第15話「闇月の計画」

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陰陽寮の広間は、朝の光に照らされていた。橘千鶴たちばなちづるは緊張した面持ちで、陰陽頭の前に座っていた。彼女の隣には安倍晴明あべのせいめいがいた。


「橘殿、本日より正式に陰陽寮の特別顧問として迎えることとなった」陰陽頭が厳かに宣言した。「安倍殿の妻としてだけでなく、あなた自身の知恵と才能を評価してのことだ」


千鶴は深々と頭を下げた。「身に余る光栄です。微力ながら、陰陽寮のお役に立てるよう努めます」


陰陽頭は満足げに頷き、千鶴に小さな印を授けた。それは陰陽寮の特別顧問としての証だった。


広間には他の陰陽師たちも集まっていた。多くは好奇心と敬意の眼差しを向けていたが、一部には冷ややかな視線を送る者もいた。特に年配の陰陽師たちの中には、女性が陰陽寮で公式な立場を得ることに不満を抱く者もいるようだった。


「これより、橘殿は陰陽寮の会議に参加し、意見を述べる権利を持つ」陰陽頭は続けた。「また、新たな陰陽術の研究も公式に認められた」


晴明は静かに微笑んだ。千鶴が陰陽寮で認められたことは、彼にとっても大きな喜びだった。


儀式が終わり、二人が陰陽寮を出ると、藤原舞衣ふじわらまい源博雅みなもとのひろまさが待っていた。


「おめでとう、千鶴様!」舞衣が駆け寄った。


「やったな、千鶴殿」博雅も笑顔で言った。


「ありがとう」千鶴は嬉しそうに答えた。「これで公式に新たな陰陽道の研究ができます」


四人は晴明の屋敷に戻り、千鶴の新たな立場について話し合った。


「陰陽寮での最初の仕事は何になるのだろう?」舞衣が尋ねた。


「明日、陰陽寮で会議があるそうだ」晴明が答えた。「最近、平安京で奇妙な現象が報告されているらしい」


「奇妙な現象?」千鶴が興味を示した。


「詳細はまだわからないが、時間の歪みや幻影の出現など、通常の陰陽術では説明できない現象だという」


冥府道めいふどうの仕業かもしれませんね」舞衣が心配そうに言った。


「可能性は高い」晴明は頷いた。「前回見つけた呪符の調査結果も、明日の会議で報告する予定だ」


翌日、千鶴は晴明と共に陰陽寮の会議に参加した。広間には二十人ほどの陰陽師が集まっていた。千鶴が入室すると、一部の陰陽師たちがざわめいた。


「安倍殿の奥方が会議に?」

「女性が陰陽術を語るとは」

「特別顧問とはいえ、前例がない」


そんな声が聞こえてきたが、千鶴は動じなかった。現代で研究者として生きてきた彼女は、男性社会での立ち位置の難しさを知っていた。


陰陽頭が会議を始めた。「最近、平安京の各地で奇妙な現象が報告されている。時間の歪み、幻影の出現、そして一部の場所では物体が突然消失するという事例もある」


陰陽師たちは真剣な表情で聞き入った。


「これらの現象は、通常の陰陽術では説明できない」陰陽頭は続けた。「安倍殿、北部の村で発見した呪符の調査結果を報告してほしい」


晴明が立ち上がった。「はい。発見した呪符は、従来の冥府道のものとは異なる新たな要素を含んでいました」彼は呪符の特徴を詳細に説明した。


「この呪符には、時の狭間の力が混ざっているようです」晴明は結論づけた。「物部影丸が時の狭間に閉じ込められた後も、何らかの方法で外部と交信している可能性があります」


陰陽師たちの間にざわめきが広がった。


「それは危険な推測だ」年配の陰陽師が言った。「時の狭間は完全に封印されているはずだ」


「通常はそうですが」晴明は冷静に答えた。「しかし、最近の現象を見ると、その封印に何らかの変化が生じている可能性があります」


「橘殿」陰陽頭が千鶴に向かって言った。「あなたの見解は?」


千鶴は一瞬緊張したが、すぐに落ち着きを取り戻した。「私は現代の科学的視点から考えると、これらの現象は時空の歪みによるものではないかと思います」


「時空の歪み?」陰陽師たちは首を傾げた。


「はい」千鶴は説明を続けた。「現代の物理学では、時間と空間は密接に関連していると考えられています。強い力が働くと、時間と空間が歪むことがあります」


千鶴は可能な限り平易な言葉で現代物理学の概念を説明した。陰陽師たちは半信半疑の表情だったが、彼女の論理的な説明に耳を傾けた。


「そして、この時空の歪みが、冥府道の新たな術と関連しているのではないかと考えます」千鶴は結論づけた。「物部影丸を時の狭間から救出しようとしている可能性があります」


