四つの鍵を使い、千鶴の意識を時の狭間に送る。しかし、時間は限定する。長くとも一刻(約30分)だ」
「了解しました」千鶴は頷いた。
「私たち三人は、千鶴様の体を守り、現世との繋がりを維持します」舞衣が言った。
「闇月」晴明が彼に向き直った。「お前の協力も必要だ。物部影丸との繋がりがある者として」
闇月は深く頭を下げた。「全力でお手伝いします」
3
儀式の準備は一日かかった。晴明の屋敷の中庭に、四方を示す四つの柱が立てられ、中央には小さな祭壇が設けられた。四つの鍵—簪、扇、鏡、印—がそれぞれの方角に配置された。
夕暮れ時、儀式の準備が整った。
「準備はできたな」晴明が四人に言った。「闇月、お前の役割は?」
「はい」闇月は頷いた。「私は師匠との繋がりを利用して、橘様の意識を師匠のもとへと導きます」
「千鶴」晴明が彼女の手を取った。「本当にいいのか?まだ引き返せる」
千鶴は微笑んだ。「大丈夫です。時の守護者として、これは私の使命です」
彼女は晴明に軽くキスをし、祭壇の中央に座った。
「始めましょう」千鶴は静かに言った。
晴明、博雅、舞衣はそれぞれ東南西の位置に立ち、闇月は北の位置に立った。
「風の力を」晴明が詠唱した。
「火の力を」博雅が詠唱した。
「水の力を」舞衣が詠唱した。
「土の力を」闇月が詠唱した。
四つの鍵が光り始め、その光が中央の千鶴に向かって伸びていった。千鶴の体が青白い光に包まれ、彼女はゆっくりと目を閉じた。
「師匠のもとへ…」闇月が静かに詠唱した。「時の狭間の住人、物部影丸のもとへ…」
千鶴の意識が徐々に現世から離れていくのを感じた。体が軽くなり、周囲の音が遠のいていく。そして、彼女は青白い光の渦の中に引き込まれていった。
時の狭間は、千鶴が夢で見たものとは少し異なっていた。より実体的で、しかし同時に幻想的な空間だった。過去と未来の断片が流れるように交錯し、時間の概念そのものが曖昧になっている。
「物部影丸…」千鶴は呼びかけた。「どこにいますか?」
しばらく沈黙が続いた後、遠くから声が聞こえてきた。
「来たな、時の守護者よ」
千鶴がその方向に進むと、物部影丸の姿が見えてきた。彼は半透明の姿で、時の狭間の一角に佇んでいた。
「よく来た」物部影丸は静かに言った。「私を訪ねるとは、勇気あることだ」
「あなたの知識が必要なのです」千鶴は直接的に言った。「最初の時の守護者たちについて」
物部影丸の表情が変わった。「彼らが動き始めたか…」
「はい」千鶴は頷いた。「平安京で時空の歪みが観測され、古い時代の人影が目撃されています」
「予想より早い」物部影丸はつぶやいた。「彼らの封印が弱まっているのだろう」
「彼らは誰なのですか?」千鶴が尋ねた。「そして、何を望んでいるのですか?」
物部影丸は深いため息をついた。「座れ。長い話になる」
時の狭間の中に、二人が座れるような空間が形成された。
「最初の時の守護者たち」物部影丸は語り始めた。「彼らは太古の昔、時の力を初めて使った者たちだ。五人の賢者—風、火、水、土、そして中心となる時の力の使い手」
「私たちと同じ…」千鶴がつぶやいた。
「そう」物部影丸は頷いた。「しかし、彼らは力の使い方を誤った。時を支配し、歴史を自らの望む形に変えようとした」
「それは危険なことです」千鶴は言った。
「ああ」物部影丸は同意した。「時の流れは自然なものであるべきだ。一部を変えれば、全体のバランスが崩れる」
「彼らは何をしたのですか?」
「彼らは過去に干渉し、自分たちに都合の良い未来を作ろうとした」物部影丸は説明した。「その結果、時空に大きな歪みが生じ、多くの悲劇が起きた」
「そして、封印されたのですね」
「そうだ」物部影丸は頷いた。「後の時の守護者たちによって。私もその封印を強化する役目を担っていた」
「あなたも時の守護者だったのですか?」千鶴は驚いた。
