ー10ー
「緑の炎!? 歴代当主の顔した霊がつぎつぎ殴られて……!? なんなんだこれ!?」もうひとりが狼狽える。
「おいおいおい、どうなってる!」
「あ、兄貴……! あの子見たことある、ほら、写真で! しずえの娘だよ!」
「まさか、そぼろちゃんか!」
「かぁちゃんと、れ、霊体戦を……!」
「まずい、あのままじゃどっちか死んじまう!」
師匠の唸り声が聞こえる。
男たちの声やら、悲鳴やらがうるさい。
けれどわたしの意識は、目の前の祖母に一直線だ。
母を殺そうとしたのだけが、とにかく許せなかった。
どれだけの時間が過ぎたかわからない。
何秒なのか。
何分なのか。
そのうちに頭の奥まで重たく響く男たちの声が鳴りやんで、師匠がわたしを呼ぶ声ばかりが聞こえた。
まぶしい光。
見たこともない天井。
目を閉じる間際にイケメンの顔が見えた。
師匠の顔、やっぱりわたし、好きかも。
自分がこんなに怒っているはずなのに。
すみれを殺したいほどイラだっているはずなのに。
この必死で、慌てふためいて、冷静さを失った師匠の顔がいつもとちがって、すごくギャップで、かわいくて。
このまま死んでもいいかもってくらい、わたしは安心していた。
・…………………………・
【闇口家地下室での霊体戦があった時分】
「おう、おう、こいつぁ……」
堂々島は困っていた。なにせ、狂気爛漫でやってくると思っていたふたりが、顔を見せたとたん丁寧なおじぎをしたのだ。
「ぼく……、いえ、わたしは闇口実弥と申します。件は、ご迷惑をおかけしております」
霊体の男が言った。見た目はずいぶん若い。
「わたしは、マキです。この人の妻です。——錫の妻です」
霊体の女がいった。こっちも見た目は一〇代だ。堂々島はファイティングポーズを解いて、おじぎを返した。その目はきょとんだ。
「きゃはは、きゃはは、遊ばないの? つまんない、つまんない!」
「ひのえ、黙ってろい」
「きゃはは、きょうは忙しい! 先生、忙しいね! きゃはは!」
さわぐひのえに向かって、マキは優しく微笑んだ。
その顔は、とても人殺しの顔ではない。
「どういうこった、説明してくれぇ……。こっちは祓う気満々だったんだぜぇ?」
「ええ。祓われにきました」実弥が言う。
「……本気かい?」
「もう、いいんです。それに実弥さまはもう……」マキが言った。
しばらく目をつむって、堂々島はなにかを視た。
「……なるほどなぁ。そぼろの母親が、すみれに電話をしたのがきっかけか。孫に強い霊感があると悟った、あんたの娘が。その日にあんたを脅した。一〇年殺人のついでに、しずえを殺せ。そんでもって独り身になったそぼろを闇口本家で引き取るってかぁ、強引なもんだなぁ」
「わが娘ながら、恥ずかしい話です」
「——さもないと、錫の契りを辞めさせるってぇのが、脅しの内訳かい?」
「すみれはわたしの肉体を、いつでも殺せる状態でした。こちらはもう命に未練などなかった。マキともたくさん話した。体こそ重なりませんでしたが、想いは十分に重ねた」
「のろけんじゃねぇよぉ、こっちは独身だい」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、先生は望んで独身ではないですか」
嘉次郎が言うと、マキがすこし微笑んだ。すっきりとした白い顔は変わらない。
「もとより、わたしの体はぼろぼろです」実弥が言った。「いまは霊体の姿なので、錫の契りを交わした日とおなじ姿を、ここでお見せしております。——だが肉体はちがう。いまはもう……。娘のせいで、さらに悲惨なものです」
ふたたびなにかを視た堂々島の顔が歪む。
「どういうこった。時期にしちゃ寒い地下室で、あんたは四肢を切断されて、頭と胴しかねぇ」
すみれの所業であると、いうまでもなかった。
「失敗したからです」
「そぼろのおっかさんを、殺し損ねたせいか?」
「ええ。処されたのは、ほんの一時間ほど前。地下室に幽閉されたのは、半日前になります。四肢は松明に焼かれて、止血されました。わたしは、あんな姿でも、飲まず食わずでも、むこう二〇年は生きながらえるでしょう。それが——錫の契りの効能です」
「効能だぁなんてぇ、温泉に失礼だぁ」
あきれた堂々島の目に、やるせはない。
「なぜ、すみれはすぐに殺さない」
「わたしのことを身あり神だと、すみれは言っておりました。彼女なりの、崇める気持ちがあるのでしょう。血筋のためになんでもする。なんでも捨てる。自分の娘さえ——。しかし神殺しをするほどの勇気はない。その中途半端さが、歪んだ残景を生むのです」
実弥は肉体を放棄して、マキと最後の会話をしていた。人を殺さぬまま六月六日が過ぎたら、ふたりはどうなるかわからない。すぐに成仏できなかったとしても、霊体のまま、互いの最期を看取ろう、と。