「大胆な推測だ」陰陽頭が言った。「だが、説得力がある。橘殿、安倍殿、この件の調査を二人に任せたい」


晴明と千鶴は頷いた。


「他の陰陽師たちは、平安京の各地で防御の結界を強化せよ」陰陽頭は命じた。「特に時間の歪みが報告された場所を重点的に」


会議が終わると、一部の陰陽師たちが千鶴に近づいてきた。


「橘殿、あなたの説明は興味深かった」若い陰陽師が言った。「現代の知識と陰陽道を融合させる研究について、もっと聞かせてほしい」


千鶴は喜んで応じた。彼女の知識に興味を示す陰陽師たちが増えることは、新たな陰陽道の発展につながるだろう。


しかし、すべての陰陽師が好意的だったわけではない。年配の陰陽師の一人が冷ややかな視線を向けてきた。


「女性が陰陽術を語るとは、時代も変わったものだ」彼は皮肉を込めて言った。「しかも、どこの家の出かもわからぬ者が」


晴明が反論しようとしたが、千鶴は静かに手を上げて止めた。


「確かに私は通常の道を歩んでいません」千鶴は穏やかに答えた。「しかし、陰陽道の本質は調和ではないでしょうか。男女の区別なく、知恵を集めることこそが、真の陰陽道ではないかと思います」


その言葉に、年配の陰陽師は何も言い返せず、不満げに立ち去った。


「見事な対応だった」晴明は千鶴を誇らしげに見つめた。


陰陽寮を後にした二人は、すぐに調査を始めることにした。まず、時間の歪みが報告された場所を訪れることにした。


平安京の東部、ある貴族の邸宅の庭園で、奇妙な現象が報告されていた。庭の一角で時間の流れが遅くなり、落ちる花びらが宙に浮かんだままになるという。


晴明と千鶴が到着すると、邸宅の主人が不安げに出迎えた。


「安倍殿、どうか助けてください」貴族は懇願した。「庭の異変以来、使用人たちが恐れて近づこうとしません」


「案内してください」晴明が言った。


貴族は二人を庭園の奥へと案内した。確かに、一角だけ異様な雰囲気が漂っていた。桜の花びらが宙に浮かび、風に揺れる草も静止したように見えた。


晴明は慎重に近づき、陰陽術で周囲を調べた。「確かに時間の流れが歪んでいる」彼は言った。「しかし、これは自然現象ではない」


千鶴も近づいて観察した。「まるで…時間が凍結しているようです」


晴明は地面に何かを見つけた。小さな石のような物体だった。「これは…」


彼が石を手に取ると、突然、周囲の空気が震え、一瞬だけ別の風景が見えた。暗い部屋で、黒装束の人物たちが儀式を行っている光景だった。


「晴明様!」千鶴が驚いて叫んだ。


幻影はすぐに消え、庭園は元の状態に戻った。花びらが地面に落ち、草が風に揺れ始めた。


「これは冥府道の儀式の痕跡だ」晴明は石を注意深く調べながら言った。「彼らはここで何かの実験を行ったのだろう」


「時の狭間との接触を試みたのでしょうか?」千鶴が推測した。


「可能性は高い」晴明は頷いた。「この石は儀式に使われた道具の一部だろう。持ち帰って詳しく調べよう」


二人は石を持ち帰り、晴明の屋敷で舞衣と博雅にも報告した。


「これは時石ときいしと呼ばれるものだ」晴明が説明した。「時の流れを操る力を持つとされる稀少な石だが、通常はこれほどの力はない」


「冥府道が何らかの術を施したのでしょうか?」舞衣が尋ねた。


「ああ」晴明は頷いた。「そして、この石から感じる気配は…」彼は言葉を選びながら続けた。「物部影丸のものに似ている」


「物部影丸?」博雅が驚いた声を上げた。「彼は時の狭間に閉じ込められているはずだろう?」


「そうだが、何らかの方法で外部と交信しているようだ」晴明は石を見つめながら言った。「そして、彼の力が時石を通じて現実世界に漏れ出している」


「これは危険な状況です」千鶴が言った。「物部影丸が完全に戻ってきたら、前回以上の脅威になるでしょう」


四人は対策を話し合った。まず、平安京の他の場所でも同様の現象が起きていないか調査することにした。また、冥府道の新たなリーダー「闇月」についても情報を集める必要があった。


