第7話 夜



「ほう、つまりあなたたちは私との果たしあいに来たと?」


笑みを絶やさずにラザロは言った


ウルクの集落に来た時はすでに、夜になっていた


ラザロとアンナの屋敷に三人は招かれていた


「その通りだ。七日前、江戸で将軍家剣術指南役のムソウが何者かに斬られた。ムソウほどの魔剣士を倒せるのは、同じく天下七魔剣の魔剣士と幕府は考えている」


とシンが状況をラザロに説明をする


「確かに、噂に聞く、あの剣豪を倒せるのは我々、魔剣士くらいなものでしょうな」


ラザロは盃に注がれた葡萄酒を一口した


「お前なら、ムソウの奴に勝てるのか?」


ムクロがラザロを横目で睨みながら口を挟む


「ええ、簡単とは言いませんが、自信はありますよ」


その言葉、表情からどうやらハッタリというわけではないらしい


「面白え。是非ともやりたいねえ」


ニヤリとムクロは好戦的な笑みを浮かべた


「それで私が彼を斬っていないと、どう明かしを立てればいい?」


「江戸城には、剣に残った血が誰の血か確かめることができる術者がいます。ですので、もし、我々が果たしあいに勝ったら、その魔剣『殉教の黒十字サクリファイス』をお渡し願いたいのです」


と、シノブがいう


「つまり、あなたたち幕府はムソウ殿殺しの下手人探しを口実に、危険人物とされる魔剣士の魔剣を奪いたいわけだ。さながら昔、豊臣秀吉という太閤が行った刀狩のようですね」


「協力願えないか?」


「私が勝った場合は何が貰えます?」


果たし合いである以上、勝者の望みを叶えるのは当然である


「・・・この集落で行われている、秘密の宗教を限定的に許すというのはどうか?」


「いいでしょう。我々の教えについて知っているならば、話は早い。松平殿と言いましたな。これから我々の礼拝堂で二人っきりで、話しませんか?」


「なんの話をする?」


「10年前のこの集落の話ですよ。ここまで来るような幕府の使者の方だ。なんのことだか、分かりますね?」


10年前、シンはこの地で起こった忌まわしいあの事件のことだと察する


10年前はまだ、自分は紀州にいた


事件とは無関係であるが、徳川将軍家として背負わなければならない事件である


「シン様!いけません」


「良い、シノブ」


シノブをシンが制する


「わかった。これから、向かおう」


「ありがとうございます。それにしても、あなた方、誰も夕餉に手をつけていない」


三人の席には白米、焼き魚、山菜の漬物、味噌汁など料理が並んであった


「ご安心を。毒など、盛りはしません。妹の作った料理です。ぜひ、食べていただきたいのですが」


「そうかい、俺は食うぜ。腹減ってんだ」


ムクロは箸を手に取り料理を口に運び始めた


「私もいただこう」


それを見たシンも料理に手をつけ始める


「シン様、やめておいた方が」


「ラザロ殿も同じものを食べている。これはアンナ殿が作ったものだ。毒など入れていないであろう」



その後、シンはラザロと共に修道院に向かった


ムクロとシノブはラザロの家の離れまで向かう


ムクロは一人、布団の上に横になりながら考えた


明日は、あのラザロという男と勝負する


奴が父の仇なのかはわからない


それよりも、父と同じ、魔剣士である、あの男と命懸けの勝負ができる


あのラザロという男、強い


気配でわかる


動きに一切の隙がなかった


ーーあいつは、どんな剣術を使う、どんな、魔剣の能力を持っている?俺は奴に勝てるのか?それとも負けるのか?


命懸けの戦いほど、この胸を熱く燃え上がらせる


心の底からムクロは明日の果たし合いを待ち望んでいた




襖の向こうで気配がした


「誰だ」


ムクロは剣を持って立ち上がる


「私です。アンナです」


「いいぜ、入んな」


襖が開かれてアンナと隣の部屋で休んでいたシノブが入ってきた


「どうした?」


「実は、しばらく前にお役人さんをこの部屋にお泊めしたのですが、朝にはいなくなっていたのですわ。そのことを思い出して心配になって」


「そのことを、お兄さんはなんと?」


シノブが尋ねる


「急用ができたから夜中のうちに帰ったというけども、信じられなくて」


「まさか、ラザロ殿が」


シノブは青い顔をする


予感はしていたが、行方不明になったという奉行所の役人はこの場所で殺されていたのだ


「当たりだぜ。オークどもの夜のお散歩だ」


口元を釣り上げて不敵に笑いながらムクロは剣を背負った


2階のこの部屋から外を見ると、松明を持ったオークたちがこっちに向かって集まってくるのが見える


「シノブ、俺があいつらを引き受ける。アンナを連れて逃げな」


「わかりました。アンナさん、こちらへ」


「兄様は一体・・・?」


2階からムクロは飛び降りた


10人以上のオークの群れは抜き身刀や、斧を持ちながらこちらへ向かってくる


ーーなんだ、こいつら?


ムクロはオークたちの目が白目を向いており、その表情に生気がないことに気づいた


だが、関係ない


生来考えるのは苦手なのだ


全員ぶった斬ってから考えてやる!


「歓迎ご苦労様!悪いがてめえら全員、返り討ちだ!」


ズガガガガ!!


ムクロは剣の引き金を引いて銃弾を雨でオークたちに喰らわせて怯ませると、そばにいた二匹のオークの頭や胸を剣で貫いてゆく


「ノロいぜ」


ムクロはニヒルに笑うとさらに赤い剣を振るい、次々にオークたちを叩き斬っていった


動きが遅い


そんな動きでは、豹のようなムクロの素早い動きを捉えることはできない


ムクロに斬られてオークたちは悲鳴も上げずに地面に倒れてゆく


「さあ、どうした、どうした!かかってこいや!!」


ずるうううう〜!!


倒れたオークたちが次々に起き上がってくる


「なんだと!」


驚きのあまりムクロは叫んだ


再生能力があるとはいえ、頭や首、心臓を潰せば、オークといえど死ぬしかない


なのに、なぜ


「なんで死なねえんだよ!!?」


頭を失って胴体だけになっても、斬られても、斬られても死体のようなオークたちはこっちに向かってくる


剣ではもう、このオークの屍の群れは対処できない


『剣』では


「チッ!」


ムクロは左手をオークたちに向けた


左手が手首から外れ、そこから砲身が飛び出す


「ぶっ飛べっ!」


ズドン!!


義手型大砲から飛び出した爆裂弾がオークたちの群れに撃ち込まれて、赤い炎が夜の闇に弾け飛んだ



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