母の愛
ざしき
母の形見
大して長い間、家から離れていた訳ではないはずだが、仏壇の上にある母の遺影に懐かしさを感じるとともに、罪悪感に苛まれ遺影となった母から目を逸らす。僕は引け目を感じながら線香を供え、ゆっくりとしゃがみ、手を合わせ目を閉じる。
「お母さん帰ってきたよ」
暦上はもうすでに残暑らしいが、そんなことをまったく感じさせない猛暑の中、僕は生まれ育った地元に帰ってきた。
地元は大学のない田舎なので、大学進学という名目で無理やり追い出されるように地元を出たのだ。
だが、実家に帰省してもこの家には誰もいない。
ただ、僕1人が残されたように居る。
父は僕が物心付く前に病気で亡くなった。
そんな中でも、母は女手一つで懸命に僕を育ててくれた。
毎日夜遅くまで働き、幼い僕の世話もし、とても苦労しただろうが、常に僕の前では笑顔で愛してくれた。
そんな母との最期は、大学受験の前日だ。母はいつもの様に力強よく、僕を送り出してくれた。
「これ持ってきな」
「なにこれ?」
「母ちゃんお手製合格祈願お守り」
「なにこれ、でもありがとう。母さん絶対合格するから」
「あぁ、頑張ってきな、あんたなら絶対できる」
母の最後の言葉だ。
山中を1日1本しか通っていないような路線のバスや電車を上手く乗り継ぎ、なんとかへとへとになりながら、受験会場の近くのビジネスホテルに着いた夜、1本の電話が掛かってくる。
「竹田佐代子さんのご家族ですか」
「はい、そうですが」
「今すぐ、〇〇病院に来てください。佐代子さんが交通事故に遭ってしまい、危篤状態です。大変申し上げにくいのですが、もしかしたらこれが最期になるかもしれません」
まるで現実感のない知らせだった。だが次の瞬間、〇〇病院に行く決意をする。離れてはいるがタクシーで行けば、3時間ほどで〇〇病院に着く。
今すぐ行こう。
行かなければならない。
母の最期に会わなければならない。
だが、足は動かなかった。なぜなら会いに行くことを母が本当に望むか、分からなかったからだ。
今から〇〇病院に行けば、受験に間に合わないかもしれない。間に合ったとしても、間違いなく試験結果に悪い影響を与える。
母は本当にそれを望むのだろうか。
迷いに迷った末に、僕は行かなかった。それが正しい選択だったのかは今でも分からない。母は、母を見捨て、自分を選んだ僕のことを恨んでいるかもしれない。
翌朝、母は死んだ。
だが、それを知ったのは夕方だ。早朝に掛かってきた昨日と同じ番号の電話に出なかったからだ。
多分、知ってしまったら僕は戦えないと思ったから、僕は電話に出なかった。
後から知ったのだが、母は夜遅くまで仕事をした後、わざわざ神社に行き僕の合格祈願をしてくれた帰りに、交通事故に遭ったそうだ。
母に僕は感謝してもしきれないし、謝っても謝りきれない。
せめて母のことを一瞬も忘れないよう、形見となってしまった、母の合格祈願お守りをいつも持ち歩いている。
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