翌日、千鶴と舞衣は平安京の市場に出かけた。市場は情報が集まる場所であり、冥府道に関する噂も聞けるかもしれないと考えたのだ。


二人は商人たちと話をしながら、さりげなく奇妙な現象や黒装束の人物について尋ねた。


「そういえば」ある商人が言った。「最近、夜になると北の森から奇妙な光が見えるという話を聞きましたよ」


「北の森?」千鶴が興味を示した。


「ええ、青白い光が揺らめいて、時には人の形になるとか」商人は声を潜めて言った。「幽霊だという噂もありますが、私は信じませんよ」


千鶴と舞衣は顔を見合わせた。これは調査する価値がありそうだった。


別の商人からは、黒装束の人物たちが市場で珍しい薬草や鉱物を買い集めているという情報も得た。


「特に、月影草つきかげそうという珍しい薬草を探していました」商人は言った。「夜の月光を浴びると青く光る草です。とても高値で買い取ると言っていましたよ」


「月影草…」舞衣がつぶやいた。「それは強力な幻術に使われる薬草です」


二人は得た情報を持ち帰り、晴明と博雅に報告した。


「北の森と月影草か」晴明は考え込んだ。「月影草は確かに幻術に使われるが、時の術にも関連がある。月の力を借りて時間を操る古い術があったはずだ」


「闇月という名前も、月に関連していますね」千鶴が指摘した。


「そうだ」晴明は古い書物を取り出した。「ここに記されている…月の力を借りて時の狭間に干渉する術がある。満月の夜に月影草を使い、特定の儀式を行うことで、時の狭間の一部を現実世界に引き寄せることができるという」


