第33話

 中間試験終了から一か月。帝国学院は事態の収拾に追われ、いまだに帝国陸軍の立ち入り調査は続いている。そして今日、朝から学院全体が喧騒に包まれていた。


「ねぇ、聞いたッ? 協商連合が越境作戦を開始したって話!」

「聞いた聞いた! ジタレダスニアでしょ? 防衛線が突破されたのって!」

「三個師団規模で抑え込んでたらしいんだけど、もう持たないってさ……」

「それで陸軍が?」

「そうそう、もしかしたら私たちも現地入りさせられるかも……」

「ライロレーブは補給線でしょ? 絶対落とされるわけにはいかないのよ」


 ニーナとユーフィアが教室に入ると、クラスメイト達はどこから調達したのか新聞を広げながら口々に捲し立てていた。怪我から復帰した二人が席に着くと、リーヴィアがおもむろに声をかけてくる。


「試験が終わったと思ったらすぐにこれ。まったく……気が休まらないわね」

「私たちも派遣されるかしら?」

「さぁね。でも行かされるとしたら成績上位者数名でしょ。アンタらみたいな」


 リーヴィアは自分が戦地入りする可能性を端から考慮していないのか、ニーナとユーフィアを憐れむような目で見た。ちょうどその時授業開始のチャイムが鳴り、珍しく険しい表情のセヴラールが教室の扉を開ける。そして教壇に立つと生徒を見回して口を開いた。


「防衛線が突破されたことは、もう知っている生徒も多いと思う。それに伴い、下層エリアからもライロレーブ市に選抜生を派遣することが決まった」


 騒がしかった教室が一瞬で静まり返り、全員がセヴラールの次の言葉を待つ。


「一年からは五名、このクラスからは……三名が戦地入りすることになる」


 セヴラールの視線がわずかに泳ぎ、意を決したように選抜生の名を読み上げ始めた。


「まず……ニーナ・アグラシア」


 妥当な人選である。ニーナも覚悟はしていたし、セヴラールが行く以上学院に留まるという選択肢はない。


「次、スピカ・ヴァーゴ」

「……はい、謹んでお受けいたしますわ」


 スピカは立ち上がると静かに一礼して再び席に着いた。残り、一名。誰もが最後の一人はユーフィア・フォーマルハウトであると信じて疑わない。最前列に腰かけるユーフィアに全員の視線が注がれる。


「最後は……」


 ユーフィアも覚悟を決め、机の下で拳を握り締めた。


「リーヴィア・リブレーゼ」

「「……え?」」


 二人の少女の声が重なる。入学試験第一位、ユーフィア・フォーマルハウト。誰もが認める才媛。しかし彼女の名が読み上げられることは、遂になかった。

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