「かつてはな」物部影丸は少し悲しげに言った。「しかし、私も力に溺れ、道を誤った。時の狭間に長く留まりすぎたことで、心が歪んでしまったのだ」
「そして、あなたも封印されることになった」千鶴は理解した。
「ああ」物部影丸は頷いた。「しかし、お前によって、私は過ちを悟った。時は支配するものではなく、守るものだと」
「最初の時の守護者たちは、何を望んでいるのですか?」千鶴は本題に戻った。
「彼らは再び時を支配しようとしている」物部影丸は厳しい表情で言った。「そして、そのためには現在の時の守護者—つまりお前を排除しようとするだろう」
「私を?」千鶴は息を呑んだ。
「お前の力は彼らにとって脅威だ」物部影丸は説明した。「彼らは時の力を独占したいと考えている」
「どうすれば彼らを止められますか?」
「四つの鍵が鍵となる」物部影丸は言った。「風、火、水、土—四元素の力を完全に調和させれば、彼らの力に対抗できる」
「四元素の調和…」千鶴は考え込んだ。
「そして、これを持っていけ」物部影丸は手を伸ばし、青白い光の球体を形成した。「これは私の時の力の一部だ。お前の力と融合させれば、より強力になる」
千鶴は恐る恐る手を伸ばし、光の球体を受け取った。それは彼女の体に吸収され、新たな力が流れ込むのを感じた。
「これは…」
「時の守護者としての力をより完全にするものだ」物部影丸は説明した。「しかし、使い方には注意せよ。力に溺れるな」
「ありがとうございます」千鶴は感謝した。「他に知っておくべきことは?」
「彼らのリーダー、
「時翔…」千鶴はその名を記憶した。
「そして、急げ」物部影丸は言った。「彼らは満月の夜に完全に現世に戻ろうとしている。次の満月までに準備を整えよ」
「次の満月は…」千鶴は計算した。「あと10日です」
「時間は少ない」物部影丸は頷いた。「だが、お前には仲間がいる。その絆を信じろ」
千鶴は物部影丸に深く頭を下げた。「ありがとうございます。あなたの助けがなければ、私たちは準備できませんでした」
「私の過ちを正す機会を与えてくれたのはお前だ」物部影丸は微笑んだ。「感謝しているのは私の方だ」
突然、周囲の時の狭間が揺らぎ始めた。
「時間が来たようだ」物部影丸が言った。「現世に戻れ。そして、準備せよ」
「また会えますか?」千鶴が尋ねた。
「必要なときには」物部影丸は頷いた。「私はここから、できる限りの助けをする」
千鶴の視界が徐々に白く染まり、彼女は現世への引力を感じた。
「さらば、時の守護者よ」物部影丸の声が遠のいていく。「勝利を祈る…」
4
千鶴は深い眠りから覚めるように、ゆっくりと目を開いた。彼女は晴明の屋敷の中庭にある祭壇の上に横たわっていた。周りには晴明、博雅、舞衣、そして闇月が心配そうな表情で立っていた。
「千鶴!」晴明が安堵の表情で彼女の名を呼んだ。
「戻ってきました…」千鶴は弱々しく言った。
「大丈夫ですか?」舞衣が心配そうに尋ねた。
「はい…少し疲れただけです」千鶴は起き上がろうとしたが、体が思うように動かなかった。
「無理するな」晴明が彼女を支えた。「時の狭間への旅は体力を消耗する」
「どうだった?」博雅が尋ねた。「物部影丸と会えたのか?」
「はい」千鶴は頷いた。「多くのことを教えてくれました」
闇月が一歩前に出た。「師匠は…お元気でしたか?」
千鶴は闇月を見て、微笑んだ。「はい。そして、あなたのことも気にかけていました」
闇月の目に涙が浮かんだ。「そうですか…」
千鶴は晴明に助けられて室内に移動し、四人に時の狭間での出来事を詳しく話した。最初の時の守護者たちのこと、彼らのリーダー・時翔のこと、そして満月の夜に彼らが完全に現世に戻ろうとしていることを。
「10日しかないのか」晴明が眉をひそめた。
