異世界出張ごはん帖 ~この一皿が、仲間をつなぐ~
トゼ
第1話 異世界初仕事は、戦闘→飯テロでした
いきなり異世界に召喚された。よりによって、部活帰りに。
しかも、その最初の歓迎がこれ。
「勇者A〜Eってことで。じゃ、この世界を救ってきて〜」
……いや、雑すぎない?
異世界に召喚された私たちを出迎えた王様の第一声は、それはもう呆れるほどに適当だった。
「え、いやいやいや?!なんかもっとあるよね?!名前とか、スキルの説明とかっ!」
「最初はそういうのやってたんだけどねぇ〜マンネリ化しちゃって」
「飽きんなよ!」
この日、私は確信した。
この異世界、たぶん終わってる。
「名前を覚える気もないのかよ!五人しかいないんだぞ?!」
「いや~無理無理。わし昨日の夕食すら覚えてないのに」
「どんな王様だよ!」
「ん……いや朝食なら覚えとるぞ、ほら朝はパンとか…あの…なんかコーンのスープじゃったか…?」
「陛下、朝食に出たのはカブのスープでございます」
召喚された私たちは必死だった。
だってそうでしょ?ある日とつぜん、部活帰りに召喚されたと思えば、何か特別なものを持たされるわけでもなく、説明をうけるわけでもなく世界を救えと言われるんだもん。
そもそも世界を救うってなに?世界を救う条件って?!
そう叫んでみても、王様は一切気にする様子もない。小指で鼻をほじりながら興味なさげに玉座でくつろいでるし、王冠すらズレてるし。お腹なんてめっちゃ出ている。
何より、全然”国を治める者”ってオーラがないんだけど?!
「まぁ~大丈夫じゃろ。みんな異世界転移した後もなんとかなったって聞いとるぞ」
「いや、だれ情報!?」
「とにかく、魔王を倒せば元の世界に戻れるから。頑張ってねー」
「……あの、魔王ってどこにいるんですか?」
「いやぁ、ネタバレするのはちょっと」
「そういう問題?!……ちょっと待って、そもそも私たちのステータスとかスキルは?」
「おお、そうだったな。ほれ、そこに置いとるぞ」
そう言って指された先にあるテーブルには、適当に並べられた“スキル書”らしきものがあった。スキル書にある文字は明らかに異国の言葉って感じだけど、まるでバザーの売れ残りみたいに雑に放置されている。……埃被ってるし、何なら端の方は日焼けして黄ばんでるし、どうみたってVIP待遇じゃない。
世界を救う勇者って、もっとVIP待遇されるものじゃないの?
これが大人たちの言うブラック企業ってやつ?!
当然だけど、この世界へやってきた皆も納得がいっていなかった。
「…………ねぇ、なんかやけに少なくない?五枚しかないんだけど」
「適当に選んどいたから。ほら、自由に取っていいんじゃぞ」
「普通こういうのってさ……水晶玉とかに手を翳したりして、スキルの適性を見るんじゃないの?!」
「いやぁ……、予算の都合で適正診断はオミットされとってのう」
「予算削減すんな!!!」
*
そうして、この異世界に降り立って半年が経った。
異世界転生でお馴染みのトラック事故に遭うわけでも無く、部活帰りにとつぜん降り立った異世界。それなのに王様はあんなに適当で、正直、空に向かって「ふざけんな!」と叫びたくなることもあった。……いや、何度か叫んだことがあった。
それでも不安に駆られず、きょうも元気いっぱいにリザードマンを殴れているのは、一緒になって召喚された同級生たちの存在が大きかったと思う。
「……あの王様って、本当に適当だったよ、ねぇっ!」
「めめち!あっちのリザードマンはお肉が最上級判定だよ!」
「オッケー!アッパーカットォ!」
最上級判定ともなると美味しい霜降り肉のはず!