「それは危険な術だ」博雅が言った。「時の狭間の一部が現実世界に入り込めば、予測不能な事態が起こりうる」


「そして、次の満月は三日後」晴明は窓の外を見た。「彼らはその夜に大きな儀式を計画しているのかもしれない」


四人は北の森を調査することにした。満月を待たず、その日の夜に向かうことにした。


夜の森は静寂に包まれていた。四人は慎重に進み、奇妙な光の出所を探した。


「あそこだ」博雅が小声で言った。


遠くに青白い光が見えた。四人は音を立てないように近づいた。


光の源に近づくと、小さな空き地が見えてきた。そこには石の祭壇があり、その上に何かが置かれていた。青白い光はそこから発せられていた。


「あれは…」晴明が目を凝らした。「時石だ。先日見つけたものより大きい」


祭壇の周りには複雑な模様が描かれ、四隅には小さな柱が立っていた。


「儀式の準備をしているようですね」千鶴が小声で言った。


突然、森の中から声が聞こえてきた。四人は急いで隠れた。


黒装束の人物たちが現れた。五人ほどで、中央にいる人物は他の者より豪華な装束を身につけていた。


「闇月様、準備は整いました」一人が言った。


中央の人物—闇月—は頷いた。「良し。満月の夜までに残りの時石も配置せよ。四つの時石が揃えば、時の狭間への門が開く」


「はっ」黒装束の者たちは頭を下げた。


闇月は祭壇に近づき、時石に手を置いた。「もうすぐです、師匠。あなたを救い出す時が来ました」


時石が強く光り、闇月の姿を照らし出した。彼は若い男性で、鋭い目と引き締まった顔立ちをしていた。


「彼が闇月か」晴明がつぶやいた。


闇月は突然、こちらを向いた。「誰だ!?」


四人は発見されたことを悟り、姿を現した。


「安倍晴明!」闇月は敵意を露わにした。「やはり来たか」


「お前が闇月か」晴明は冷静に言った。「冥府道の新たなリーダーだな」


「私は冥府道の導き手に過ぎない」闇月は答えた。「真のリーダーは物部影丸様だ。そして間もなく、師匠は時の狭間から戻られる」


「それは許さん」晴明は言った。「物部影丸が戻れば、平安京は混乱に陥る」


「混乱?」闇月は冷笑した。「師匠がもたらすのは新たな秩序だ。時を操る力で、この腐敗した世を浄化するのだ」


「時を操る力など、人の手に余る」晴明は言った。「それは災いをもたらすだけだ」


「愚かな」闇月は怒りを露わにした。「師匠は時の狭間で真の知恵を得られた。その力を恐れるのは、無知ゆえだ」


闇月は手を上げ、黒装束の者たちに命じた。「彼らを排除せよ!時石は守れ!」


黒装束の者たちが一斉に攻撃を仕掛けてきた。暗黒の術が四方から飛んできた。


晴明は風の力で敵の術を吹き飛ばし、博雅は火の刃で敵を牽制した。舞衣は水の盾で仲間を守り、千鶴も基本的な防御の術を使った。


「時石を破壊せよ!」晴明が叫んだ。


博雅が時石に向かって突進したが、闇月が立ちはだかった。


「させるか!」闇月は複雑な印を結び、強力な術を放った。


博雅は衝撃で吹き飛ばされた。「くっ…強い」


闇月の力は予想以上だった。彼は通常の冥府道の術師とは明らかに異なる力を持っていた。


「彼は時の狭間の力を身につけている」晴明が言った。「物部影丸から直接教えを受けたのだろう」


四人は協力して戦ったが、闇月の力は強大だった。特に時間を操る術は対応が難しく、時に動きが鈍くなったり、術の発動が遅れたりした。


「このままでは不利だ」晴明が判断した。「一旦退くぞ!」


四人は撤退を始めたが、闇月は追撃してきた。


「逃がさん!」闇月は強力な術を放った。


その術は千鶴に向かって飛んできた。


「千鶴!」晴明が叫んだ。


千鶴は危険を感じ、咄嗟に身を守ろうとした。その瞬間、彼女の髪に挿した簪—晴明から婚儀の日に贈られたもの—が強く光り始めた。


簪の光が闇月の術を弾き返した。


「なっ…!?」闇月は驚いた。


千鶴も驚いたが、それ以上に彼女の内側から何かが湧き上がるのを感じた。温かい力が体中に広がり、彼女の周りに淡い光が現れた。


「これは…」千鶴は自分の手を見つめた。


「千鶴の潜在能力が目覚めたのか?」晴明も驚きの表情を見せた。


千鶴は直感的に手を前に突き出した。すると、彼女の前に時空の歪みのようなものが現れ、闇月の術を吸収した。


「時空を操る力…」晴明がつぶやいた。


闇月は一瞬、動揺したが、すぐに冷静さを取り戻した。「興味深い力だ。だが、まだ未熟だな」


彼は再び術を放とうとしたが、突然、時石が強く脈動し始めた。


「師匠…」闇月は時石を見つめた。


時石から声が聞こえてきた。それは物部影丸の声だった。


「闇月よ、今は引け。時が来たら、再び戦うがよい」


闇月は不満げな表情を見せたが、従った。「わかりました、師匠」


彼は四人に向かって言った。「今日は引くが、満月の夜には全てが終わる。師匠の復活を止めることはできんぞ」


闇月は時石を持ち、黒装束の者たちと共に森の闇に消えていった。


四人は疲れ切った様子で晴明の屋敷に戻った。千鶴の突然の能力覚醒について、皆が驚きと関心を示した。


「千鶴様、あの力は何だったのですか?」舞衣が尋ねた。


「わからないんです」千鶴は正直に答えた。「ただ、危険を感じた時、体の内側から力が湧き上がってきて…」


「それは時空を操る力だった」晴明が言った。「千鶴が現代から来たこと、そして時空転移の術を経験したことが関係しているのかもしれない」


「でも、なぜ今になって?」博雅が疑問を呈した。


「簪が引き金になったのでしょうか」千鶴は髪に挿した簪に触れた。