しかし実弥の心残りは、すみれだった。
あの狂女を放っておくのは、どうもいやだった。
その想いをマキに告げると、思わぬ返事が帰ってくる。
——実弥さん。どうしてでしょう。マリがどこにいるか、なにをしようとしているか、全部わかるんです——
さらにマキは言った。
——あの子のところへ、行きましょう——
「いままでわたしは……。ぼやりとしたマリの感情しかわかりませんでした。けれどきょうになって、はっきりと彼女の考えが伝心してきたのです」
マキは静かに語る。
「なるほど……」嘉次郎が反応した。「まだ人を殺すか。もうやめるか。そのちがいですな、先生?」
「だぁろうよぉ。いままであんたを染めていたのは恨みだぁ、真っ黒なもんよぉ。マリはかねてから善心だった。だから、水と油みたいに念どうしが弾きあっていたんだがぁ……。錫の契りをやめると決めたとき、あんたの心は善心に染まった。油が水になった。ようやく、双子らしく通じ合えたなぁ」
そこにきて、堂々島がからんでいるなら、もしや……、と実弥はある策を思いついた。
「もしあなたがマリと接触し、その並外れた能力で霊視をしたとしましょう。マキの動向は手に取るようにわかるはずでしょう? まるで映像でも観るかのように」
「褒めてもなぁんにもでねぇぞぉ」
「ならば、しずえを殺すふりをすれば……。なにかしらの横槍が入って、殺害は阻止されると考えました。いくら堂々島とはいえ、霊障による手出しをすれば、多少の足跡は残るでしょう。それを辿れないほど、わたしも疎くない」
まさか貞子とテレビだとは思いませんでしたが——、と実弥は笑った。
「あんたはもう、死ぬつもりでぇ霊体になったんだなぁ」堂々島が言う。「おれに見つかったのはぁ、運がぁいいなぁ。あんたくらい、ぱっと祓えるからなぁ」
「ありがたい話です」実弥はすっきりとした顔で、「二〇年前から車椅子生活をしておりました。錫の契りを過信しておりました。人の寿命を食らって生きる——。それはつまり心臓が動いている、それだけのことです。どれだけ肉体が朽ち、骨身が弱り、関節が壊れようとも、死なない……。死ぬことができない。呪いでございます」
堂々島は、後頭部に手をやった。
悪霊と戦う気でいたから、どうも手持ち無沙汰だ。
草のひとつでもむしりたい気分だ。
「この一〇年で、錫の契りの本質を悟りました。いや——遅すぎました。閻魔に遊ばれていたのでしょう。たしかにわたしは長生きです。体も、大正から生きているわりには、元気なほうです。けれど老いは確実に進む。体は壊れる。元気なのは心臓だけです」
「そうかい、本質を知ったから、じゃあ辞めますってかい。四肢をもぎ取られて自決もできねぇから、祓ってくださいってかい。調子がいいなぁ、いいなぁまったく。もういいんですじゃぁ、通らねぇぞぉ、普通はよぉ」
「自分勝手です。わたしたちは」
「だろうなぁ。錫婚記念日のたんびにぃ、人を殺してたんだぁ、そりゃぁ、自分勝手だろうさぁ」
堂々島はあくびをした。すでにリラックスしている。
「ところでよぉ。気づいてるだろうが、あんたの体。孫兄弟に見つかったみてぇだぞ」
「ええ。わかります。声が聞こえます。歴代の闇口家当主にうながされたそぼろが、すみれとやりあった。そして、すみれは負けた。負けた瞬間に、高次と藤治が地下室の蓋を開けました。彼らは事態を収拾しようと必死だ。そして……」
実弥の変わり果てた姿を見た。こんな状態でも心臓が動いていることに、絶句した。
・…………………………・
「どうぞ、足を崩してください……」
闇口藤治が言った。この屋敷には和室しかなさそうだが、ここは広すぎなくて、まだ落ち着く。あの地下室に比べたら天国に思える。わたしは布団に寝かされているので、足を崩すのは師匠ひとりだ。こちとら心まで崩れている。
なんか、赤だか青だかの光で障子が明滅している。
外に警察がいるのか。
ばたばたと足音が聞こえるし、サイレンの音もうるさい。
「こんな事態になるなんて、想像しませんでした。いま嫁がお茶を持ってきますので」
「かまわなくていい」師匠が言う。「早く帰りたいからな。現場に立ち会わなくて大丈夫なのか?」
「むこうは高次に任せてあります。——あ、あと、おふたりのことは、たまたま居合わせた客人ということにしてありますので……」
「立派な住居侵入罪だからな」
それがどうした、という雰囲気でかまえる師匠の図太さよ。
「あの……、どうやって地下室に? 住んでいるわたしですら知らなかった場所に……。まるでワープでもしたみたいですが……」
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