期待に目を光らせた芽衣は、強烈なアッパーを放つ。
分厚い鱗に覆われたリザードマンの顎が跳ね上がり、筋骨隆々なプロレスラーじみたその巨体が大きくのけ反るように後ずさる。……しかし、体幹が良いのかタフなのか。あるいはどちらもなのか。リザードマンは倒れない。
「……っと、しぶといなぁ……!」
このしぶとさが霜降り肉になるコツだったりするんだろうか。
芽衣はすかさず前のめりに踏み込んだ。拳を引き絞り、装具・ガントレットナックルに魔力を込める。握り込んだ指先に力を集めて、腕の内側から熱を広げて馴染ませる。
――リザードマンの目が、かすかに揺れた。
「今だ……ッ!……ッナックル・ガン!」
芽衣は一気に拳を突き出した。鉄塊のような重みを伴った一撃はリザードマンの胸板に沈んで、分厚い鱗の奥底でメキメキと骨が軋む感触が響いた。
「グ、ギャ――ッ?!」
敵の目が驚愕に染まったのは、ほんの一瞬。
次の瞬間、衝撃を受けた体は大きくしなり、後方へと弾き飛ばされたその体は遠くにある岩壁に激突して叩きつけられる。その衝撃に耐えきれずに岩壁の一部が崩れ落ちると、なんだかスカッとしたような気がして、芽衣は鈴を転がすような声で喜んだ。
「あはっ、大当たり!」
そんな、ゲーム感覚のことを言いながら。
砕けた石の欠片が辺りに散らばり、細かい砂煙がゆっくりと立ち昇る。その砂煙が消えたとき、リザードマンの腕が震えたが、反撃の気配はない。……もう、死んだかな?恐る恐る近付くとギョロリとした目がこちらを見た気がするけれど、ゆっくりと白目を剥いて、地面にドロップ品が落ちた。
「おお……っ、このリザードマン金貨持ってるじゃん……!」
それを拾う芽衣の目も、キラリと光っている。
「あの王様、私たちのこと一括りにしてたしね」
「世界を救えばすぐに戻れると言ってましたが、今となればそれも怪しいですよね……」
ミズキが言い、千早が言う。それに続いて双子の男たちが声を揃えて「今更だ」と笑うが、そんな適当な対応で世界を託された私たちって一体。
「本当に帰れるんでしょうか……もし本当に戻れるのなら、これまで召喚された勇者はどこへ消えたのでしょう?」
沈黙。戦闘中に、妙な気まずさが走る。
「……そういえば、勇者の話は一度も聞いたことがないな」
「うわぁ……それめっちゃ考えたくなかったやつじゃん……」
「まぁまぁ、そんな後ろ暗いこと考えるよりも、今は前向きに頑張ろうよ。リザードマンのお肉って美味しいし、そんなに強くない割にドロップ品多くてコスパ良いし!」
「芽衣……お前のその異世界への適応力は一体なんなんだ……?」
だって、お金なんかなくたってこの身一つで食材も、お金も、アイテムも揃うんだ。この世界だったら、空腹を水で紛らわせるなんて事もないんだろうなぁ。
ご機嫌な芽衣がせっせとドロップ品を拾う間、生き残りのリザードマンたちが同胞を討った芽衣を狙う。……まあ確かに同胞を討った挙句「そんなに強くない、でもドロップ品は多い」とノンデリカシーをかますような女だ。リザードマンたちが彼女ひとりを狙う気持ちも分からなくはないが……それでも構わずドロップ品を漁り続けているのは、みんながなんとかしてくれるという楽観的な考えだ。
その視線がリザードマンに向く事は無い。
「ギャオオオオオ!!!」
「あーらら、めめちばっかり狙われちゃって……でも、そうはさせないよ!――ウィンド・シューター!」
「はは、全く数が多いな!燈夜、左を頼む!」
「……ああ」
そうそう、いくら自分を狙ったって、私はソロパーティではない。
芽衣を狙って地を駆けるリザードマンが、斧を振り上げる。しかしそれが振り落とされる事は無く、ミズキが引き絞り放った風の矢が腕を射抜いて、その後ろに続くリザードマンたちを双子の朝陽と燈夜がそれぞれの剣で薙ぎ払う。
そこに危機感や切羽詰まった様子は見えない。それどころか余裕の色すらあった。
しかし――、
「なんか、リザードマン多くない……?」
もしかしたら、いや、もしかしなくともこの洞窟はリザードマンの住処だったのかもしれない。いくら倒してもリザードマンの行列が絶える事はなく、それに比例してドロップ漁りも終わらない。
「芽衣、頭を下げろ!――ライボルトバレット!」
その時、突然朝陽の声がした。声がしたのはほんの一秒前なのに、予告から間もなく、真後ろで雷球が炸裂して、爆風が尻を押し上げる。
爆風は芽衣の身体を押し上げるどころか、ゴロゴロと吹き飛ばして「ギャン!」という間抜けな声と共に最前線からやってきた芽衣の手を引いたミズキは、手にした変形武器を盾に変えて庇いながら笑った。
「おかえり、めめち。……でもそろそろ下がった方がいいかも」
「へぇん……ミズキありがと……」
ああ、もう!折角拾ったのに、転がっているうちにいくつか落としてしまった!