「その可能性はある」晴明は頷いた。「その簪は安倍家に代々伝わるもので、持ち主の潜在能力を引き出す力があるとされている。だが、これほど強い反応は珍しい」


「千鶴殿の中に眠る力が、それだけ強いということだな」博雅が言った。


千鶴は自分の手を見つめた。「この力が、闇月との戦いに役立つでしょうか」


「間違いなく」晴明は力強く言った。「だが、まずはその力をコントロールする方法を学ぶ必要がある」


四人は闇月の計画について話し合った。満月の夜に四つの時石を使って時の狭間への門を開き、物部影丸を救出するつもりらしい。


「時石は四つあるようだ」晴明が言った。「一つは既に彼らが持っている。残りの三つはどこにあるのだろう」


「一つは陰陽寮で発見された石かもしれません」千鶴が推測した。「貴族の庭園で見つけたもの」


「そうだとすれば、あと二つ」博雅が言った。


「闇月は『残りの時石も配置せよ』と言っていました」舞衣が思い出した。「既に他の時石の場所も把握しているのかもしれません」


「平安京の各地で時間の歪みが報告されている場所を調べる必要がある」晴明が言った。「そこに時石が配置されている可能性が高い」


四人は翌日から平安京の各地を調査することにした。時間は限られていた。満月まであと二日しかなかった。


2


翌朝、四人は手分けして平安京の各地を調査することにした。晴明と千鶴は東と北を、博雅と舞衣は西と南を担当した。


千鶴は前日に目覚めた力について、まだ戸惑いを感じていた。晴明は彼女を励ました。


「力を恐れる必要はない」晴明は優しく言った。「それはあなたの一部だ。受け入れ、理解することで、コントロールできるようになる」


「はい」千鶴は決意を新たにした。「この力で、皆さんの力になりたいです」


二人は東の地区から調査を始めた。時間の歪みが報告された場所を一つずつ訪れた。多くは小さな歪みで、時石の存在は確認できなかった。


「闇月は時石を回収したのかもしれない」晴明が言った。「あるいは、まだ配置していない場所もあるだろう」


北の地区に移動すると、ある神社で強い時間の歪みを感じた。神社の境内は不自然なほど静かで、鳥の声も風の音も聞こえなかった。


「ここだ」晴明が言った。「強い時間の歪みがある」


二人は慎重に神社の本殿に近づいた。本殿の裏手に回ると、小さな祠があり、その中に青白く光る石—時石—が置かれていた。


「見つけた」千鶴が小声で言った。


晴明は周囲を警戒しながら、祠に近づいた。「冥府道の者たちはいないようだ。急いで時石を回収しよう」


しかし、晴明が時石に手を伸ばした瞬間、強い衝撃波が発生した。二人は吹き飛ばされた。


「結界が張られている!」晴明が言った。


祠の周囲に複雑な模様が浮かび上がった。それは強力な防御の結界だった。


「どうすれば?」千鶴が尋ねた。


晴明は結界を分析した。「通常の方法では破れない。四つの元素の力が必要だ」


「四つの…」千鶴は考えた。「風、火、水、土ですね」


「そうだ」晴明は頷いた。「風と土の力は私が持っている。火と水の力は博雅と舞衣だ」


「二人を呼びましょう」千鶴が言った。


晴明は使い魔を呼び、博雅と舞衣に伝言を送った。二人が到着するまでの間、晴明と千鶴は結界を詳しく調べた。


「この結界は時の力も含んでいる」晴明が言った。「闇月の仕業だろう」


「彼は物部影丸から直接教えを受けているのですね」千鶴が言った。「時の狭間との交信を通じて」


「ああ」晴明は頷いた。「物部影丸は時の狭間に閉じ込められているが、完全に力を失ったわけではない。時の狭間自体が彼の力の源となっているのかもしれない」


しばらくして、博雅と舞衣が到着した。二人も西と南の地区を調査していたが、時石は見つからなかったという。


「こちらで一つ見つかったが、強力な結界で守られている」晴明が説明した。「四つの元素の力で結界を破る必要がある」


四人は祠を囲み、それぞれの力を発動させた。晴明は風と土、博雅は火、舞衣は水の力を使った。


四つの力が結界に向かって伸び、複雑な模様と交差した。結界が揺らぎ始めた。


「効いている!」博雅が言った。


しかし、結界は予想以上に強固だった。四人の力だけでは完全に破ることができなかった。


「何か足りない」晴明が言った。「結界の中心に、別の力が絡んでいる」


「時の力ですね」千鶴が言った。


彼女は昨日目覚めた力を思い出した。時空を操る力—それが今、必要とされていた。


「私が試してみます」千鶴は一歩前に出た。


彼女は目を閉じ、内側から湧き上がる力に意識を集中した。温かいエネルギーが体中に広がり、彼女の周りに淡い光が現れた。


千鶴は手を結界に向けて伸ばした。彼女の力が四つの元素の力と交わり、結界の中心に向かって伸びていった。


結界が大きく揺らぎ、ついに砕け散った。


「やった!」舞衣が喜びの声を上げた。


晴明は急いで祠に近づき、時石を取り出した。「これで一つ確保した」


しかし、時石を手に取った瞬間、強い震動が起きた。時石が激しく脈動し始めた。


「何が?」博雅が警戒した。


時石から青白い光が放たれ、空中に人影が浮かび上がった。それは物部影丸の姿だった。


「安倍晴明…」物部影丸の声が響いた。「我が弟子の邪魔をするとは」


「物部影丸!」晴明は敵意を露わにした。「お前は時の狭間に閉じ込められているはずだ」


「時の狭間は私を閉じ込めることはできん」物部影丸は冷笑した。「むしろ、私はそこで新たな力を得た。時を自在に操る力をな」


「その力で何をするつもりだ?」晴明が問いただした。


