スポーツ女子、虚弱令嬢に転生したので健康に全振りしてみる

金澤流都

1 タタカイの火蓋

 なんだか体がとてつもなく重い。

 たぶんトラックにはねられたあと、病院に運ばれて……まあそういうことなら体が重いのも仕方あるまい。でもこれじゃ高校最後の駅伝は無理だし、実業団で走るのも厳しい。

 スポーツには怪我がつきものっていっても、トラックにはねられるなんてあまりにもデカすぎる怪我じゃん。お先真っ暗じゃん! 陸上人生終わっちゃったじゃん!


 ……待て。

 もしトラックにはねられたなら、気がついて思うのは「重い」じゃなくて「痛い」なんじゃないの?

 それとも医療用のモルヒネとかドバドバァ!!!! って投与されてるんだろうか。それにしたってここまで元気なわけがない。


 恐る恐る目を開く。思ったよりよく見える。

 最初に見えたのは、中学生のころ憧れた、プリンセスのベッドの天蓋であった。

 どこの病院だ、ベッドを天蓋つきの豪華なやつにするなんて。それともカーテンで覆われているからそう見えた? いやカーテンはないな、重たい首をかすかに動かすと窓から光が入るのが見えたからだ。

 な、なにごと……?

 正直よくわからない。いろいろしばらく考えた結果、「これは隣の席のオタク男子・田嶋くん言うところの異世界転生なのではないか」という結論に落ち着いた。

 田嶋くんはオタクだが将棋部で部長を務めており、なんと将棋アマ3段だという。そしてなんと国語の模試で全国3位だったとか。その隣の席のわたしは学業はそこそこ、いまの高校にはスポーツ推薦で入学して、この先実業団に行く予定なのであるが。


 異世界かあ……。陸上競技ってあるのかな。女の子はスポーツをしちゃいけない世界とかなのかな。走りたいな。

 でもこの体の重さでは走れないな。太っているわけではない、むしろ痩せ過ぎている。おそらく体が重いのは体力がまったく足りていないからだろう。筋肉がないのである!


 とりあえず頑張ってベッドから体を起こす。部屋のすみっこの椅子にかけていた、黒い服に白いエプロン、要するにメイドさんらしい小柄な女の子が、「おはようございます、マリナさま」と頭をさげた。この世界のわたし、藤堂和海はマリナという名前らしい。


「ただいまお食事をご用意いたします」


「ありがとう」


 ありがとうと言った瞬間メイドの少女は目を白黒させた。明らかに動転している。慌てて出て行って、それから1分も経たぬうちに朝食が出てきた。


 ……これは、小鳥のエサか?

 いや小鳥のエサくらいしか食べないって周の文王か。伯邑考ハンバーグのあとの。とにかく朝ごはんは小鳥のエサほどのお粥と、申し訳程度のコーヒーだった。


 た、タンパク質足りなっ!!!!

 食物繊維もビタミンも足りなっ!!!!


 あ、でも食物アレルギーとかで食べられないのかな。だから食べられなくて痩せてしまったとか。卵も牛乳も大豆もアレルギーあるもんな。

 でももしここが田嶋くん言うところの「ナーロッパ」なのであったとしたら、アレルギーを調べる方法もないだろうし、アレルギーという概念すらないのかもしれない。

 どうしたものだろう……なにか、自分……藤堂和海ではなくマリナなんちゃらの健康状態を把握する方法はないのか。考えろ、藤堂和海……!!


 小鳥のエサみたいな朝食をつつきつつ、うーむ、と考える。田嶋くんの言動になにかヒントはなかったか。田嶋くんはライトノベルに一家言あり、聞いてもいないのに楽しそうにライトノベルの話をしている変わり者だったのだが、しかしながら田嶋くんの語るライトノベルの話はなかなかユニークで、読んでみたいと思ったが表紙のお色気全開の女の子を見るとちょっと手に取る気は起きないのだった。


 なにかないか。

 なにかないか。


 ……そうだ、ステータスオープンだ!

 これも田嶋くんに聞いた。異世界に転生したら最初にやることだ。でも手をかざせる水晶玉はないな。

 見えている世界の隅っこを、骨と皮の指先でつんつんしてみる。ぼわ、と視界になにかが広がった。


「マリナ・ウィステリア 17歳 女」


 やった! ステータスオープンに成功したぞ!

 続きの情報を確認する。なになに……なんというかヒットポイントとかそういうゲームっぽいステータスは出ないな。ゲームをやったことはほとんどないが、これはドラクエウォークで覚えたのだった。


「公爵令嬢 体質:虚弱 アレルギー:特になし」


 特になし、とな。

 要するに食べるのが苦手ということか。それなら任せろ、わたしの食欲は止まるところを知らんのだ……と思ったら小鳥のエサほどの食事で満腹してしまった。

 ははぁん。

 普段からぜんぜん食べないからちょっと食べただけで満腹しちゃうんだ……。


「あの」


 そばに控えていたメイドさんに声をかける。


「は、はい!」


「明日から朝ごはんにゆで卵をつけてもらえませんか? それがダメならコーヒーに牛乳を入れるとか」


「え、ええっ!?」


 メイドさんは困惑している。そりゃそうだろうなと思う。


「だめですか?」


「い、いいえ! マリナさまの仰せのままに!」


 こうして、虚弱令嬢マリナ・ウィステリアを健康にするというタタカイの火蓋が切って落とされた。そして学校横の通りでわたし、藤堂和海をはねたトラックは、そのまま将棋部の部室に突っ込んでいたのだった。(つづく)

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