もう一人の復讐者

 サキヤらは海を渡り、大陸の先端にあるボートランド州の砦に到着した。


「カルムお前逆立ちできるか?」

 友達が逆立ちを披露する。

「俺が運動神経鈍いの、知ってるだろ!」

 カルムと呼ばれた十九歳の少年は、友達の足をつかみ、笑いながら右に左にゆらした。

「やっやめろ、やめろー!」


 怪物は想像以上の早さで大統領府へ迫りつつあった。

 街道沿いの町を容赦なく破壊していく。そしてついに大統領府へと歩を進めた。

 友達が噂話としてカルムに言う。

「いまなんだか大きな怪物がこの町に近づいているんだってさ」

「そんなバカ話信じないよ」

「いや大人たちが真剣に話しているのを聞いたんだ。間違いないよ」

「怪物ねぇ。デカいのか」

「二十メートル はあるって話だ。とんでもない大きさだそうだ」

 そこへ東の方角からなにやら建物を破壊する音が微かに響き始める。音の震源地はカルムの家の方角だ。

「俺、帰るわ」

 カルムは商店街を走り抜ける。そこで怪物と遭遇した。

 その異様な顔と姿にカルムは度肝を抜かれ絶句する。いままさに一つの家を踏みつけている最中だったのだ。

 カルムはうちに帰ると仰天した。家が瓦礫の山と化していたのである。

「姉ちゃん!ばあちゃん!」

 リビングをのぞくと天井が壊され足の踏み場もない。カルムは必死になって土塀や天井のカスやらを手でのけていく。

(どうか、買い物にでも行っててくれ!)

 そう心の中で念じながら。

 ある程度掘ったところで足が出てきた。

(嘘だろ)

 カルムは必死に掘り進める。ばあちゃんが出てきた。もちろん息はしていない。

「ばあちゃん!ばあちゃん!」

 ぐらぐら揺らしてもどうにもならない。しかし、悲嘆に暮れている場合ではない。更に掘り進めると見慣れたオレンジ色のワンピース。

「姉ちゃーん!」

 姉が変わり果てた姿で出てきた。悲しいのに泣けない。現実感がないのだ。

「うわー!」

 カルムは床を殴りまくった。両親は既に亡くなり家族はこの二人だけだったのだ。

「絶対に復讐してやるぞ!」

 カルムは裏庭に穴を二人分掘った。途中で雨が降り始めたが、そんなことはどうでもよかった。

 穴に二人の遺体を安置する。そして土をかけてゆく。涙が溢れ出てきた。土をかけている間、大声で泣きわめいた。

 ポツンと一人台所でパンをかじりながら復讐の手立てを考えていた。剣などは通じないだろう。魔法だ。魔法使いになってやる。それこそ大陸一の。


 ここは大統領官邸。カルマン大統領が自室でタバコを吸っていた。横にはウイスキーのグラス。

 しかし、ここオーキメント共和国では厳格なカリムド正教が国教であり、その十三戒の中には酒とタバコは死にあたいする罪として、聖書に記載されているのである。

 いまでこそ戒めを破ったものは終身刑で許されるようになったが、その昔は頻繁に死刑が執り行われていたものだ。

「大統領、早馬で届きました」

 カルマンが書類に目を通す。怪物の詳細について書かれてある。

「今さら遅いわ!」

 もうすでに町は蹂躙され、ところどころから火の手が上がり明日の朝には変わり果てた全貌があらわになるのであろう。軍の半分をアルデオ島に回したのが運のつき。全軍を首都防衛に充てるべきであった。

「お気に召しましたかな?そのウイスキーは」

 闇の商人ヒームスが、新着のウイスキーを届けにきていたのだ。

「旨いぞ、このウイスキーは。次からこれを持ってきてくれ」

「ははー!」

 ヒームス、魔導師でもある。ここオーキメントと敵の隣国ドーネリア王国を行き来して財を成している。しかしただの闇の商人ではない、その真の狙いとは。

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