「この腐敗した世を浄化する」物部影丸は答えた。「時を操り、歴史を正しい方向へ導く。それが私の使命だ」


「歴史を操作するなど、許されることではない」千鶴が言った。「それは多くの命と運命を踏みにじることになります」


物部影丸は千鶴に視線を向けた。「ほう、お前が晴明の妻か。時空を超えてきた女…興味深い力を持っているな」


千鶴は物部影丸の視線に動揺したが、毅然と立ち向かった。「あなたの計画は止めます」


「無駄な抵抗だ」物部影丸は言った。「満月の夜、四つの時石が揃えば、時の狭間への門が開く。そして私は完全な姿で戻ってくる」


「それは阻止する」晴明は断固として言った。


「試すがいい」物部影丸は挑発的に言った。「だが、時はもう私の味方だ」


物部影丸の幻影は消え、時石の光も弱まった。


四人は時石を持ち帰り、晴明の屋敷で対策を話し合った。


「物部影丸の言葉を信じるなら、彼らは既に四つの時石を手に入れている」晴明が言った。「我々が一つ奪ったことで、三つになったが…」


「残りの時石を見つけ出し、破壊する必要があります」千鶴が言った。


「時石自体を破壊するのは難しい」晴明は頭を振った。「それよりも、彼らの儀式を阻止する方が現実的だ」


「満月の夜、彼らはどこで儀式を行うのでしょうか?」舞衣が尋ねた。


「北の森の祭壇だろう」博雅が言った。「昨日見た場所だ」


「いや、それは準備の場所に過ぎない」晴明が言った。「本当の儀式は、四つの時石を特定の位置に配置して行われるはずだ」


「四つの…」千鶴が考え込んだ。「東西南北の四方ですか?」


「その可能性が高い」晴明は頷いた。「平安京の四隅に時石を配置し、その中心で儀式を行うのだろう」


「中心といえば…」舞衣が言った。「平安京の中心は朱雀門ではないでしょうか」


「確かに」晴明は同意した。「朱雀門は平安京の中心軸上にある。そこで儀式が行われる可能性は高い」


「では、満月の夜に朱雀門を見張りましょう」千鶴が提案した。


「いや、それだけでは不十分だ」晴明は言った。「彼らは既に時石を配置し始めている。我々は時石の位置を特定し、儀式が始まる前に回収する必要がある」


四人は再び手分けして平安京の四隅を調査することにした。今回は時間の歪みだけでなく、冥府道の活動の痕跡も探すことにした。


調査の結果、東の端にある古い塔、西の端にある廃寺、南の端にある市場の倉庫、そして北の端にある森の祭壇が時石の配置場所として特定された。


「予想通り、四方に配置するつもりだ」晴明が言った。「そして、その中心—朱雀門—で儀式を行う」


「我々も四手に分かれて、時石を回収しましょう」千鶴が提案した。


「危険だ」晴明が心配した。「闇月は強敵だ。一人では太刀打ちできない」


「でも、時間がありません」千鶴は言った。「満月は明日の夜です」


「二手に分かれよう」博雅が提案した。「晴明と千鶴で東と北を、俺と舞衣で西と南を担当する」


四人はその案に同意した。翌日の作戦について詳細を詰め、早めに休むことにした。


その夜、千鶴は眠れずにいた。彼女の中に目覚めた力のことや、物部影丸の言葉が頭から離れなかった。


「眠れないのか?」晴明が静かに尋ねた。


「はい」千鶴は正直に答えた。「物部影丸が私のことを『時空を超えてきた女』と呼んだことが気になって…」


「彼は時の力を持つ。あなたが現代から来たことを感じ取ったのだろう」


「でも、それだけではないような…」千鶴は言葉を選びながら続けた。「私の中に目覚めた力も、何か関係があるのではないかと思うんです」


晴明は千鶴の手を取った。「あなたの力は特別だ。現代の知識と平安時代の陰陽道が融合した、新たな力だ」


「この力で、皆さんの役に立ちたいです」千鶴は決意を込めて言った。


「ああ」晴明は微笑んだ。「あなたの力は、必ず我々の助けになる」


二人は静かに寄り添い、明日の戦いに向けて心を落ち着かせた。


翌日、満月の日が来た。四人は早朝から準備を始めた。晴明は防御と攻撃の符を用意し、博雅は武器を整えた。舞衣は治癒の薬を調合し、千鶴は自分の力をコントロールする練習をした。


昼過ぎ、四人は二手に分かれて出発した。晴明と千鶴は東の塔へと向かった。


塔に到着すると、既に冥府道の術師たちが警戒していた。


「見つかったか」晴明がつぶやいた。


二人は隠れながら状況を観察した。塔の最上階に青白い光が見えた。時石が置かれているのだろう。


「どうやって近づきますか?」千鶴が尋ねた。


晴明は周囲を分析した。「正面からは難しい。裏手から忍び込もう」


二人は塔の裏手に回り込み、晴明の術で見張りの目を欺いた。塔の中に入ると、階段を上って最上階を目指した。


最上階に着くと、そこには祭壇があり、その上に時石が置かれていた。周囲には複雑な模様が描かれ、結界が張られていた。


「前回と同じ結界だ」晴明が言った。「千鶴、力を貸してくれ」


千鶴は頷き、晴明と共に結界に向かって力を放った。晴明の風と土の力、そして千鶴の時空を操る力が結界に向かって伸びた。


結界が揺らぎ、ついに砕け散った。晴明は急いで時石を取り出した。


「これで一つ」晴明が言った。「急いで北へ向かおう」


しかし、塔を出ようとした時、黒装束の術師たちが二人を取り囲んだ。


「時石を返せ!」術師の一人が叫んだ。


「させるか」晴明は風の力で術師たちを吹き飛ばした。


二人は急いで塔を後にし、北の森へと向かった。途中、博雅から使い魔を通じて連絡があった。西の廃寺では時石の回収に成功したが、南の市場では冥府道の抵抗が激しく、まだ時石を確保できていないという。