「はい」千鶴は頷いた。「その間に、四元素の力を完全に調和させる方法を見つけなければなりません」
「四元素の調和…」舞衣が考え込んだ。「それは具体的にどういうことでしょう?」
「私たち四人の力を一つにすることだと思います」千鶴は言った。「風、火、水、土—それぞれの力が完全に調和した状態を作り出す」
「訓練が必要だな」博雅が言った。
「ああ」晴明も同意した。「これまで以上に厳しい訓練だ」
「私も協力します」闇月が申し出た。「師匠の教えを思い出せば、何か役立つことがあるかもしれません」
「ありがとう」千鶴は感謝した。
その夜、千鶴は物部影丸から受け取った力が体内で静かに脈動するのを感じていた。それは彼女の時の守護者としての力と徐々に融合し、新たな感覚をもたらしていた。
「どうだ?」晴明が彼女の隣に座り、尋ねた。
「不思議な感覚です」千鶴は答えた。「物部影丸の力が私の中で…成長しているような」
「危険はないか?」晴明が心配した。
「いいえ」千鶴は微笑んだ。「むしろ、時の力がより安定しています。物部影丸は本当に私たちを助けようとしているんです」
「彼も時の守護者だったのか…」晴明はつぶやいた。「運命の皮肉だな」
「彼は道を誤りましたが、今は正しい方向に戻ろうとしています」千鶴は言った。「私たちと同じように」
晴明は千鶴の手を取った。「10日…短いな」
「でも、私たちならできます」千鶴は決意を込めて言った。「四人の絆があれば」
翌日から、四人は厳しい訓練を開始した。晴明の屋敷の庭で、四人は四方に立ち、それぞれの元素の力を引き出し、中央で一つに融合させる練習を繰り返した。
闇月も時折訪れ、物部影丸から学んだ知識を共有した。
「師匠によれば、四元素の調和には『心の一致』が重要だそうです」闇月は説明した。「単に力を合わせるだけでなく、四人の心が完全に一つになる必要があります」
「心の一致…」千鶴は考え込んだ。
「それなら、もっと深い繋がりが必要だな」博雅が言った。
「私たちの絆をさらに強めるのです」舞衣が提案した。
四人は訓練の合間に、互いの思いや過去、そして未来への希望を語り合った。それぞれの心の奥底にある感情や恐れ、喜びを共有することで、絆は徐々に深まっていった。
訓練の五日目、四人の力が初めて完全に調和した瞬間があった。四つの元素の力が中央で一つになり、強力な光の柱が天に向かって伸びた。
「これだ!」晴明が興奮した声で言った。
「すごい力…」舞衣も感動していた。
「これなら、最初の時の守護者たちにも対抗できるかもしれない」博雅が希望を見出した。
千鶴は新たな力の流れを感じていた。四元素の調和した力と、彼女の時の守護者としての力が融合し、これまでにない強さをもたらしていた。
「あと五日」千鶴は決意を新たにした。「満月の夜までに、完璧にしましょう」
5
訓練の七日目、平安京の北部で大きな時空の歪みが発生したという報告が入った。四人は急いでその場所に向かった。
現場に到着すると、空気が歪み、周囲の景色がゆがんでいるのが見て取れた。そして、その中心に一人の人物が立っていた。
古代の装束を身にまとい、長い白髪を風になびかせた老人。彼の目は青白い光を宿していた。
「時の守護者よ」老人が千鶴を見て言った。「ついに会えたな」
「あなたは…」千鶴は緊張した。
「私は
四人は警戒の態勢を取った。
「何の用だ?」晴明が鋭く尋ねた。
「話し合いだ」時翔は穏やかに言った。「戦いを避けるための」
「話し合い?」千鶴は疑わしげに言った。
「そうだ」時翔は頷いた。「我々は再び時の力を取り戻そうとしている。しかし、必ずしも敵対する必要はない」
「どういう意味だ?」博雅が尋ねた。
「共に時を守ればいい」時翔は提案した。「お前たちの力と我々の知恵を合わせれば、より完璧に時の秩序を守ることができる」
