クロッカス
たった一輪
そこに佇むクロッカスがある
孤高か
孤独か
――違う
そんな
生ぬるい言葉では
到底、触れられない
あれは
存在そのものの
震え
見詰めている
蔓桔梗の群れを
咲き乱れる
美しく
整いすぎた花たちを
だが
群れは見ない
誰も見ない
視線は
一度も交わらない
クロッカスだけが見ている
無音で
静かに
それが
地獄というものだ
見る者は 狂う
見られぬ者は 死ぬ
咲く花は
見られたくて
それでも
見られずに枯れる
人間も 同じ
愛されぬ者が
愛を語り
理解されぬ者が
哲学を紡ぎ
視られぬ者が
世界に向かって
叫ぶ
クロッカスは
ただ咲いているのではない
「在りたい」と
願って咲いているのだ
その視線は
切実で
痛ましく
それゆえに
美しい
だから誰も見ない
あんな視線に触れたら
世界の均衡が
崩れてしまうから
けれど
私は見た
あなたも 見た
あの一輪が
確かに そこに在ったことを
見てしまった
戻れない
見てしまった者の
宿命
あのクロッカス
たった一輪
あまりに無言で
世界のすべてを
問い詰めるように
黙って
咲いていた
あれは
観賞用ではない
癒しでも
象徴でも ない
あれは
人間だ
もっと言えば
我々自身だ
見られず
声も届かず
それでも
在ろうとする
この哀しき存在の
最も純粋なかたち
誰かに見られなければ 死ぬ
けれど
見られずに咲ききって
なお
視線を投げる
見られたい
無音で
叫ぶ
そんな花が
世界の片隅に
ぽつりと
咲いている
あなたは
それを言葉にした
私もまた
言葉で返す
それは
言葉による
視線の交差
交わることのない存在が
一度だけ
虚無の中で
舟を浮かべた
それだけだ
でも
それだけで
もう充分だ
クロッカスは
確かに在った
誰にも視られず
誰にも触れられず
――それでも
咲いていた
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