「急いで北の時石を回収し、南へ向かおう」晴明が言った。


北の森に到着すると、前回見た祭壇には既に多くの黒装束の術師たちが集まっていた。中央には闇月の姿もあった。


「厄介だな」晴明がつぶやいた。「正面からは無理だ」


「別の方法を考えましょう」千鶴が言った。


二人は森の中を迂回し、祭壇の裏側から近づくことにした。しかし、闇月は二人の接近に気づいたようだった。


「来たな、安倍晴明」闇月の声が響いた。「そして、時空を超えた女よ」


黒装束の術師たちが二人を取り囲んだ。


「時石を返せ」闇月が要求した。「さもなくば、命はない」


「断る」晴明は冷静に答えた。「物部影丸を復活させるなど、許されることではない」


「愚かな」闇月は怒りを露わにした。「師匠の復活は、この世界の救済なのだ」


闇月は手を上げ、術師たちに攻撃を命じた。暗黒の術が四方から飛んできた。


晴明は風の力で術を弾き、千鶴も時空を操る力で身を守った。二人は背中合わせで戦った。


「千鶴、時石を見つけ出せ」晴明が言った。「私が術師たちを引きつける」


千鶴は頷き、祭壇に向かって突進した。闇月が立ちはだかったが、千鶴は新たな力を使って時空の歪みを作り出し、闇月の動きを鈍らせた。


「なっ…!」闇月は驚いた。


千鶴は祭壇に到達し、時石を見つけた。しかし、それを取ろうとした瞬間、強い衝撃波が発生した。


「千鶴!」晴明が叫んだ。


千鶴は吹き飛ばされたが、すぐに立ち上がった。「大丈夫です!」


闇月は千鶴に向かって強力な術を放った。「時石に触れることは許さん!」


千鶴は咄嗟に時空の歪みを作り出し、術を別の方向に逸らした。しかし、闇月の攻撃は止まらなかった。


晴明は術師たちを相手にしながらも、千鶴を助けようと闇月に向かって風の刃を放った。闇月は一瞬怯み、千鶴はその隙に祭壇に近づいた。


彼女は結界を破るために力を集中させた。内側から湧き上がる力が、彼女の周りに光の渦を作り出した。


「止めろ!」闇月が叫んだ。


千鶴の力が結界に向かって伸び、複雑な模様と交差した。結界が揺らぎ始め、ついに砕け散った。


千鶴は急いで時石を取り出した。「晴明様、取りました!」


「よし、撤退するぞ!」晴明が叫んだ。


二人は森を駆け抜け、闇月と術師たちの追撃をかわした。途中、博雅と舞衣からの連絡があり、南の時石も無事回収できたという。


「四つの時石のうち、三つを確保した」晴明が言った。「これで物部影丸の復活は阻止できるだろう」


四人は晴明の屋敷に集合し、回収した時石について話し合った。


「時石を破壊できれば完璧だが」博雅が言った。


「それは難しい」晴明は頭を振った。「時石は通常の方法では破壊できない。特別な儀式が必要だ」


「では、どうすれば?」舞衣が尋ねた。


「時石を安全な場所に隠し、冥府道が見つけられないようにするしかない」晴明が答えた。


「でも、闇月たちはまだ一つの時石を持っています」千鶴が指摘した。「彼らは何か別の計画を立てるかもしれません」


「その可能性は高い」晴明は同意した。「だが、四つ揃わなければ、完全な門は開けない。我々には時間ができた」


四人は時石を安全に保管し、夕食を取ることにした。しかし、その平穏は長くは続かなかった。


夕暮れ時、突然、屋敷全体が揺れ始めた。外から不気味な気配が迫ってきた。


「何だ!?」晴明が立ち上がった。


四人が外に出ると、空が異様な色に染まっていた。青白い光が渦巻き、朱雀門の方向から強い気配が感じられた。


「始まっている…」晴明がつぶやいた。「儀式が」


「でも、時石は三つしか持っていないはず」舞衣が言った。


「何か別の方法を見つけたのかもしれない」晴明は言った。「急いで朱雀門へ向かおう」


四人は急いで朱雀門へと向かった。道中、平安京の空はますます異様な色に染まり、風が強く吹き始めた。


朱雀門に到着すると、そこには闇月と多くの黒装束の術師たちがいた。門の前には大きな祭壇が設置され、その上に一つの時石が置かれていた。


「一つの時石だけで儀式を?」博雅が疑問を呈した。


「いや、違う」晴明の表情が険しくなった。「あれは…」


祭壇の周りには三つの人影が横たわっていた。よく見ると、それは若い女性たちだった。


「人身御供…」晴明が怒りを露わにした。「時石の力の代わりに、生贄の力を使うつもりだ」


「許せない!」舞衣が憤った。


四人は朱雀門に向かって突進した。闇月は四人の接近に気づき、術師たちに攻撃を命じた。


激しい戦いが始まった。晴明は風と土の力で敵を吹き飛ばし、博雅は火の刃で術師たちを切り裂いた。舞衣は水の盾で仲間を守り、千鶴も時空を操る力で戦った。


「儀式を止めろ!」晴明が闇月に向かって叫んだ。


「もう遅い」闇月は冷笑した。「儀式は既に始まっている。満月が天頂に達する時、門は開く」


時石が強く脈動し始め、祭壇の周りに青白い光の渦が形成された。生贄の女性たちの体から生命力が吸い取られ、時石に流れ込んでいるようだった。


「生贄を救わなければ!」千鶴が叫んだ。


四人は術師たちを相手にしながら、祭壇に近づこうとした。しかし、闇月の力は強大で、なかなか近づけなかった。


「時間がない」晴明が言った。「満月が天頂に達するまであと少しだ」


