第4話 Clown

 ジャックの身体に、ビリリッと衝撃が走る。


 今の声は、確かに、この扉の内側から飛んできた。

 つまりこの声の主は、だ。


 朗らかながらも、不気味さが拭えない男の声に、ジャックはギュッと唇を噛みしめた。そして微かに震える唇をゆっくりと開いて答える。


「who’s there? だ、誰ですか?」

「I’m Fear! 僕は恐怖です!」

 すぐにポンと、軽やかに打ち返された答えに、ジャックの顔は怪訝に歪んだ。

 だが、その怪訝は奥歯を噛みしめて擦り潰し、尋ね返す。

「Fear? who? 恐怖? 誰さんですか?」

「Fear(Here) is my cell! ここは私の牢獄です!」

 朗々と飛ばされた答えのすぐ後に、フフッと笑みが聞こえた。

 まるで「どうだい、面白いだろう?」と言わんばかりの鼻高な笑み。


 しかしジャックの顔には。いや、彼のどこにも笑みは広がっていない。


 ジャックはピシリと強張り、声を失った。何とか声を出せているのは、自分の内側と言う世界だけである。


 これは、本当にノック・ノックジョークなのか? Fearと言う答えは、そのまま自分の名を……自分の正体を口にしているんじゃないのか?


 自分の眼前で突きつけられてきた「不気味」の連続が、彼の思考を不穏に染めていた。


「あれ、面白くなかった?」

 鉄扉の向こう側から、唐突に投げかけられる。


 ジャックは、投げかけられた問いにビクッとして、我に帰った。

 クラウンの姿は見えないが、「まぁた、スベっちゃったかぁ」と紡ぐ声音と砕けた口調で、クラウンがやや肩を落として「ちぇ、残念」と軽く嘆いている姿が何となく描ける。


「自分で思いついた割には、なかなか洒落たギャグで面白いと思っているんだけどねぇ。他の人のウケは全く良くないんだ。もう数えられない位披露したけど、未だに星一も付いてない感じだよ」

 千以上の黒星って感じでもあるかなぁ。と、クラウンは戯けた口調で紡ぎ続ける。


 ジャックは何も言えなかった。これは、恐怖に雁字搦めになっているせいで出てこないのではない。自嘲気味な言葉の数々に、なんて返答すれば良いのか分からないからだ。


 そんなジャックの心中を察してか……いや、もしかしたら彼の困惑をどこかで直接見ているからか? 

 よく分かったものではないが、クラウンが「まぁ、今はそんな事を言っている場合じゃないか」と、朗々と膝を進めた。


「さてと。は、なんて言う名前の人が来たのかな?」

 周囲は物々しく、そしておどろおどろしい雰囲気だと言うのに。クラウンの口調は相変わらず砕けていて、声音の朗らかさも一向にぶれていない。


 やはり、クラウンだけがだ。

 ジャックはゴクリと唾を飲み込んでから「ジャックだ」と、自分の名を告げる。


「ジャック・ハーヴィー」

「ジャック、ね」

 ふぅんと朗らかな相槌が、鉄扉の向こうで打たれた。

「なんて呼ぼうか。ジャッキー? ジョック? それとも、ジェイク?」

「ジャックで、大丈夫です」

 つらつらと挙げられる愛称に、ジャックは声帯を何とか震わせて答える。


 クラウンは「オッケー、ジャック!」と、朗らかに言った。


 恐怖を見透かしているのか、いないのか。本当に、よく分からない男だ。

 ジャックはヒュッと狭まる食道に、ゴクンと唾を落とし込んでから「あの」と声をあげた。


 すると「今の君は、実に面白い状態にいるね」と、楽しげな声が飛ぶ。


 ジャックの身に、戦慄が走る。


 やはり見透かしている! この男は、全て、分かっている!