「物部影丸は違うことを言っていました」千鶴は冷静に言った。「あなたたちは時を支配しようとしている」
時翔の表情が一瞬曇った。「物部影丸か…彼もかつては我々の仲間だった。しかし、彼は我々を裏切った」
「裏切ったのではなく、あなたたちの過ちに気づいたのでは?」千鶴は言い返した。
「過ち?」時翔の声が冷たくなった。「時を正すことが過ちなのか?歴史の悲劇を防ぐことが間違っているのか?」
「歴史に干渉することは危険です」千鶴は言った。「一つを変えれば、他の多くが変わる。それは時の流れ全体を歪めることになります」
「無知な」時翔は嘲笑した。「お前は時の守護者の力を持ちながら、その本当の可能性を理解していない」
「私は理解しています」千鶴は毅然と言った。「時の守護者の役目は、時を支配することではなく、守ることです」
時翔は長い間、千鶴を見つめていた。そして、ついに口を開いた。
「残念だ」彼は言った。「話し合いでの解決を望んだが、それは無理なようだ」
「あなたたちの計画は止めます」千鶴は決意を示した。
「試してみるがいい」時翔は冷笑した。「満月の夜、我々は完全に現世に戻る。そして、時の力を取り戻す」
時翔の姿が徐々に透明になっていった。
「三日後の満月を楽しみにしているぞ、時の守護者よ」彼の声だけが残り、やがて完全に消えた。
時空の歪みも同時に消え、周囲は元の状態に戻った。
「これは宣戦布告だな」博雅が言った。
「ああ」晴明も頷いた。「満月の夜に備えなければならない」
四人は陰陽寮に戻り、陰陽頭に状況を報告した。
「時翔…」陰陽頭は深刻な表情になった。「古い伝承にその名があった。太古の時代、大きな災いをもたらした者だと」
「彼らは満月の夜に完全に現世に戻ろうとしています」千鶴が説明した。「私たちはそれを阻止しなければなりません」
「全面的に協力する」陰陽頭は言った。「陰陽寮の全力を挙げて支援しよう」
闇月も会議に参加していた。「私も力になります」彼は決意を示した。「師匠の名誉のためにも」
計画が立てられた。満月の夜、最初の時の守護者たちが現世に戻ろうとする場所—朱雀門—で、彼らを迎え撃つことになった。陰陽寮の術師たちは結界を張り、一般の人々を守る役目を担う。そして、四人は直接時翔たちと対峙する。
「残り三日」晴明が言った。「最後の調整をしよう」
三日間、四人は休む間もなく訓練を続けた。四元素の調和はほぼ完璧になり、千鶴の時の守護者としての力も安定していた。
そして、ついに満月の夜が訪れた。
四人は朱雀門に集まった。月は大きく、明るく輝いていた。
「来るぞ」晴明が警戒した。
空気が震え、朱雀門の前の広場に青白い光の渦が形成され始めた。渦は徐々に大きくなり、やがてその中から五つの人影が現れた。
中央に立つのは時翔。そして、その周りには四人の古代の装束を着た人物—風、火、水、土の力を持つ最初の時の守護者たちだった。
「来たな、新たなる守護者たちよ」時翔が高らかに言った。「我々の帰還を阻止するつもりか?」
「ええ」千鶴は毅然と答えた。「あなたたちの計画は許しません」
「愚かな」時翔は嘲笑した。「我々の力は、お前たちの想像を超えている」
「試してみろ」晴明が挑発した。
戦いが始まった。
最初の時の守護者たちは、それぞれの元素の力を駆使して攻撃してきた。風の使い手は強烈な暴風を、火の使い手は燃え盛る炎を、水の使い手は激流を、土の使い手は大地の震動を引き起こした。
四人もそれに対抗した。晴明は風と土の力で、博雅は火の力で、舞衣は水の力で、そして千鶴は時の守護者の力で戦った。
激しい元素の衝突が朱雀門周辺を揺るがした。陰陽寮の術師たちは必死に結界を維持し、一般の人々を守っていた。
「我々の力は千年の時を経て磨かれている」時翔が叫んだ。「お前たちでは敵わん!」
確かに、最初の時の守護者たちの力は強大だった。四人は徐々に押されていった。