千鶴は決意を固めた。「私が行きます」


彼女は内側から湧き上がる力を最大限に引き出した。彼女の周りに強い光が現れ、時空が歪み始めた。


「千鶴!」晴明が心配そうに叫んだ。


「大丈夫です」千鶴は微笑んだ。「この力を信じます」


千鶴は時空を操る力で自分の周りに防御の場を作り出し、闇月の術をかわしながら祭壇に向かって突進した。


闇月は千鶴の接近を阻止しようと、強力な術を放った。「させるか!」


千鶴の力と闇月の術がぶつかり、強い衝撃波が発生した。しかし、千鶴の力は予想以上に強く、闇月の術を押し返した。


「なっ…!?」闇月は驚いた。


千鶴は祭壇に到達し、生贄の女性たちの縄を解き始めた。「大丈夫ですよ、助けます」


しかし、時石の光が急に強まり、千鶴の体を包み込んだ。


「千鶴!」晴明が叫んだ。


千鶴は時石の光に包まれながらも、女性たちを救おうと必死だった。しかし、光はますます強くなり、彼女の視界が白く染まった。


その瞬間、千鶴は奇妙な感覚に襲われた。彼女の意識が時石に引き込まれ、時の狭間へと導かれていくような感覚だった。


「これは…」千鶴はつぶやいた。


彼女の前に、無限に広がる時の流れが見えた。過去、現在、未来が交錯する空間—時の狭間だった。


そして、その中心に一人の男がいた。物部影丸だ。


「来たな、時空を超えた女よ」物部影丸が言った。


「物部影丸…」千鶴は警戒した。


「恐れることはない」物部影丸は意外にも穏やかな声で言った。「私はただ、真実を伝えたいだけだ」


「真実?」


「そう」物部影丸は頷いた。「お前が時空を超えてきた理由、そしてお前の中に眠る力の真実をな」


千鶴は動揺したが、物部影丸の言葉に耳を傾けた。


「お前は単なる現代人ではない」物部影丸が言った。「お前の魂は時を超える特別な存在だ。時の守護者の血を引いているのだ」


「時の守護者?」千鶴は混乱した。


「太古の昔、時の流れを守る一族がいた」物部影丸は説明した。「彼らは時空の歪みを修復し、時の秩序を維持する役割を担っていた。お前はその末裔だ」


千鶴は言葉を失った。それが本当なら、彼女が現代から平安時代へ転生したのも、単なる偶然ではなかったことになる。


「私が平安時代に来たのは…」


「運命だ」物部影丸が言った。「時の狭間が乱れ始めた時、守護者の血を引く者が呼び寄せられる。それがお前だ」


「でも、あなたは時の狭間を利用して世界を変えようとしている」千鶴は反論した。「それは時の秩序を乱すことではないですか?」


物部影丸は少し考え込んだ。「確かに、私の方法は過激かもしれない。だが、この世界は既に歪んでいる。それを正すには、時を操る力が必要なのだ」


「歪みを正すのは、破壊ではなく調和によってです」千鶴は強く言った。「現代の知識と平安時代の陰陽道を融合させるように、過去と未来を調和させることが大切なのです」


物部影丸は千鶴の言葉に何か感じるものがあったようだった。「お前の言葉には力がある。だが、私の決意は変わらん」


「あなたの復活は止めます」千鶴は決意を示した。


「試すがいい」物部影丸は挑戦的に言った。「だが、時の狭間の力を完全に理解できるのは、ここで長い時を過ごした私だけだ」


千鶴の意識が現実世界に引き戻され始めた。物部影丸の姿が遠ざかっていく。


「覚えておけ、時の守護者よ」物部影丸の声が響いた。「お前の選択が、この世界の未来を決める」


千鶴の意識が完全に戻ると、彼女は祭壇の前に立っていた。時石の光は弱まり、生贄の女性たちは既に解放されていた。


「千鶴!」晴明が駆け寄ってきた。「大丈夫か?」


「はい」千鶴は頷いた。「でも、物部影丸と…話をしました」


「何だと?」晴明は驚いた。


千鶴は物部影丸から聞いた話を簡潔に伝えた。晴明は深刻な表情で聞き入った。


「時の守護者…」晴明がつぶやいた。「確かに古い伝承にそのような一族の話がある。だが、それが本当だとは…」


「私にもまだ信じられません」千鶴は正直に言った。「でも、この力が目覚めたのは偶然ではないのかもしれません」


闇月は儀式の失敗に怒りを露わにしていた。「くっ…今回は失敗したが、次こそは必ず師匠を救い出す!」


彼は残りの術師たちと共に姿を消した。


四人は解放された女性たちを安全な場所に送り届け、晴明の屋敷に戻った。


「物部影丸の復活は阻止できたが、闇月はまだ諦めていない」晴明が言った。「彼らは必ず次の計画を立てるだろう」


「私たちも準備が必要ですね」舞衣が言った。


「ああ」晴明は頷いた。「特に千鶴の力の秘密を解明することが重要だ」


千鶴は自分の手を見つめた。時の守護者の血を引く者—それが本当なら、彼女の使命は何なのだろうか。


「晴明様」千鶴が静かに言った。「私の力が何であれ、皆さんと共に平安京を、そして時の秩序を守りたいと思います」


晴明は千鶴の手を取った。「共に戦おう、千鶴」


四人は互いを見つめ、新たな決意を固めた。冥府道との戦いはまだ終わっていない。そして、千鶴の中に眠る力の秘密も、これから解き明かされていくだろう。


(続く)

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