➑✧——釣り

 扉が閉まると同時に独特の浮遊感がして、あたしは閉じたばかりの壁が開くのを待つ。世間話をする気にもなれなかったが、気がかりは沈黙を生まなかった。


「あの機械は何。」

「テラ・レガトゥスのことかな。」

「そう。……どうして園長があんな機械に?なんであたしと同じ苗字を?」


 問いを投げかければ、オリオンは手をポケットに入れて背後の鏡を振り返った。釣られてそっちを見ると、鏡は煤けたあたしの洋服とほっぺ、ぼさぼさになった自慢の髪を映し出す。友達に会うには酷い顔を浮かべているから、あたしは汚れを払いながら身を整えた。

 緩んだ結び目を直すためにゴムを解いて、髪を軽く手で梳かした後、頭のてっぺんにまとめ直す。白くて丸いビーズを一つ付けたゴムをぐるぐるにして髪に通すと、髪の毛は元の元気を取り戻した。その作業を二回繰り返した辺りで、オリオンは質問に返答する。


「まず苗字についてだが、君の〝レガトゥス〟は後天的な物の筈だ。君の母にもついていない限りは。」

「……そうだね。ママの名前はママ・レプスだ。これがあるのはあたしだけ。」

「となると母親が意図して付けたんだろうな。その意図は他人である私には組めないから、分からないが。」

「……なら、園長の方は?」

「これも込み入った話になるがね……。」


 チン、とエレベーターの音がするので、あたし達は扉に向き直る。左右に開かれた鉄色が奥に薄暗い廊下を覗かせて、人を飲み込むのを待っていた。オリオンが一足先に先導すると、あたしは堂々とその後ろにつく。広い廊下には二人分の足音が響き渡った。


「あれは〝テー=ラー〟という宇宙人に作られた遺物だ。信号生命体の〝ワープ技術〟を一部利用した装甲換装が行える。」

「テーラー?」

「ああ。各惑星に置ける有機生命体の保存や観察を目的とする者達だ。信号生命体が人類を滅ぼしかねないと知った彼らは、共生の為に人類の代わりになる器を作りだした。だが、〝感情〟を再現できないために、あれは〝器〟になりそこねたのだよ。」

「……それじゃ、地球からの使者にはならないじゃん」


オリオンが足を止める。「あれがそうなるのはここからだ。」

「テーラーは計画を転換し、人類と結託して〈ピスカーティオ計画〉を立ち上げた。レガトゥスはその後処理として運用されるよう、計画に組み込まれたんだよ。」


 ────ピスカーティオ、か。基地で聞いたきり意味を聞きそびれた単語だ。

あたしは忙しかった諸々で流れてしまった機会をこの隙に設けられたような気がした。

「聞いた事があるよ。それ、結局なんなのさ。」


 オリオンが右手を見る。ガラス張りの通路には、窓の向こうにベルトコンベアに流れていく機械部品と、それを物々しいロボットが組み立てている様子が見えた。

 ……こうしてみると、兵器開発の話は本当なんだと実感できる。オリオンはあたしに振り返ると、「あの計画こそが、我々の先祖がこの星に移された理由だ」と返答した。


 ご先祖さまと言ったら、多分〈月下大移動〉のことかな。昔本で読んだことがある。オリオンにその単語を出せば、オリオンは頷いた後に角を左に曲がった。


「グライズ研の本か。だが、あの本には間違いが多い。人が地球に憧れないように〝アオ〟の記載を切り捨てて、その他いくつもの事実を隠蔽している。……移住計画の真意は、人類の宇宙進出などでは無いんだよ。」

「でも───」


「……2040年。地球人類とテーラーは結託し、新たな惑星を〝創造〟した。器化した人間を処理する戦闘部隊〈ミカド〉、そのサポートと兵器開発を任される〈カグヤ〉に、最終清掃員〝レガトゥス〟を潜り込ませてね。……では、器化する人間はなんだと思う?」

「……わ、わからない」


「百二十万の死刑囚だ。」


「この月下は牢獄なのだよ。〈ピスカーティオ計画〉の目的は、〝生贄を使った敵生命体との相打ち〟にある。」

「……ちょっと待ってよ!」


 あたしは通路に足を止めて、今言われたことの整理をする。……まず、ミカドとカグヤはグルだみたいなことを言ってるけど、今さっきは戦ってたからもう違う筈。それは分かる。月の人達を殺すことに、オリオンは納得できなかったんだ。

 でもじゃあどうして避難指示を……ううん、こんなこと今は重要じゃない。今は、……


「新たな星って何?ここは月じゃないの!?死刑囚ってどういう事!!」

 あまり明確にしたくない真実があたしの口から零れて行く。

「……あたし達のご先祖さまって、皆犯罪者なの?」


 ────その問いには否定も肯定も返らなかった。

 ……信じられない。あたしの周りの人達は皆〝普通〟だ。死刑囚が先祖なんて、そんな訳が無い。死刑ってのは……。昔地球にあった、すごく悪い事をして皆から「死ね」って言われることなんでしょ?色んな人を殺したりするんでしょ?全員がそうじゃないのかもだけど……殺しを楽しめる人達なんだよね?


 でもタクにも、タクの父さんにも。メイコにも、ミョン太にもリョーちゃんにも……。アルンにだって、そんな片鱗は見えなかった。あたしの周りの人で悪い人と言ったら、せいぜいお母さんぐらいだ。いつも飲んだくれて、偶に暴力を振るって来て。男と遊び歩いて……。

 確かに死んじゃえって思ったこともあるけれど、でも皆から指を差されるほど悪い事はしていない。だらしないだけだ。諦めてるだけだ。だから、あたしの周りの人達は……死刑囚の血筋らしい性格はしてない。


 気がつけばあたしは、衝動からオリオンの前に回り込んでその胸倉を掴もうとしていた。実際に掴んだのはお腹の下あたりの服だ。威圧的な炎の眼差しがあたしを見下ろすけれど、あたしは怯まずに噛みついた。


「なんでだよ!!なんでそんな事、今になって始まるんだ!?あたし達は〝死刑囚〟じゃない!皆普通に生きてただけなんだぞ!!」

「……ミミちゃん。君はラテン語が出来るか?」

「はぁ!?」


 握りしめた拳に大人の手が添えられるので、あたしは嫌になってオリオンを突き放す。急に何を言ってるんだ?こいつは……。脈絡の無さだけはアルンに似てるのが憎らしい。オリオンは睨みに微動だにもせずに、「釣りだよ。」と話を続けて来た。


「piscatioの意味するところは〝釣り〟だ。2040年、この人造新星は〝ウキ〟として、宇宙と言う海に浮かべられたんだよ。我々はその釣り餌だ。……釣りは、長く待つものだと聞いた。」

「……知らないよそんなの!」

「だが事実だ。」 オリオンは引かなかった。


「この第4622宇宙には、それまで月という衛星は存在しなかった。この星は他の宇宙の記録を読んで似せられた、地球と同じ回転軸と速度を持つ新たな新星だ。だから一日が24時間単位で進んでいく。加えて、他の宇宙の月よりもこの星はずっと大きい。……それでも、地球には劣るがね。」

「…………。」


 長い沈黙がお互いに残る。あたしはただ狭い廊下の端にずり落ちて、体育座りで膝を抱え込んだ。

「……避難警報を出さないのは?」

「移動中の混乱と事故を防ぐためだ。自宅で転移できるのならばそれが一番良い。」

「ああ……そう……。」


 気を紛らわす為に他の質問をしても、あたしの耳は素通りだった。自分で聞いたってのに別の事が頭の中を占めている。……釣り餌?犯罪者?じゃああたし達の命ってなんなの。そんなの、あたし達はただ、


「死ぬために生まれて来ただけじゃない……。」

「……そうだね。」


 あたしは床を見ているから、オリオンがどんな顔をしているかは分からなかった。薄暗い白の床を革靴が通り過ぎて行く。


「だが……それはどんな生き物でも。どこに行ったとしても、きっと変わらないだろう。」

「……。」

「ミミ。君は自分の心臓が止まるその時まで、どう生きたいと思う?」


 園長と同じこと言わないでよ。

 あたしは壁伝いに立ち上がると、少し離れて振り返るオリオンに歩みを進めた。


……

…………


 入り組んだ廊下は突き当りで複雑さを止める。そこにあるのは、デジタルファイルが互いに噛み合ったような白い扉だ。オリオンは三回程ノックをすると、「アルン。友達が来てくれたよ。」なんて扉の傍にカードを翳した。

 赤いモニターを有した四角の出っ張りは、カードに反応して画面をアオく変色させると扉の嚙み合わせを緩める。白い扉はシュンと左右に開くので、あたしはその奥に駆けだした。


「……アルン!」


 踏み込んだ場所はどうも書斎か何かのようだ。左右の壁が大理石みたいな柄をして、小難しそうな本の群れやファイルをぎっしりと詰めている。部屋の中央には豪華な二つのソファが低いテーブルを挟み込み、あたしはその作りと白いカーペットの毛並みから、ここがテレビで見た場所である事を確信した。色の無い部屋の中、あたしは入り口から正面奥にアルンの姿を見つける。アルンはガラス窓一枚を隔てた向こうで、白く薄い板のようなベッドに寝そべっていた。


 左側に足を置いて安らかに瞼を閉じているから、眠ってるんだろうか。幸い、苦しんでるようには見えない。ほっとするのも束の間……あたしはアルンの頭に見慣れない機械を見つけた。白いヘッドホンのようなものだ。複数に枝分かれするコードを木の根のように伸ばして、天井にある一つの星と繋がっている。それは、四方八方にトゲを伸ばすキラキラのランプみたいな星だ。


 ……あれは何だろう?星が青く輝く度に、ベッドの奥にあるモニターが謎の数列を打ち出している。モニターの左右には黒い箱型の機械が重々しく並んでいて、その表面にはいくつもの細かい四角や、ネオンっぽい線が浮かび上がっていた。

 それらの図形は星の輝きに呼応すると、まるでモニターが数字を打ち出すのを助けるかのように点滅する。真っ白な部屋の一番左端には、入り口と同じような扉があるけれど……。あそこにどうやって行けばいいか分からない。あたしはガラス窓にまで駆け寄って、拳を打ち付けながらアルンに話しかけた。


「アルン、ねぇ起きて!……アルン!」

「眠る子供を起こしてはならない。」


 オリオンを睨むべく振り返れば、オリオンはローテーブルに置かれたファイルを纏めているところだ。入口付近の本棚にそれを戻し、のんびりと部屋の片づけをしている。

「……それに、聴覚は遮断済みだ。」 オリオンは余裕を崩さないままに語った。


「この!アルンを放して!」

 あたしが駆け寄ってアルンの解放を迫ると、オリオンは服にしがみつかれるままあたしを見下ろす。それから、あたしにソファを示して座るように促した。……そんな気分じゃない。今座っても貧乏ゆすりをするだけだ。……全く落ち着けない。

 突っ立ったあたしを余所に、オリオンは左のソファに座ってテーブルを見る。脚の上で両手を組んで、「私からも疑問があるんだが」、とこっちに視線を合わせて来た。


「……何?」

「君はアルンを助け、この大解放を阻止した後……どう月生人類を救うんだ?」

「……それは、……。」一瞬口ごもるけど、あたしは直ぐに答えを示す。


「倒せばいいでしょ、その〝信号生命体〟ってやつを。」

「出来たら理想だが」


 オリオンは空に右手を伸ばすと、何かを掴むように拳を握って胸元で開いた。……その掌には何もない。


「実体の無いものは掴めない。例えば君の後ろに幽霊が居るとして、君はどうやってそれを祓う?」

 両手を組み直すオリオンを見ながら、あたしは「専門の霊媒師さんとかに、相談して……」と切り返した。オリオンは一度「そうだな。」と肯定するけれど、すぐに否定を続けて来る。


「霊はまだ観測できる人物が居るから良いが……、この月下にはもう、信号生命体を観測できる者は居ない。〈感応者〉ですら、彼等からの接触を待つだけだ。」

 

 オリオンはソファから退いて座席の座版をつかむ。それから宝箱みたいに椅子を上げると、収納スペースの中から黒いノートパソコンを取り出した。

 テーブルに置き、電源を立ち上げれば、少しの操作の後に画面を此方に向けて来る。そこには、ある特殊な文字列が浮かび上がっていた。……どんな本にも出てこない、見たことの無い文章。図形とも取れない何かに対し、あたしは近づいて目を凝らす。……それでもさっぱり読めなかった。


「なにこれ?」

「二〇〇三年、最初の〈感応者〉である不知火博士に送られたメールだ。〝私に体をください〟、〝私に実体を下さい〟、〝あなたの心と体を、〈魂〉を、私に下さい〟。……そう書かれている。」 


 パソコンは閉じられた。


「不知火博士はその後、出来る限り情報を引き出して〝器化〟。……射殺された。単体の信号生命体による同化事故が起こったんだ。」


「人類はその日、初めて彼らと接触した。これを機に科学者は躍起になってコンタクトを図ったそうだが、以降は一通のメールも来なかった。……それからだ。〈ピスカーティオ〉計画が立てられたのは。」


「……もう一度聞こう。」

 オリオンは内ポケットに手をやると、タバコを口に咥える。


「君は、どうやって人類を守る?」

「……それは、」

「それは自分でやれる事か。やれないなら、君は誰に〝死にに行け〟と言うのか。」


 ……その言葉に、あたしは何も答えられなかった。オリオンもそれを分かって目を伏せると、再び瞼を開いてから此方に歩み寄る。視線を合わせるようにして屈んだ大人の瞳は、あたしと同じぐらい真っすぐだった。


「君は友達の為に走ったんだ。成果としては、それで十分だろう。」


 ────ちくり。 突然、鋭い痛みがあたしの右脚を襲う。


「何!?」

 慌てて距離を取った所で、もう遅かった。オリオンの左手には空になった注射器が握られている。それをテーブルに放り投げると、オリオンは立ち上がって壁に凭れた。


「九時だ。君ももう眠りなさい。」

「クソ……!」


 視界が急にぐるんと回って、全身が何かに打ち付けられる。……床だ。四肢に力が入らなくなって、あたしは地面に倒れたのだった。霞む視界でオリオンを見上げながら、あたしはその見下ろす態度に気に食わなくて舌を打つ。


「……何が、〈大解放〉だよ……。」


 あの話を聞いた後でも、あたしは否定の声をあげた。あいつの言い分は分かってやれない。あたしは大人じゃないし、アルンはただの友達じゃない。あたしにとってのあいつは……もう、血を越えた〈姉妹〉で、親友で、それ以上の相手だ。


 だから叫ぶ。ここで寝てられないんだよ……!


「あたしは大親分ミミなんだよ!!仕方ないね、死んじゃおうねなんて……アルンに言える訳無いだろッ!!!」


 血反吐を吐く勢いで叫び、男を睨みつける。コレが只の睡眠薬でもそうじゃなくても……知るものか。グラついた体を無理矢理奮い立たせて、あたしはテーブルに置かれた注射器を掴み取った。それからガラスの向こうのアルンに向かって一直線に走り出す。


 ……視界が狭まっていく?知るものか!足がもつれる?知るものか!

 あたしは、あたしはお前に会いに来たんだよ────……!


「起きろアルン!……良い子で寝てる場合じゃねぇ────!!」



……ばきん。


 注射器の針は音を立てて割れた。ガラスの窓には一つの傷もつかなくて……それで、もう何も見えなくなる。


「……お休み。君達の目覚めの朝が、穏やかなものであると良いが。」


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