練習問題⑥【老女(三人称・現在時制)】

 多和子たわこは人形を作っている。老眼鏡の奥の目は真剣に素体を見つめている。つるりと丸い頭部はきめの細かい布で覆われ、しわの刻まれた多和子の指がそこに黒い糸で刺繍していく。しかしまつげが出来上がったところで手が止まる。黒糸に縁どられた空白に納めるべき瞳がない。

 裁縫箱の一画にはボタンやガラス玉が集められているが、思い出の中の彼女の瞳にはどんなきらめきも届かない。高校時代の同級生だった夕映ゆえの瞳には。

「多和ちゃん、噂を聞いた? 例の映画、日本でも見られるようになるんだって!」

 夕映はおてんばな少女だ。教室に駆け込むなり、書店に寄り道して買ったらしい雑誌を高くかかげる。おさげが肩の近くで揺れ、今日も昼過ぎには整えてやらなきゃいけないかもな、と多和子は考える。

「手に汗握るアクションよ! 今度の休暇、二人でキネマに行きましょうよ」

 夕映の大きな目は熱を宿し、燃える日のように輝いている。多和子は映画よりも、楽しそうな夕映を眺めるのが好きだ。その輝く瞳が大好きだ。

 だから裁縫箱にあふれた無機物じゃ、夕映の目の輝きはとても再現できない。多和子はつまんだビーズを箱に落とすと、別の作業に取り掛かる。髪の毛だ。

 毛糸同士を貼り合わせた黒髪のカツラを人形に乗せ、その小さな少女の髪を結う。いち、に、さん。いち、に、さん。出来上がっていく三つ編みを見ながら、こんなふうに夕映のおさげを直してやるのも高校の頃の日常だった、と思い出す。

 夕映ときたらいつも元気で、朝には綺麗に結んであった髪が午後には崩れてしまうのだ。その日など、映画公開に興奮しすぎて昼休みにはすでにおさげはボロボロだった。

「夕映ちゃん、髪の毛がひどいありさまよ」

 教室の片隅に夕映を連れて行き、多和子は髪をほどいてやる。多和子の指が丁寧に三つ編みを作っていく間、夕映はしおらしく目を伏せているが、おさげが元に戻るなりパッと顔を上げ、多和子に笑いかける。「多和ちゃん、やっぱり映画、今日の放課後にしない?」

 多和子の眼鏡を通して、思い出の中の夕映の黒髪と人形の毛糸の髪が重なる。出来上がった三つ編み人形を見て、多和子はため息をつく。目、やっぱり目が問題だ。夕映の目のようなキラキラは、どんなに探しても見つからない。

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