ひとまず重要そうなものは手の内にあるけれど、流石にもう片付けておきたい。芽衣は近くにいた燈夜の首根っこを掴むと、顔を近付けて言った。
「マジックバック出して!」
「はぁ?今言うことかよ……ッ」
脅し気味に押し込んで、回収したドロップ品をごそっとマジックバッグに突っ込む。異空間に収納できるなんて、何回見ても羨ましいスキルだ。ドロップ品をあらかた突っ込んだ芽衣は、くるりと踵を返して千早の後ろへ滑り込んだ。
「皆さん後ろに下がってください!……この迷い彷徨う者たちに、聖なる裁きを――ジャッジメント!」
詠唱最後の言葉が力強く響き、空気が震えた。
次の瞬間には眩い光が杖の先端から弾けるように放たれて、温かさと威厳を纏うその光は、まるで聖なる存在が現れたかのように辺り一帯を照らし出す。頭上には、無数の光の粒が細長い剣の形を成していき、その神聖な光景に誰もが目を奪われる中、千早は杖を力強く振り下ろす。
その動きに呼応するかのように、剣の雨は一斉に降り注ぎリザードマンたちを突き刺した。
*
「はぁ……さっきのすごかったぁ……聖なる裁きを、ジャッジメント!ってさ」
討伐が落ち着いた頃。先の千早を真似て借りた水月の杖を振るってみたものの、杖はうんともすんとも言わなかった。
なんで千早だと反応するのに、私には反応しないんだろう。ピカッと光るくらいしてくれてもよくない?
それどころか、杖の先にある水晶玉には間抜けな顔が映るだけ。千早の白魔法と言えば、いつだって聖女と揶揄されるほどの力を感じるが、これも彼女が神代神社生まれの巫女であることが魔法の適正に関係しているのだろうか。
芽衣がいくら振るっても、大きな水晶玉が反応する事は無かった。
リザードマンの解体処理を進める朝陽に向けて、ファイアーボールとか、ライボルトパレットとか、記憶にある限りの魔法を唱えてみる。ワンチャン属性を変えればいけないか?と思っての行動だった。しかし、反応は無く、代わりに瓜二つの燈夜は拳骨を落とされた。
その鈍い音と、重い衝撃と言ったら!
「ンギャ!」
「……魔法を人に向けて唱えるな。万が一魔法を放てたらどうするんだ」
「いったぁ……!」
幼馴染の朝陽はいつでもそれなりに優しいのに、双子の弟である燈夜はいつもそれなりに手厳しい。
塩対応というわけではないが、どこかダウナーみがあるというか。とにかく彼らは対極なのだ。
燈夜は異空間に物を収納する事の出来るスキル・マジックバックに並べたアイテムたちを仕舞いながら、それを可視化したアイテムパネルを見る。アイテムパネルは簡単なイラストで中にあるものが表示されているものの……なんというか、リザードマンの肉詰め状態だ。
「臭そう」
芽衣が言うと、鬼のような睨みが一つ返ってきた。
「……なんだって?」
「あっ、ごめんなさい!アッアッ、首!首、締まってます!」
これだから幼馴染は!
