第7話 『朝焼けと手紙』

—言葉にできなかった想いを、書くことで紡ぐ—


出版社で働く琴音は、ある日の夜、実家の整理をしていた。


母が亡くなって半年が経つ。ようやく心の整理がつき始めた頃、父と共に母の遺品を整理することになったのだ。押し入れの奥に仕舞われていた木箱を開けると、中には母が生前に使っていた手帳や、古びた写真、そして一通の封筒があった。


封筒の表には、母の繊細な字で「未来の私へ」と記されていた。琴音は驚きつつも、震える指で封を開ける。そこに綴られていたのは、母が人生で後悔したことについての言葉だった。


——あなたが幼い頃、私はもっとあなたに寄り添うべきだった。仕事にかまけて、大切な時間を逃してしまった。あなたの笑顔をもっと焼き付けておけばよかった——


琴音の目から、ふっと涙がこぼれ落ちた。


母はいつも優しく、そして完璧な人だった。自分のことよりも他人を優先する人だったから、母自身がこんな後悔を抱えていたことに琴音は衝撃を受けた。しかし、それと同時に、自分自身にも似たような想いがあることに気づく。


——私は、父に本当の気持ちを伝えたことがない——


琴音と父は、どこか距離があった。厳格な人で、あまり感情を表に出さない父に対し、琴音も素直に甘えることができなかった。母がいた頃は、その橋渡しをしてくれていたが、母がいなくなってからはますます会話が減っていた。


「私は、母と同じ後悔をしたくない」


そう思った琴音は、机に向かい、一通の手紙を書き始めた。


——お父さんへ


お母さんがいなくなってから、私はずっとどう接したらいいのかわからなくなっていました。でも、本当は伝えたいことがたくさんありました。


小さい頃、お父さんと一緒に公園を歩いた日のこと、覚えていますか? 私が転んだとき、お父さんは無言で手を差し伸べてくれた。その大きな手を握りながら、私は安心して泣いたんです。


お父さんはあまり話さない人だけど、私にはわかっていました。口数は少なくても、私を大切に思ってくれていたことを。


それなのに、私は素直に「ありがとう」と言えませんでした。きっと、お母さんがいたから、私は甘えていたんだと思います。


でも、これからはちゃんと伝えます。


お父さん、今までありがとう。


そして、これからも、よろしくお願いします。


琴音——


書き終えたとき、琴音の心はすっと軽くなっていた。


翌朝、朝焼けが窓の向こうに広がっていた。淡い橙色の光が部屋をやわらかく照らしている。琴音はそっと手紙を封筒に入れ、それを持ってリビングへ向かった。


父は新聞をめくりながら、静かにコーヒーを飲んでいた。その横に立ち、琴音は深呼吸をする。


「お父さん」


そう言って、手紙を差し出した。


父は驚いた顔をしながら、それを受け取る。そして、ゆっくりと封を開け、手紙を読み始めた。


沈黙が流れる。やがて、父は小さく息をつき、視線を琴音に向けた。


「……ありがとう」


それは、今まで聞いたことのないほど、優しい声だった。


琴音は微笑みながら、父の向かいに座った。朝焼けが二人を包み込むように、やわらかく光っていた。


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