第5話 畑の作物は新たな同居者

「家主よ、父上から新たな作物が実ったぞ!」


 朝も早くから元気な声が裏口の戸を開いて入って来る。


「おー、ご苦労さん」


 入って来たのは魔王の娘マルリアンナ。

 いや、今は人間の町で暮らす為にマリアと名乗っている。


「畑の管理をするなら人に偽装する必要があるだろう」


 そう言ってマルリアンナは人間の姿に変身し、マリアとして俺の家に住む事になった。

 俺の同意を一切得ずに。


「お陰でマリアが俺の嫁みたいに思われてるんだよなぁ」


「はっはっはっ、お前みたいな貧弱な人間の嫁になる訳がないだろう!」


 そして本人もこの通りである。

 俺、結婚できるのかなぁ……


「さぁさぁ、二人共テーブルについてください。ご飯が出来ましたよ」


 そしてすっかり台所に馴染み切ったエプロンを来た聖剣が料理を運んでくる。


「おう」


「モグモグ、流石父上から実った作物は魔力の濃さが違うな!」


 イカれた感想を口走りながら満面の笑みで食べるマリア。


「っていうか父親を肥料にした料理を食って魔族的に良いのか!?」


 それ以前に家族としてさぁ。


「弱い者が強い者に喰われるのは当然だ。人間達だって獣や魔物に襲われる者はいるだろう? そして人間を喰ったであろう獣や魔物を今度は人間が喰らっている」


「うーん、確かにそう言う事もあるかもしれんけど……いやいやいや、少なくとも自分の肉親を襲った魔物を喰おうって気にはならんぞ!」


「そんな事はないぞ! 寧ろ家族を倒す程の強さを持った相手を倒して喰らう事で奪われた家族を取り戻し一つになると考えるのが魔族だ」


「そ、そうなんだー」


 魔族って怖いなぁ。


「あと魔力が濃厚で父上とか関係なく美味い!」


「やっぱシンプルに怖いわ。何で肉親が肥料になってて素直に味を楽しめるんだよ!」


「さて、腹も膨れたし、父上の草むしりをするか!」


 すっかり畑ではなく父親と呼ぶようになった、魔族の感覚って訳わかんなくて怖い。


「さぁ、そろそろあなたもお仕事に行く時間では?」


「お、おう」


「はい、これお弁当です」


「ああ、ありがとな」


「いってらっしゃーい」


 エプロンで手を拭きながら弁当を手渡してきた剣に見送られ、俺は仕事に向かう。

 町を歩いていると、町の連中の会話が聞こえてくる。


「しっかし昨日の魔族はなんだったんだろうなぁ」


 話題の内容はマリアの事のようだ。

 当然だろう、突然町に魔王の娘を名乗る魔族が現れたんだからな。


「すぐ消えちまったもんな」


「確か魔王を攫ったとか勇者とか言ってたな」


 その魔王(だった土)と勇者(が使う筈だった聖剣)がウチに居るんだよなぁ


「やっぱりアレじゃないか。この町に勇者様がいらしていて、魔王の娘を一瞬で倒したんじゃないか?」


「だよな! 俺もそう思ってたんだ!」


 町の連中が興奮した様子で勇者の存在について語り合う。

 というのもある日の朝、この町の最大の名物である聖剣が広場から消えていたからだ。

 これには町中が大騒ぎになった。


 聖剣は勇者にしか抜けない為、誰も見ていない時間に現れた勇者が聖剣を抜いたんだろうと、だがその勇者は一体どこにと勇者を求めて大騒ぎ。

 けれどどこを探しても勇者は見つからず、もう勇者は町を出て行ったと思ったところで昨日の騒ぎだ。


「何で勇者様は名乗りを上げないんだろうな?」


「そりゃあ勇者ってくらいだから、聖剣を抜きに来るような欲深い連中と違って謙虚な方なんだよ」


「だよなぁ」


 すんません、聖剣はウチでエプロン着てメシ作ったり魔王を狩ったりしてます。

 あと勇者様は俺が追い返しちまいました。


 でもそんな事が知られたら俺はこの町にはいられない。

 色んな意味で話題の人になっちまうから、この事は絶対に隠し通さないと。

 そしてあの聖剣にはとっとと礼をさせて広場に帰ってもらいたい!

 だから、もっと穏便なお礼をして帰ってくれ!


 ◆


「ただいまー」


 仕事を終えて帰って来ると、いつものお帰りという声が聞こえなかった。

 家の中も暗く誰の姿もない。


「裏の畑か?」


 畑作業でもしているのかと思ったが、裏の畑はやたらとデカイ雑草が伸びているばかりで人の気配もない。


「畑の横にバカでかい雑草があるって事は、草むしりをした後からもう生えてるのか……?」


 畑は放置された荒れ果てた土地のように太く背の高い草に覆われていて、とても朝に草むしりを下とは思えない有り様だ。

 しかし横に積まれているもっとデカい雑草を見れば、ちゃんと草むしりがされた事は疑う余地もない。


「けどここにも居ないって事はどこに行ったんだ?」


 あんな目立つ手足の生えた剣が街中を歩き回っていたらそれこそ魔族の襲来や勇者異常に大騒ぎになる筈。


「って事はもしかして、帰ってくれた!?」


「ただいま帰りました」


「帰ったぞー」


「……」


 せめて余韻に浸る時間位待ってほしかったなぁ。


「どこ行ってたんだ?」


「ちょっと夕飯の食材を獲りに行っていました」


「食材?」


 何か嫌な予感がするんだが……


「ええ、新鮮なデスフェンリルの肉が手に入りましたよ」


「デス? え? 何?」


 全然効き覚えのない、多分魔物の名前を言われて俺は首傾げる。


「冥界の門付近に暮らす魔物で、冥界に向かう罪深き罪人の魂を食べる魔物です。魂だけを食べるからお肉が柔らかいと評判なんですよ」


「そうだぞ! 凄まじい冥気を放つ恐るべき魔物でな! それをコイツはあっさりと切り捨てたんだ!」


「待て待て待て待て、冥界の門ってなんだ。さらっと冥気とか聞いたことも無い専門用語だすな」


 なんかよくわからんが、とにかく凄かったらしく、マリアは鼻息も荒く聖剣の戦い振りを身振り手振りを交えて説明するがさっぱりわからん。

 ただの一般市民に達人の剣捌きとか言われても全く想像がつかんっつーの。


「それじゃあすぐにご飯を作りますから待っててください。マリアは余った残飯を畑に埋めてきてください」


 そして俺のツッコミはスルーですか!?


「うむ、任せろ! ところで骨は貰っていいか? 良い武具になりそうだ」


「なら皮も使っていいですよ。ただ鞣す際に冥気が生身を汚染してくるので、作業をする時は気を付けてください」


「うむ!」


「汚染ってなんだ! そんなものを人に食わそうとするな! あと当たり前のように人の畑に毒みたいなもんを埋めるのもめてくれる!? ウチの畑がますます訳の分からんもので溢れそうな気がするんですけど」


「大丈夫ですよ。人間だって毒のある食材を毒抜きして食べるでしょ? それと同じですよ。あと畑も寧ろ便利になりますから」


 全然大丈夫に聞こえないんだよなぁ……

 なおデスフェンリルのステーキは滅茶苦茶美味かった。

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