第20話 その目は灯火より輝いて

 初めて見る上空からの世界。

 青い空は地上で見るよりも壮大で、遙か遠くにうっすらと見える地平線は、太陽の光と合わさって大地との境目を輝かせている。

 下には小さくなった木々や川、村に街に、王宮の全体像も見えた。

 木登りなんかでは到底見れない景色。

 風を操れる風魔導士だって、ここまで飛べないだろう。


「あ! あの街のずーっと奥に見えるのがきっと私の田舎だよ!」


 田舎は王宮から見て北西に位置している。方角と見覚えのある街並みが、その場所を教えてくれた。

 距離があり明確に田舎が目視できるわけではないが、こうやって上空から自分の故郷を見ると「やはり田舎だな」と実感してしまう。

 その一帯は、山の緑と大地の色で大半を占めていたのだ。

 でも、今はそんな故郷が愛おしくすら思える。


「で、もう頂上になるが、お前のお目当てはどこにある?」

「うーん、表からだと見えなくて。葉っぱの中に隠れてるのかも」


 改めて目を凝らしながら大樹を見渡すと、眼下にある葉の中から青白い光が漏れ出していることに気がついた。

 風で葉が揺れるのに合わせ、光も細く揺らめく。

 力強い光は、どこかレイが召喚された時の光に似ていた。


「レイ! もうちょっと下がって!」


 マナは目を見開き、少しばかり興奮しながらその光を方を指差す。

 彼女の興奮を抑えるかのように、レイはゆっくりと高度を下げた。

 

 目の前で輝いていたのは、綺麗で洗練せんれんされた青白い光。


 ──これが、お母さんの結界晶。


 マナは母の物だと確信した。

 葉の奥から母の存在を感じた気がしたのだ。

 光を見つめ、結界晶を生成している母の姿を想像する。

 優しく微笑みながら、妖精たちのためにと生成している母が自然と浮かんだ。


「どうする? 葉を散らしてみるか?」


 レイは意外にも真面目に聞いてきた。

 普段なら、腹の底で何かたくらんでいそうなものなのに。

 もしかしたら、彼なりの気遣いなのかもしれない。

 

「ううん、大丈夫。ずっとこうして聖樹地を守ってきたんだもん。この光が見れただけで十分だよ」


 暖かい光。この先も何十年と、母はここで妖精たちを見守ってくれるのだろう。

 結界晶の本体は見れなかったが、代わりに十分すぎるくらいの出会いと思い出をもたらしてくれた。

 いつかまた皆に会いに来ると、その光を目に焼き付けた。


「日も傾きだす。そろそろ行くか」


 レイは一段落つけるように言う。

 

「行くって、どこへ?」

「決まっている。お前の田舎だ」


 そのままこちらの有無を言わさずに、レイは黒い翼を広げた。

 背中に突如として現れた翼は、フクロウのごとく羽音を立てずに広がって、自分たちに影を落とす。

 

 ──大きな羽……。

 

 漆黒の中にもつやがある。

 風と共に優雅に揺れている羽と、なまめかしい光沢に一瞬目を奪われた。


「お前の人となりはだいたい理解した。このまま合わせてちんたら歩いていたら、田舎に着くのに一年はかかる」


 現在地から田舎までは徒歩で二日程の道のりで、当然一年なんてかからない。

 この先の道中で事あるごとに首を突っ込んでは立ち止まるマナの姿を想像した、レイの大袈裟な皮肉である。

 ついでに諦めたように眉を落とし、ため息までついた。

 

「そんなにかかりません! って言うか、レイうちの場所どこか知らないでしょう⁉︎」

「だから案内しろ。方向はさっき聞いたから、とりあえずそちらへ向かって飛ぶ」


 相変わらず強引だ。

 でも、風を切りながら舞うように空を飛ぶ感覚なんて、レイと出会っていなければ絶対に味わえなかった。

 不思議と恐怖心が出てこなかったのは、彼の腕が優しく抱きしめてくれていたから──かもしれない。


 レイの横顔が一際綺麗に見えてしまったのは、きっと柔らかくなった日差しのせいだろう。

 てっぺんにあった太陽は、気がついたら地平線へと向かっていた。

 ほんのりとオレンジ味をしている日差しは、彼の整った顔にくっきりとした陰影をつけている。

 それも相まって、レイの青い瞳はいつも以上に鮮明に見えた。

 

 馬車よりも早く変わっていく景色に少しだけ、田舎に着くのが遅れてしまえばいいなと、心のどこかで感じてしまった。

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