羽交い絞めにされて、腕を叩く。その光景も見慣れたのか千早はのんびりとした様子で温かいまなざしで見守ってくれるが、多分そういう温かい光景ではないと思う。
遠くで、鑑定に勤しむミズキに朝陽が声を掛けた。
「ミズキ、何か良いものはあったか?」
「うん。めめちのお陰でね。……ああ、これとか特に私たちが欲しかったドロップ品なんじゃないかな」
「……へぇ!これ、リザードマンの逆鱗か」
彼女が見せたのは、リザードマンの逆鱗であった。そのサイズ感は親指の爪ほど。その小さな逆鱗は紺碧色で、滑らかな光沢はあれど、誰もが気付けるほどの強い輝きは無い。
そんな中で見落とさずに入手出来たのは、あそこで羽交い絞めにされている芽衣の功績か。……まぁ、燈夜が特に理由もなく羽交い絞めにする事はないので、止めはしないが。
朝陽は気を取り直して、もう一度ミズキに尋ねた。
「これでダンジョンの鍵は出来そうなのか?」
「うん、材料も揃ってるし大丈夫だと思う。……まぁ、時間はかかると思うけど」
「どれぐらいだ?」
「えーっと……、……あぁ、四時間……ううん、三時間程度で良さそう」
わざわざリザードマンの多い洞窟にやってきたのは、次のダンジョンへ進む際に必要なキーアイテムを修復するためであった。
キーアイテム・紅蓮の宝玉。
初めてそれを手に入れた時には「これでさくっと魔王を倒せるぞ」と両手をあげて喜んだものの、その先で宝玉の守護者・動く石像に踏みつぶされて、粉々に割られてしまうとは思いもしなかった。
侵入者を排除するために生まれた動く石像も、まさか部屋の鍵となるものを踏みつぶしてしまうとは思わなかったようで、踏みつぶした後には硬直し、そのまま石像のフリをして動かなくなってしまった。
あの時はせめて退いてくれ!と全員で八つ当たりをして、なんとか宝玉のカケラを全て拾い上げたものの……全員で這い蹲っての宝玉拾いはなかなか骨の折れる作業であった。
あの時の苦労を考えたら、三時間が何だと言うのだ。
彼女を非難する者は絶対にいない。
「そうか、じゃあその間に芽衣と飯の準備でもするかな……。そこのリザードマンは使っていいのか?」
「うん、アイテムは拾ったしね。……あ、もし使うならそっちのリザードマンがいいよ、肉質が最高ランクだから」
ミズキはリザードマンたちをじっと見渡しながら、そのうちの一体を指して言った。――彼女の鑑定スキルが光る瞬間だ。
このスキルは、対象物に魔力を翳すだけでその詳細を見抜くことができる。さらにミズキはクラフターとしての才もあり、鑑定スキルを活かして新しいアイテムをクラフトすることを得意としている。
その姿はさながら錬金術師のようで、複数のアイテムに魔力を注いで一つにまとめる光景は、どこか神秘的ですらある。
彼女は半透明のパネルに表示されたレシピを参考に、材料を集める。必要な素材を次々と手元に並べ、真剣な表情で作業を進めているが食事を作るにも決めなければいけない事がある。
様子を見ていた芽衣は、自由の身になった途端に近寄って尋ねた。
「ねぇねぇ、ミズキはなにが食べたい?」
「ん~、長くかかるから片手でも食べられるものがいいかも」
視線と集中力は手元に縫い付けたまま、ミズキが雑な注文をする。
あまりにも漠然とした要望に、芽衣が首を傾げながら朝陽に助けを求めて視線を向けた。
「片手でも食べられるもの……」
「ハンバーガー、おにぎり、サンドイッチ、……色々あるな」
「ラップチキンとか、ケバブとかも片手で食べられるんじゃない?」
しかも、ラップチキンやケバブなら、お肉と一緒に千切りした野菜たちもたっぷりいれられてビタミンやミネラルといった栄養もしっかりと取る事が出来る。芽衣が推すと、ミズキは頬を緩めて言った。
「あ、めめちいいねぇ。それならお肉がたっぷり入ってるやつがいいなー」
「じゃあこれで決まりだね!」
ラップチキンやケバブの二択なら、手軽さを考えてラップチキンが良いだろうか。……ケバブ、美味しいんだけどあのケバブ肉を作るのが大変なんだよね。大きな鉄櫛に刺した肉の塊をじっくり焼くのって、かなり時間がかかるし。
そんなことを考えていると、朝陽が隣で一匹のリザードマンを指しながら言った。
