第22話

 四人が立ち去った給水スポットで、ユーフィアの控えめな寝息だけがニーナの耳に届く。ニーナは負傷したユーフィアに、優先的に仮眠を取らせていた。怪我をしたときは寝て待つのが一番早く治るというのが、ニーナの自論だ。


「ん、ぅう」

「あ、起きた? ユーフィア、傷はどう? 痛む?」

「まだ、ちょっと痛いですけど、かなりよくなりました」

「そう、よかったわ」


 ユーフィアが寝ている間に最低限の修繕を施した制服を着せてやり、ニーナは隣に腰を下ろす。


「これ、直してくださったのですか?」

「裂けていたところを縫っただけよ。ここを出たら、新しいものを支給してもらいなさい」

「……いえ、これがいいです」


 ユーフィアはゆっくりと首を横に振り、ニーナが縫い合わせた部分を嬉しそうに撫でた。


「あの、ニーナさん」

「何?」

「……あ、その、やっぱり何でもない、です」


 ニーナが首を傾げると、ユーフィアは物言いたげに口を開いたものの苦笑して目を伏せる。


「別に怒ったりしないわよ? どうしたの?」

「え、えっと、少し、聞きたいことがあって……」

「それって、エリノラ・アビゲイルが言っていたことと関係ある?」


 ユーフィアは遠慮がちに頷いた。


「アビゲイルさん、ニーナさんを、こ、殺すとか、命令されたとかって……」

「あぁ、あれね」


 ニーナはあえて軽い口調で笑い飛ばして見せる。


「私は隣のクラスの教師に嫌われているのよ。それで私を殺そうとしたんじゃないかしら」

「どうして、ラシアイム先生に嫌われているのですか?」

「さぁ、私がセヴの養子だからじゃない? アイツ、セヴのことも嫌ってるし」


 嘘だ。ニーナはユーフィアに嘘をついた。より正確に言うならば誤魔化しただけだが。


「でも、だからって、殺そうとするなんて……」


 アイツならやりかねないという一言をニーナは飲み込む。セヴラールとベレスの因縁を語るならば、二人の学生時代まで遡らなければならない。当時から二人は価値観の違いなどで対立していたようなのだが、卒業後、セヴラールが特務部隊に配属されたことが袂を分かつ決定的な要因となった。


 特務部隊とは帝国陸軍参謀本部直属の部隊であり、帝国学院の成績上位者六名が任命される。セヴラールに一歩及ばず卒業試験を七位で突破したベレスは特務部隊に選ばれず、それ以来セヴラールを毛嫌いするようになったのだ。


「もしかしたら、奴の刺客は他にも潜んでいるかもしれない。私を殺せる人間がいるとは思えないけれど、もしそうだとしたら私といるのは危険よ。今からでも他の四人に保護を求めた方が……」

「いいえ、私はニーナさんを一人にしません」


 今までとは違う理由で、ニーナはユーフィアを遠ざけようとする。だがユーフィアはきっぱりと首を横に振った。その様子を見てニーナは胸の奥が疼くような痛みに気が付く。これは罪悪感だ。ニーナに正面から向き合おうとしてくれているユーフィアから逃げ続けている、罪悪感。


「……仕方ないわね。そこまで言うなら、本当のことを教えるわ」

「え?」


 ユーフィアが驚いたように瞳を見開いた。そしてニーナは覚悟を決める。


「私にはね、異能がないの。異能だけじゃない。接続回路も持っていないわ」

「それは……でも……」

「そうね。私はASSを使える。それはなぜか? 埋め込んだからよ。人工的に作られた、疑似接続回路を。一言で言ってしまえば私は【無能力者ノーネーム】なの。だからベレス・ラシアイムにも嫌われている。能無しの【無能力者】が特別推薦枠で入学なんて認められないってね」


 入学から二か月間、隠し通してきたニーナの秘密。誰にも明かすことはないと思っていた。たとえバレたとしても、しらを切り続けるつもりでいた。それがまさか、たった二か月で自ら打ち明けるほどの相手に巡り合うとは。本当に事実は小説よりも奇なり、だ。


「どうしてそんな大事なこと、私に話してくださったんですか?」


 素朴なユーフィアの疑問に、ニーナは微笑を浮かべて答える。 


「だって私たち、なんでしょ?」

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