 一気にぐちゃりとかき混ぜられた困惑と焦燥が、内心で生まれた言葉を外へと追い立てた。

「頼む! 教えてくれ、クラウン! 俺は一体、どうなってしまっているんだ? 罪を犯した覚えなんて、一切ないのに。突然こんな所に入れられて、もう本当に訳が分からないんだよ。だから教えてくれ、俺はなんでこんな所に居るんだ? どうしたら出られるんだ?」

「ジャックは、これが現実だと思う?」

 切羽詰まって投げかけた問いに対する答えは、答えではない。

 新たな問いだった。


 ジャックはポカンと呆気に取られてしまうが。ぶんぶんと頭を振り、冷静を取り戻して答えた。

「……夢であってくれと思うし、これは夢だって思う事も多いが。残念な事に、これは現実なんだ。現実の世界なんだ」

「ジャックはさぁ、何を持って、この世界を現実だと判断しているの?」

 また一つ。新しく重ねられた問いかけに、ジャックは「えっ。いや。何を持ってって、言われても……」と返答に詰まってしまう。


 けれど、鉄扉の向こう側は「なんで、この世界を現実だって思えたの?」と、容赦なく問いを重ねていた。

「誰かに言われたから、そう思ったの? それとも、自分がこれは現実だって思っているだけなのかな?」

「じゃ、じゃあ。クラウンがそう聞くって事は、これは俺が見ている夢の世界って事なのか?」


 こんな馬鹿げた世界が夢なら、どれだけ良い事か。どれだけ嬉しい事か。

 ジャックはじんわりと希望が広がった声で尋ねる……が。


「さぁねぇ。君が夢だと思えば夢だし、現実だと思えば現実なんじゃないかな」

 クラウンは飄々と曖昧を紡いだ。


 釈然としない答えの連続に、ジャックの眉根は更にギュッと中央に寄る。


「今この時を生きている人間は、誰が現実の中を生きて、誰が夢の中を生きているんだろうね」

 つらつらと紡がれる言葉に、ジャックの理解はピタリと止まってしまった。


「い、意味が分からない」

 あまりに重なる衝撃に、いや、困惑に耐えきれず、ジャックはボソリと呟く様に吐き出す。

「意味が分からない、かぁ」

 クラウンは鉄扉の前で悶々としているジャックに向かって、「じゃあ、少なくとも」と謳う様に言った。

「今の君は未知の世界に立たされている、と言う事は確かだね」

 さて、ここで質問だ。と、クラウンは朗々と言葉を継ぐ。


「ジャック、君はどうしたい? その未知を明確にしたいかい?」

 まるで「僕が教えてあげようか?」と言わんばかりの甘い囁きが、物々しい鉄製の扉から零された。


 これか、コレがクラウンとの取引なのか。


 ジャックの脳裏に、ロイが現れ、あの時の様に再び恐ろしげに語り出す。

「代償を覚悟しておいた方が良いぜ……代償によって、多くが人生を狂わされているからなぁ」

 どんな代償を取られるかは、ちっとも見当が付かない。こんな恐ろしく、狂人的な奴なら、とんでもない物を……自分にとって本当に大切な何かを取られるかもしれない。

 ジャックはカタカタと小さく震え続けている両腕をグッと握りしめた。


 その時だった。鉄製の扉から「おっと!」と、わざとらしい明るさが飛ぶ。

「そんなに心配する事はないよ、ジャック! 何か色々考えているみたいだけど、君は鍵だ。だからここを開けてくれるだけで良いんだよ!」

 そうしたら教えてあげる! と、クラウンは朗らかに言った。


 思わぬ言葉の連続で、ジャックは面食らってしまう。


 こ、ここを開ける? それが代償なのか? そんな事が代償って言う形になるのか?