「芽衣、肉は俺が処理をするからその間に他のことをやってくれ」
「あれ、さっき燈夜がマジックバックいっぱいにお肉持ってたけど」
「うちの鑑定士によるとこっちの肉がいいんだと」
「あんなに入れたのに可哀そう…!」
他愛のない冗談は置いといて。
さて、ここからは料理担当の芽衣と朝陽の出番である。
まずは朝陽のスキル、マジックキッチンで目の前にキッチンを配置。これは元の世界に準拠したキッチンで、換気設備、作業台、加熱調理機、流し台、収納庫はもちろん、調味料のさしすせそと他調味料を完備している。
まさにどこでもキッチンなのだが、洞窟内に召喚されたキッチンは恐ろしく浮いていた。
「武骨な洞窟内に、現代のキッチンって、こんなにミスマッチなんだなぁ……」
ひとまずリザードマンを解体する傍らで、戸を開く。
用意したるは今日の昼食であるラップチキンを作るために必要な材料だ。
「ラップチキンか~……やっぱりお野菜もいっぱい入れたいよねぇ」
ラップチキンと言えば、鶏肉と野菜をトルティーヤ生地でくるりと包んだメキシコ料理だ。元の世界であればトルティーヤ生地もスーパーで買えるが、此処は異世界。そこまで便利なものはない。
よって、小麦粉と少しの塩、オリーブオイル、お湯を入れて優しくかき混ぜる。それから固まりが出来たら空気を抜き、手の平で押し込むようにして粉気が無くなるまで混ぜたあと布巾を被せて三十分程度休ませる。
その間に、中に入れる野菜としてキャベツとニンジンを千切りに。タマネギも薄く切って水にさらす。……別に野菜なんか入れなくても十分美味しいけれど、冒険者はついつい高カロリーなものばかりを食べて、健康が偏って太りやすかったり、病気になりやすいらしい。
まぁ、このパーティは全員十七歳で構成されているから暴食をしても若さで許されるとは思う。しかし、変に偏食ばかりをして病気になるのは御免だし、何より太りたくはない。
この異世界出張が終わった先にある夏休みに、皆で海に行くと決めているんだから!
というわけで、野菜はいつだって大盛りだとこんもり用意して、解体作業を終えた朝陽から肉を受け取る。肉は鶏肉のように薄桃色で、臭みもない。
「この先はおれも手伝うよ、何をすればいい?料理長」
じゃばじゃばと流し台で手を洗う様子に、そう言えばこれの水源ってどこにあるんだろうと突然気になったものの、折角の厚意だ。芽衣はにこりと笑って「ありがとう!助かるよ、副料理長!」と声を弾ませた。
「今日はちょっとひと手間加えて、みんな大好きタンドリーチキン…じゃなくてタンドリーリザード……タンドリザードでも作ってみようかと」
「タンドリザード……名前は兎に角、うまそうだな」
「でしょ~!私の見立てでは、絶対に美味しく出来ると思うんだよねぇ」
肉をいくつかに切り分けてフォークでぶすぶすと穴を開ける。朝陽には塩、カレーパウダー、ケチャップ、マヨネーズ、それからにんにくとしょうがをボウルに入れて混ぜてもらうことにした。
本来タンドリーチキンはヨーグルトに漬け込んで肉を柔らかくするのだが、ヨーグルトはさすがに調味料認定がなくて用意がないので、今回はマヨネーズで代用。
すべてが混ざったあと、もうひと手間加えたいと千早を呼び出した。
「千早~、ちはちゃ~ん?」
「は~い、芽衣ちゃんどうしました?」
「千早にお願いがあって……これに回復魔法かけて?」
「…………またですか」
その瞬間、ムウと表情が険しくなる千早と朝陽。切り分けた肉に回復魔法をかけろだなんて、いくら相手がモンスターとはいえ死者を冒涜する行為だ。よって倫理観をきちんと持っている二人は嫌がるが……
「でも、おいしくなるよ?」
その言葉に「いや、それはそうだろうけど」と朝陽。
彼の突っ込みは早い。
「いやぁ、不思議だよねぇ。前にネットで見たお肉にたくさんマッサージをしてあげたら筋肉が解れて柔らかくなったっていう記事があったけど、それがまさか回復魔法で代用できるなんて。……ほらほら千早っ、早くっ!」
勿論、柔らかくする方法は蜂蜜であったり、ヨーグルトやマヨネーズなんかでも出来る。でも、それら貴重な食材を使うよりも、休む間に回復する魔力を使った方が断然お得感がある。