「このままでは…」舞衣が苦しそうに言った。
「四元素の調和だ!」晴明が叫んだ。「今こそ、我々の絆の力を!」
四人は互いに視線を交わし、頷き合った。彼らは一歩後退し、四方の位置に立った。
「風の力を」晴明が詠唱した。
「火の力を」博雅が詠唱した。
「水の力を」舞衣が詠唱した。
「土の力を」晴明が再び詠唱した。
四つの元素の力が中央に集まり、千鶴がそれを受け止めた。彼女の体が青白い光に包まれ、時の守護者の力が最大限に発揮された。
「何をする気だ?」時翔が警戒した。
「時の流れを正します」千鶴は静かに言った。
彼女は手を伸ばし、時空を操る力を放った。朱雀門周辺の時間が歪み始め、最初の時の守護者たちの動きが鈍くなった。
「これは…時間停止?」時翔が驚いた。
「いいえ」千鶴は言った。「時の流れを本来あるべき姿に戻しているだけです」
四人の力が完全に調和し、千鶴の時の守護者としての力と融合した。その力は朱雀門全体を包み込み、青白い光の壁を形成した。
「くっ…」時翔が苦しそうに言った。「我々の力が…封じられていく」
「あなたたちの時代は終わりました」千鶴は静かに言った。「時の流れを乱すことは許されません」
「愚かな!」時翔が怒りに震えた。「我々は時を正そうとしていたのだ!歴史の悲劇を防ごうとしていたのだ!」
「それは時の守護者の役目ではありません」千鶴は毅然と言った。「私たちの役目は、時の流れを見守り、守ることです。支配することではない」
光の壁が徐々に収縮し、最初の時の守護者たちを包み込んでいった。
「これで終わりではない」時翔は最後の抵抗を試みた。「我々はいつか必ず戻る!」
「その時はまた、私たちが迎え撃ちます」千鶴は言った。
光の壁が完全に収縮し、最初の時の守護者たちの姿が消えた。彼らは再び時の狭間に封印されたのだ。
四人の力が解放され、青白い光が消えた。朱雀門周辺に平穏が戻った。
「成功したのか?」博雅が息を切らせて言った。
「ああ」晴明も疲れた様子で頷いた。「彼らは再び封印された」
「千鶴様…」舞衣が心配そうに千鶴を見た。
千鶴は力を使い果たし、膝をついていた。しかし、彼女の表情は穏やかだった。
「大丈夫です」彼女は微笑んだ。「私たちは勝ちました」
陰陽寮の術師たちが駆けつけ、四人を称えた。陰陽頭も深々と頭を下げた。
「素晴らしい働きだった」陰陽頭は感謝した。「平安京は再び救われた」
闇月も近づいてきた。彼の目には涙が浮かんでいた。
「師匠の名誉は守られました」彼は千鶴に言った。「ありがとうございます」
千鶴は微笑んだ。「物部影丸も私たちを助けてくれました。彼の力がなければ、勝てなかったでしょう」
四人は疲れた体を引きずりながらも、晴明の屋敷に戻った。そこで、彼らは静かに勝利を祝った。
「これで一段落ついたな」博雅が言った。
「ええ」舞衣も同意した。「平安京に平和が戻りました」
「しかし、時の守護者としての役目は続く」晴明が千鶴を見た。
千鶴は頷いた。「はい。これからも時の流れを見守り、必要な時には導いていきます」
「我々も共に」晴明が言った。
四人は互いを見つめ、微笑んだ。彼らの絆は試練を乗り越え、さらに強くなっていた。
千鶴は空を見上げた。満月は美しく輝いていた。
「時の守護者として、そして安倍晴明の妻として」千鶴は心の中で誓った。「この平安の世を、そして時の流れを守っていこう」
晴明が彼女の手を取った。「何を考えている?」
千鶴は微笑んだ。「未来のことです」
「未来か」晴明も微笑んだ。「それは楽しみだな」
二人は手を繋ぎ、満月に照らされる平安京を見つめた。時の守護者と陰陽師の物語は、新たな章を迎えようとしていた。
(続く)
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