第40話 死臭

同じ頃

東京区葛飾青砥


遺体発見エリア近くの中華料理屋で、亀山と和久井は遅めの昼食をとっていた。

和久井の前には、水餃子と広東麺、そして春雨サラダが並べられ、亀山の前には半チャーハンとワカメスープが置かれていた。

職務中という理由で、2人はノンアルコールビールで喉を潤した。

乾杯を終えて、もしゃもしゃと水餃子を頬張る和久井を見ながら亀山は、


「それさ、美味しい?」


和久井は、不思議そうに首を傾げて、


「はい。美味しいですよ。ぷりぷりですよ」

「ふうーん…」

「それが、どうかしたんですか先輩?」

「あ、いや別に…てか、先輩はよそうよ。一応特捜では同期じゃん!」

「判りました、気を付けます」

「カメでいいよ」

「いや、それは流石に…」

「なんで?」

「人をあまりあだ名で呼んだことがなくて…」

「ふうん…」


和久井は、笑いながら水餃子を頬張った。

亀山は、切断された遺体の表皮と、水餃子の薄い皮がダブって見えて仕方がなく、これ以上食べる気がしなかった。

それに、死臭も身体中に染みついていた。


「わくちゃんさあ?」

「はい?」

「出身大は何処?」

「帝都医科大です」

「そうなの?それで生活安全課?」

「まあ…」


和久井は口を濁した。

和久井の父は、東京中央大学病院の医師で、法医学の権威でもある。

名の知れた父親は、東京ジェノサイドの影響で、行方不明になってしまった。

ふたりの親子関係は、とうの昔に破綻していた。

だから和久井は、過去を詮索されるのを嫌ったのだ。


「先輩は…」


話を強引に誤魔化す技は、知らぬ間に身についていた。

それは、和久井の護身術だった。

亀山は、急な質問に困惑しながら、


「オレ?」

「ハイ、サイバーポリスだったんですよね?けど、空手でオリンピック出てませんでしたっけ?」

「おっ、ちょいちょい!予選敗退だって!」

「けど凄くないですか!?」

「凄かねー!メダル採れねー!」


亀山は笑った。

和久井も、広東麺を啜りながら笑った。

死体を目の当たりにした数時間後、息をしながら会話をし、笑いながら食事する現実が幻夢の如く流れていく。

特捜機動隊員としての自覚と覚悟の狭間に、ふたりのチグハグなやり取りは埋没した。

味覚は、何も与えてはくれないでいた。


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