千早は特に聖職者として複雑そうではあったが、美味しさを知っているだけにあらがえなかったらしい。彼女は最後まで「今回が最後ですからね!」と言っていたが、回復魔法をかけてくれた。……うん、また頼もう。
そうして漬け込んだ肉と生地を休ませる間に洗い物を全て済ませて、それから休ませた生地は食べ盛りであることも考えて、人数分よりも少し多めに分けて薄く伸ばして焼いていく。最後に漬けこんだ肉を焼くと一帯にはカレー風味な良い匂いが漂ってきた。
「う~……お腹すいたぁ……!カレーの匂いって本当に食欲そそるよねぇ……」
香ばしくて、スパイシーで……匂いを嗅いでいるだけで口の中に涎が溜まる。
くそう、牛乳とヨーグルトがあればさっぱりとしたラッシーも用意できたのに……!後悔も半ばに、トルティーヤの上に、野菜とタンドリザードを置く。くるりと巻いてみると結構なボリュームがあって、これって売れるのでは?とお金の匂いを察知したが、なんにせよ味見が必要だ。
ひとまずは人数分を作って皿に並べると、芽衣は満足げに笑って声を掛けた。
「みんなごはんだよー!」
芽衣の声が響くと、あちこちで作業していた仲間たちが顔を上げる。
ああ、この時が一番好きかもしれない。どんなに辛い時でも期待が滲むその瞬間。一人が駆け足で芽衣と朝陽のもとへと向かえば、それに続くように全員が集まり始める。
そこにはクラフトをしていた筈のミズキの姿もあり、燈夜が「離れても良いのか」と制作現場を見ると彼女は得意げに笑った。
「ふふん、スキルレベルが上がったのかもう出来ちゃったんだよね」
「……凄いな。予定時間をだいぶ巻いたんじゃないか」
「えーっ!ミズキってばもう出来ちゃったの?!見せて見せて!」
タンドリザードが乗った皿を朝陽に預けて、興味津々な様子でミズキに近付く。
差し出された紅蓮の宝玉はつるりと丸い。その姿は、まるで磨き抜かれた水晶玉のように滑らかだ。紅蓮と言う名前に相応しい深紅の輝きに、内側に閉じ込められた炎のような火花。火花が瞬くたびに赤い光が踊っている。
その熱はどこか生命の鼓動にも見え……何か特別な存在感を宿しているかのようだった。
「きれーい……でもあんなに粉々に割れてたのに、なんであの材料で修復できるの?」
純粋な疑問に、ミズキは言葉を詰まらせる。
だってそうでしょ?今回の修復材料はリザードマンの鱗とコボルトの牙、暴れ炎柳の炎と、動く石像の核といったようなもので、粉々に割れたものを接着させるようなものは無い。ましてや、水晶玉になるような物だってない。
これにはクラフターである彼女も正確な答えを出せず、返した言葉はなんとも曖昧だったように思う。
「え?あ、さ、さあ……」
「まぁ、あり得ないことがない世界だからな。……それよりも早く食べようぜ」
「あ!そうだそうだ、早く食べないと!」
さりげない燈夜のフォローに芽衣の意識が食事に逸れて、ミズキが安堵の息を吐く。普段はダウナーなだけに、朝陽ほどの兄貴分さは見えないがこうやってさり気無いフォローはまさに縁の下の力持ちといった感じだ。
現に芽衣は朝陽のところにいってラップ・タンドリザードを受け取っていたし、ニコニコ笑顔でそれを燈夜とミズキにも配る。その様子を見るに、今日は一段と自信作のようだ。ふわりと鼻腔を擽る香辛料の香りが食欲をそそる。
「おおっ! すごくいい匂い!」
「これタンドリーっぽいけど、リザードマンで作ったのか?」
目を輝かせる仲間たちの反応に、芽衣は得意げにニンマリと笑う。
ふんぞり返りそうな勢いだ。
「そう! タンドリザードって名前にしようと思ってるの。カレー風味に漬け込んで焼いたんだよ。ほら食べてみて!」
ラップ・タンドリザードを受け取ったミズキは、きょうのリクエスタとして一番に一口齧った。香ばしく焼けたリザードマンの肉とスパイスの効いた濃い風味。絶妙に絡み合ったそれは口の中に広がって、ジュワリと溢れる旨味と肉汁に思わず目が輝いた。
「んはっ、これ美味しい! 肉の歯ごたえもそうだけど、野菜のシャキシャキ感もいい感じだね!」
