第三話 奇跡を振るう
数日が経った。私の救済は村の至る所で重宝されている。
昨日も狼型の魔物を救済した。彼らの顔は穏やかだった。
その後も、腰痛、肩こり、頭痛、不眠――あらゆる不調を私の力で取り除く。村の皆はどんどん元気になってゆく。
「ライアが来てくれたおかげで、このフローシア村も活気が出てきたよ」
「お役に立てて光栄です」
「今まで長く生きてきた中で、一番だ」
「聖女様万歳!!」
「ライアさま、ばんざーいっ!!」
ファーニャの、村の人々の、そして子供たちの平穏な笑顔。
追放された身でも、私の為すべきことは変わらない。この安寧を守るためなら、幾らだってこの身を捧げよう。
「――だからよぉ。今日も『救済』、やってくれんかのぉ?」
「頼むよ聖女様。アレ、くれよ」
「あたまがね、ふわーって、なるの。おねがい」
しかし最近、村の皆が私の力を頼りすぎている気がしてきた。
健康な身体に神の加護を与えると、天罰が下るかもしれない。力の使い所を間違えてはならない、と何度叩き込まれたことか。
「しかし、不調ではないのでしょう。ならば自らの脚で、自らの生を歩むべきです」
「けどよぉ、もう、苦しくて仕方ないんだ」
「あの光がなきゃ、俺らは生きていけねえんだ」
「おねがい。ライアさま、おねがい」
縋るように私の修道服を掴んでくる。皆、目の焦点が合っていない。言葉も、まるで魔物のように知性が落ちている。
(これが、災厄だというの?)
考えても仕方ない。目の前にいるのは苦しんでいる人たちだ。ならば救わなければ。
「大変だ!! ライア様、早く来てくれ!」
「っ、どうされましたか?」
「ゴンザの所の娘が高熱なんだ!! まだ十歳こんな……あんたしかいない、助けてやってくれ!!」
曰く、ゴンザの家には娘がいたらしい。そして不運にも高熱を出して倒れてしまったという。
村一番の祈祷師が診たが、手の施しようがなく、頼れるのは私しかいない。
「ゴンザさん!」
「ッ……!」
知らせを聞いた私は急いで駆けつけた。ゴンザの娘が熱でうなされ、喉をヒューヒュー鳴らして呼吸している。その脇には妻らしき女性が涙ぐみ、タオルで彼女の汗を拭き取っていた。
ゴンザも顔を蒼白にして突っ立っている。娘の小さな手を握り、今にも叫び出しそうな表情だ。
「来るな。お前の力は必要ない」
私を見つけると同時、彼は険しい顔で低く声を向けた。
だが彼の妻は、夫を制止するように腕を掴む。
「お願い……今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?」
「やめろ! せっかく、アイツから隠せていたのに……この子を悪魔に差し出す気か!?」
「馬鹿! この子、息もやっとなんだよ!? お願いライアさん、ナチを助けてあげて……!」
ゴンザの娘、ナチは苦しげにうめき、意識も朦朧としている。
喉と肺。それだけじゃない、脳もやられている。何かの呪いか、それとも病か。
「大丈夫です。苦しみは取り除きます。それが私の使命ですから」
目の前で苦しむ年端もいかない少女を放っておけるわけがない。
手を合わせる。光が満ちてくる。
「おいやめろ! 娘の命を、奪う気か!!」
「大丈夫です。救うのは、苦しみ、痛み、そして病の巣窟……!」
意識を病巣に集中させる。根深い。だからこそ、救い甲斐がある。
「おいアンタ! 聖女様に失礼だと思わないのかい!?」
「離せベスマ、違うんだ!! コイツは傷を癒しているわけじゃない!!」
彼の妻、ベスマの願いに応えるように頷き、少女の手にそっと触れた。
体中に広がる高熱と息苦しさ――それを『救済』するために。
そして、ナチは深く息を吐き……安らかな表情で眠り始めた。
「……ぁ、ぁあ」
「――救済は果たされました」
ふぅ、と思わず息が漏れた。駆けつけてきた村人たちから歓声が上がる。
ベスマも感激し、私に首を垂れて感謝の言葉を並べていた。
「ありがとうございます、ありがとうございます……奇跡を、起こしてくださって」
「――なに、言ってんだ」
だが安らかに眠る娘とは対照的に、ゴンザの形相は絶望に満ちていた。
「ナチは――もう息をしてねえんだぞ」
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