➌✧——ピスカーティオ

 鋼鉄の扉が大口を開けて物々しい内部の様相を露わにした。まずあたしの目に飛び込んできたのは、入って正面奥にある巨大なモニターだ。その周囲には複数の小モニターが囲むように集合しているから、どうやらここはアストランで言う監視室だとか、そういう類の部屋らしい。

 数十歩進めば辿り着くだろう狭い室内の画面群には、見慣れた街並みの路地裏や商店街など[月輪03]の至る処が映し出されていた。


 室内の壁は通路と同じ深緑をしていて、壁面に連なる画面の下にコの字型のテーブルを作りだしている。卓上には、モニターとは別のパソコン類や、あたしにはよく分からない操作盤のようなものが密集して揃えられていた。


 加えて、テーブルの傍にはローラーイスが並んでいる。ぴったり五つある席の内、真ん中を覗いて左右四つには知らない大人たちが座っていた。背もたれの位置が頭まで無いから、あたしは大人の着用している〝制服のようなもの〟を見ることが出来る。それは黒いミリタリージャケットだ。左袖には金属質のエンブレムがあしらわれていて、そのデザインは入り口でも見た五芒星と同じ形をしている。


 無骨な感じの統一感に息を詰めれば、真ん中左の椅子が此方を向いた。座っているのは茶色いボブカットの女の人だ。他の大人達と同じように黒い上着を身に着けていて、だけど膝元にはもう一着ジャケットを掛けている。

 女の人は穏やかそうな顔つきで微笑むとそれを持って立ち上がった。そして、あたし達——主に園長の方にまでやってきて、持っていたものを手渡す。


「ありがとうございます」

 園長は上着に軽く袖を通してからあたしの方へ振り向いた。

「狭くて申し訳ありません。……ユリさん、ミミさんをお願いします。」


 ……この人はユリさんと言うのか。

 ユリさんは一言「はい」と返事をすると、あたしを入口かられた左の壁に案内してくれる。そこにはベンチみたいな突起が壁と一体化して作られているから、あたしはユリさんと隣合わせになって腰かけた。視線を下げていたのが俯いているように見えたらしく、ユリさんはあたしを覗き込むと黒いタレ目を細ませる。


「アストラ幼稚園の子だよね、もう大丈夫。怖かったよね……。」

「は、はい。」

「私はユリ。チームの医者役。あなたのお名前は?」

「……ミ、ミミです。」


 どうやら優しい人みたいだ。あたしはぺこりとお辞儀をして、もう一度辺りを見渡した。

 左を向けばちょっと先に入り口と似たドアがある。右を向けば、ユリさんと入口を越えた先にも同じものがあった。……一体、このモニター室は何なんだろう?

 園長は自分を〝科学者だ〟って言ってたけど、ここはどこかのラボには見えない。……ユリさんなら、聞いたら答えてくれるかな。


 あたしはおずおずと視線を戻して訊ねてみた。

「あの……ここは? ユリさんたちって……。」

 ユリさんはあたしに膝を向ける。


「ここは監視基地。私達〈ミカド〉は、〝あのぎんいろ〟に対処するための戦闘部隊なんだ。————彼はその数合わせ。」


 ユリさんの視線は部屋の中央に居る園長へと移った。園長は此方に気づく様子もなく、大人たちと小難しい話を続けている。


「……それで、各基地からの報告例は?」

「あなたが見た分だけ。ハグレの可能性は?」

「無いですね。月下での遭遇事故は七年前が最後だと彼女が——」


……大分忙しそうだ。

 あたしはモニターのライトで逆光になる彼らを見ながら、ユリさんに問いを重ねた。


「数合わせ?」

「前に退職者が出てね。あの子、今頃どうしてるのかなぁ……。」


 すっかり思い出に耽られてしまい、そこで会話が終わる。あたしはそれ以上追及する気にもなれなくて園長に耳を傾ける事にした。

 園長はセンター席の背もたれに触れると向かって右側の中年に話しかけている。中年はどこかがっしりとした体つきに加え、黒い短髪にサングラスとなんだか怪しい風貌だ。

 二人は、あたしに馴染みの無い単語を使って話を進めていく……。


「あーあ最悪だ。俺の代で〈ピスカーティオ〉になっちまった。」

「嘆くのは構いませんが、本分を忘れないように。」

「勿論。」


 ……〈ピスカーティオ〉か。よく分からないけど、多分今の現状を現す単語なんだろう。見続けていれば園長は「では発現の範囲予測、そのままお願いしますね。」、と中年に告げて左を見た。

 空席を一つ開けた向こうには長い黒髪の女の人が座っている。その人は自分から真ん前の小画面を見上げると、手もとの操作盤に忙しなく指を走らせていた。


「キキョウさんでも掛かりますか。D、G、I班に追加の支援要請は?」

「もうしたわ。けどカグヤ社のハッカーが邪魔。壁面色は[エリア95]を除いてオールブラックよ。」

「……やはりあの人か。勝てないので程々に隙を作って下さい。」

「警報は?鳴らさないの?」

「タイミングを見て僕も————」

「——おいサトっち、これ!」


 二人の会話を陽気な青年が遮る。園長が右に振り向くと、声は中年の奥の席から発せられていた。そこには金髪のひょろ長い青年が座っていて、、背もたれに左肘をかけながら椅子ごと園長を向く。そうして、テーブルに置いた右手で操作盤のボタンを押せば、中央モニターは軽い電子音と共に変化した。


 たちまち画面は都市ではなく、月下お馴染みの夕方番組を映し出す。その左上にはデジタルフォントが十九時を示していた。

「アストラの爆発が放送されてるっす!」 青年はボン、と片手を開く。

「流しておいてください。」


 園長が返すと辺りには静寂が流れてった。狭い室内で喋り続けるのは、モニターに映る男性アナウンサーのみだ。アナウンサーはマイクを持って画面手前に立つとまばらな人込みの向こうに建造物を紹介する。


「えー、ここが爆発事故の起きた現場です!」


 未だ煙と炎が立ち昇る瓦礫はアストラ幼稚園の残骸だ。特徴的な丸屋根の面影を痛々しく残しているから、あたしは改めて見る悲惨さに胸もとを強く握りしめる。……本当に、焼けちゃったんだ。


 付近に止まった月下消防車の白い車体からは長いホースが伸びていて、それは上に向かって勢いよく水を噴射する。専用の作業服を着た人達はホースを両腕に抱えて消火活動に勤しんでいた。

 少し離れた周囲には火の影響が無いためか、男女その他がまばらに集まって野次馬をしている。アナウンサーは一連の様子をカメラに映すと、現場の紹介を続けた。


「十八時三十分頃[エリア84]で起きた爆発事故ですが、未だ消火活動は続いていて……あっ、」


 ————ザザ。

 アナウンサーが野次馬にぶつかった所で中央モニターにノイズが走る。

 ……不調かな? なんて思ったのはあたしだけじゃ無いみたいだ。金髪の青年が焦りながら操作盤を押す。


「アレっ? なんか壊れたんすけど!?」

「ライムギさん、静かに。」


 園長が制している間に男性アナウンサーは白いノイズに掻き消された。途端、基地内には静寂が戻り、画面は別の映像に切り替わる。…そこに映るのは一人の男の人だった。


 男の人は白いスーツを身に纏い、黒髪を七三に分けた三十代手前程の面持ちをしている。その表情は、子供が見たら泣きだしそうな雰囲気を纏っているから、多分とても厳格な人だ。真っ白な背景にバストアップで映っているので、その人が今どこに居るのか此方からは分からない。ただ、背中からは黒い背もたれが見えているから、どうも椅子に座っているようだ。

 男の人は口元にマイクを持っていくと、炎のような色の瞳を揺らめかせて声色を深く響かせる。


『————月生人類諸君、番組中に失礼する。私はカグヤ社代表取締役、〝オリオン〟だ。』

「……オリオン。」


 園長が苦々し気に反応した。オリオンさんって人と仲が悪いんだろうか?

 あたしは二人についてよく知らないけれども、そのオリオンさんのことを考えてみた。


 カグヤ社代表取締役って言ったら、つまり社長さんだ。カグヤ社はモデルガンとかアストランの変形ロボとかを作っている、人気の玩具会社だ。けどそれだけじゃない。月下都市のシンボルとも言える[エリア95]の巨大塔を本社にしているから、つまりは月の筆頭。そして多分——アルンのお父さんでもある。


 アルンは今日、土手モドキの上であの塔を眺めていた。オマケに二年前の決闘だって、カグヤ社製のモデルガンを〝お父さんが作っている〟という言葉付きで持ってきている。

 画面の向こうの厳しい顔には、アルンの面影なんておの字もないけれど、あたしの考えに間違いは無い筈だ。


 オリオンさんは画面の向こうに居る人々の動揺を待ったのか、少し黙ってから本題を切り出した。


「アストラ幼稚園の爆発は只の事故ではない。我々は今、〈信号生命体〉と呼ばれるエイリアンから攻撃を受けている。』


 ……次から次へと分からない言葉が出て来るもんだ。金髪のライムギさんが「コレどこのチャンネルも同じっすよ!」なんて叫ぶから、あたしは思考の整理を邪魔される。けどその人を除いて、園長も、他の大人たちも、皆放送を食い入るようにして見つめていた。

 オリオンさんは清聴の中で重々しく口を開く。


『〈信号生命体〉とは何か。長らく諸君らに蓋をされていた情報を、今私が語ろう——。』

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