うんうん、野菜をたっぷりいれて大正解だった。
これなら沢山食べても罪悪感が少なそうだし、何より美味しい。大成功だ。
「ん……確かにこれ、うまいな……リザードマン自体も思いのほかクセがない」
「うう、美味しいです……」
普段、食事中も大人しい燈夜や千早まで感嘆の声をあげる。それに同意するように頷いた朝陽が芽衣に向き直って笑いかけた。
「このタンドリザード……普通に売れそうだなぁ。芽衣、うまいよコレ」
「んふふ、そうでしょうそうでしょう。リザードマンはトカゲだけど、前にワニ肉は淡泊な味で鶏肉っぽいっていうのを見たからさ、こういう味付けも合うんじゃないかって思ってたんだよね~。何より、タンドリーな味付けが美味しくないわけないから」
「なんだ、そのタンドリーへの熱意は」
「まぁ、でも、やっぱりこういう食事が出来ると元気出るよねぇ」
「……当たり前だが、食わないと生きていけないしな」
「美味しいものを食べながら戦えたらさ、ちょっとは楽しいでしょ?」
他愛のない談笑と食事は続く。
途中、このギルドメンバーの中でも食べ盛りであるミズキと燈夜がお代わりに立ったが、それを見越して準備済みだ。彼らには好きに盛って包んで良いと伝えると、二人はやけにウキウキとした様子で自作のラップ・タンドリザードを作り美味しそうに頬張っていた。
「飯を食った後はどうする?早速ダンジョン入りでもするか?」
食事の最中、朝陽が次を見据えて尋ねると、燈夜はすかさず意見を出した。
「……俺はダンジョンの前に街で買い出しをしたい。マジックバックの容量もリザードマンで占領されているしな」
「……それじゃあ、それらは売るとして回復アイテムや食材も買い足しませんか?」
「あ、それならクラフトで使う道具も欲しいかも」
「なんかさぁ、強くなれる腕輪とかあったらいいのにねぇ」
「あっても高いんじゃないか?」
「え~~でも私だって、千早とか朝陽や燈夜みたいに魔法使ってみたいよ!」
一足先に食べ終えた芽衣が立ちあがり、もう一度杖を借りて立つ。こうやって真似事をするのはいつものことだが、タンクである自分が白魔法を使っているところは想像しづらいものがある。
何より、この異世界にやってきて一度も魔法を使えていない。だから、それは無いものねだりと言うもので、杖を両手で掴んで髪の毛を逆立てながら自身の魔力を込めた芽衣は、遠くに向けて杖を振るった。
「えい!ファイヤーボール!」
そんな言葉と共に。
――しかし、此処で予期せぬことが起きた。突然杖の先にある水晶玉が赤く光り、ゴウと音を立てて火球が振るった方向へと飛んで行ったのだ。
「え?」
次の瞬間、大きな音を立てながら壁が崩れた。ぽっかりと空いた穴にその場にいる全員が「はあああああ?」と声を揃えたが、事態はそれだけでは終わらなかった。
穴の中から、ぞろぞろとリザードマンたちが現れたのだ。尻尾をうねらせて地面を叩くその動きに、誰もが戦慄した。
「……ン~……、アイテムドロップチャンス……かな?」
その後の戦闘は、混乱の極みだった。
ラップ・タンドリザードが魔力を一定時間上げることが判明したものの、何せみんなは食事中。食べながらの戦闘というカオスな状況で、詠唱が中心の千早は口をモグモグさせたまま呪文を唱えられず、最終的に杖で全力で殴るという荒技に出る。
一方、芽衣は力任せにリザードマンを殴り飛ばしつつ、思い切り両手を突き出して魔法を唱えたが、ことごとく失敗に終わっていた。火の粉や謎の煙を散らすたび、仲間たちからの非難の視線が痛い。
「めめち本当にやめて!これ以上混乱させないで!」
「私だって頑張ってるんだから!」
「お前の頑張りが、全て裏目に出てんだよ!」
「えぇ?!」
そんなやりとりの合間にも、リザードマンたちは次々と現れる。
ああ、先ほどまではあんなに和やかで、希望にあふれていたというのに。なんでこういうエモ展開を終わってくれないのかな。ああもう、これだから異世界は!
五人の勇者たちは、この場に召喚した王を恨みながらリザードマンたちを睨みつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます