5-3

夏の三か月の繁忙期は、きつかった。

 毎月忙しいということは、精神的に余裕がなくなる。

 七月、彼岸。八月、盆。九月、また彼岸。

 七日の連勤が終わって、またふつうにいつものように働いて、また連勤。それの繰り返し。

 彼岸と盆といえば、仏花である。

 碧は仏花を入れるのが苦手だ。信じられないくらいの速さで流れてくるし、量があるし、とてもではないが一人ではこなせない。

 それでも容赦なく怒涛のように仏花は流れてきて、袋に入れきれずに台の上に乗せたり、そのまま下流に流れていったりしまったりした。すべてが終わってから、碧が一人で台の上の仏花を汗を流しながら袋に入れるのである。

 それに、菊を流す作業というのもやることになった。

 上流に行って、何百本とある菊を延々と流していくのである。

 これが、大変なのだ。

 右手に何本も抱えていなくてはならないし、左手は終始動かしていなければならないし、前にいる上司は物凄いスピードで花を流してくるからそれに合わせなければならない。しかし、そうこうするうちに右手の束はなくなり、台の上の菊の山から掴み取り、また左手に渡して流すのだが、山のなかから出すには菊の茎が絡まってなかなか取り出せない。

 それに、菊はすぐになくなるので隙を見て脇の箱から取り出さなければならない。

 上司が脱っ葉している間に取り出したり、ちょっとした時にぱっと動かなければならず、油断ができなかった。

 実際、碧はそれができずに何度も流れを止めて、そのたびに上司にきつい言葉で叱られた。

「宇藤さん、もっと菊は上に置いて」

「違う違う、そんなんじゃずれちゃうよ」

「違うったらそうじゃないよ」

 各務は各務で、後ろから終始こんな感じで叱責してくるので、碧は目が回るようだった。

 連勤が終わると、ふらふらとマッサージに行った。120分で一万円と少しかかったが、順調にイラストのコンペで勝ち続けているのでそんなに痛い出費ではないのが唯一の救いだった。

 九月の二日、碧は黒木の好きな揚げなすの味噌汁を作った。それくらいしか、思いつかなかった。

 そういえば、私獅郎さんの写真て持ってないんだ。一緒に撮ったこともないな。いっつも一緒にいるのが当たり前だったから、そんなこと考えたことなかった。

 顔、忘れちゃったらどうしよう。

 一抹の不安がよぎる。

 茶トラの猫が足元をするりと横切る。うさめがひゃあ、と鳴いた。

「ぶーぶーする?」

 すると、黒猫は引き出しの前に行く。碧はおやつを取り出して、そこに座っておやつをやる。うさめは飽きっぽいので、半分ほどおやつを食べるとそこでやめて行ってしまう。

 そうすると、オレンジがやってくる。

「残りがあるよー」

 オレンジはその残りのおやつを、目を細めて食べる。そうしておやつの時間が終わる。

 九月の連勤が終わる頃、左のまぶたが重いことに気がついた碧は鏡を見て仰天した。

 いつもは奥二重なのに、二重になっている。

 各務にそれを言うと、

「宇藤さん、それはね、疲れよ疲れ。連勤疲れってやつね」

 寝たら直るかなと思っていたらなかなか直らないので、仕方なくまぶたをめくって瞬きして、そうして意識的に直した。ぱちぱちぱち、と何日かやっているとそのうち癖がついて無事元の奥二重に戻った。

 やれやれ。顔まで変わっちゃった。獅郎さんが見たらなんて言うかな。見られなくてよかったかな。

 暦の上では秋とはいえ、まだまだ暑い。

 青い空を見上げて、彼を想う。

 今ごろ、なにをしているだろう。どこにいるのだろう。

 会いたい。

 会って、話したい。

 触れあいたい。

 たくさん話すことがある。

 仕事のことや猫のことや日常のちょっとした嬉しいこと、黒木に報告するのが当たり前になっていたことに気づいた時に彼がいなくなってしまって、碧の日常にはぽっかりと穴が開いた。

 ――あなたは今、どうしていますか。

 私は、元気です。

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