 人生を狂わせる様な代償ではない事にホッとするものの、ジャックは容易に見える代償に不安を抱いてしまった。

 だが、その不安は「やれば、この世界から抜け出せる」と言う大きな希望と「絶対に知らなくちゃいけないんだ」と固めた決意を邪魔する程のものではなかった。


「……どうやって開けたら良いんだ?」

 提案に乗ったジャックに向かって、クラウンはフフフッと笑みを零す。

「なぁに、簡単だよ。ただ、この扉を押すだけさ」

 ね、簡単だろう? と、クラウンは艶やかに言った。


 ジャックの眉間がぐにゃりと皺を刻み、口からは「はぁ?」と抑えきれなかった怪訝がポロリと出る。

「押すだけ? そんな単純な事で開く様な扉じゃないだろう?」

 ここは異質な空間に思えるが、監獄と言う場所には変わらないんだ。だから絶対に牢には鍵がかかっている。加えて、この扉は見るからに物々しく、堅固そうだ。

 何か工夫が施されているとか、一人では開かない様なタイプになっているかもしれない。


 ジャックの脳内で、ぶわっと推測が並んだ。すると

「開くよ」

 脳内でぶわりと並んだ推測、全てをキッパリと一蹴される。


 ジャックは、毅然とぶつけられた答えに面食らった。

「言っただろう? 君は鍵だ。だから手を当てて、ぐいと少し押すだけで、この扉は開くんだよ」

 クラウンから、いや、物々しい鉄製の黒扉からフフフと飛ばされる。


 ジャックはゆっくりと唾を嚥下した。

 ゴクン、と静かな空間に籠もった音が響く。

 そしてその余韻が消えきっていない時に、ジャックの手がゆっくりと伸びた。

 ヒタリ、と冷たい扉の感触が手に伝わる。


 ジャックは扉に触れた手から、扉の分厚さをなんとなく感じ取った。

 やはりただ押すだけじゃ、開くようには思えないなぁ。いや、でも、クラウンが「開く」って言い切っているんだ。


 ここは、信じてみよう。


 ジャックは「そうだ。それからだと、クラウンが語る話も信用出来る様になるじゃないか」とキュッと唇を結び、扉に触れている手にグッと力を込めた。

 刹那、重々しさを感じ取っていた手から「重さ」が急激に薄れていく。


 ジャックは眼を白黒とさせながら、ぐいっと扉を前に押し出した。

 ぎぃぃぃと重々しい音を立てて、扉は内側に向かって大きく開かれていく。

 何一つの抵抗を見せず、いとも簡単に開かれた扉に、ジャックは唖然としてしまった。


「……そんな」

「ほらね、開いただろう?」

 ジャックの呆然とする声に、朗らかな声が重なる。

 先程よりも鮮明に聞こえる声で、ジャックはハッと我に帰った。

「く、クラウン?」

「開けてくれてありがとう、ジャック」

 呼びかけに、すぐ応じるクラウン。


 だが、彼の姿を捉える事は出来ていなかった。

 明かされた内側は何一つ灯りがついておらず、ここに足を踏み入れた時と同様の黒さが覆っているからだ。


 チロチロと背後で灯る蝋燭の火だけでは、この黒を晴らすには足らないらしい。

 ジャックはこの真黒の世界に居る人物を視認しようと、目を凝らした。

 その時だった。


「さぁ。中においで、ジャック。君が来ないと、始まらないよ」

 クラウンの艶やかな声がかかると同時に、突然、フッと一段落とされた様な暗さが襲う。


 ジャックは後ろの闇が強まった事を感じ、バッと振り返った。


 見れば、フッ、フッ、フッと蝋燭の火が奥から順に消えていく。

 目がカッと大きく見開かれた。そればかりか、苦しい心が内へと逃げる様に、ヒュウッと短い息が勝手に吸い込まれる。


「大丈夫だから、入っておいでよ……さぁ」

 クラウンはからかい半分優しさ半分の声音で告げた。

 同時に、フッとまた一つ、チロチロと灯っていた炎が消える。


 ジャックは言葉にならない呻きを零しながら、前と後ろをパッパッと見交わしていく。


 迷う時間が、ない。


 一つ、また一つと消え、ジャックの背後に黒がじわじわと迫っていた。


 ……ここは、行くしかない!


 ジャックはグッと奥歯を噛みしめ、ぎゅうっと堅く拳を作ってから、バッと飛び込んだ。

 自分を悠然と待ち構える、真黒の世界へ。


 ・・・

 今回は少々長めですが、色々と考えて一話にしました!ここまで読んでくださいまして誠にありがとうございましたm(__)m 


 knockknockのくだりは、ちょっと意味分からないかもしれないのですが。この形式はknockknockジョークと言って、ようは英語の言葉遊びの様な類いです!なので、訳の違和感はどうかご容赦を……😓


 もう絶対にknockknockジョークは入れたいと言う想いがあったので、英語苦手な頭を頑張って使って考えました!w

 そして英語ペラペラな親友の一人に変じゃないか確認してもらい、「こうで~、こうなんだよね~」と物語の話を軽くして、roomだったところにcellと言う単語をもらって、完成!そんな経緯がある、今回のknockknockジョークでした(´∀`*)


 自分的には、「親友よ、いつもありがとう!(*^^*ゞ」って感じの今話でしたw

 次話も、滅茶苦茶なホラーが加速しますが。お付き合いいただけましたら幸いでございます。どうぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m

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