第2話

 起床。昼間から自宅にいてもやることがない。夏休みの時分、学生が時間を持て余すのは必然である。

 家族のいない美羽が住むのは市内で最も多い階層を持つ超高層マンションの最上階である。一介の女子高校生が一人暮らしをするには過ぎた住まいだが、美羽に一介などという枕詞はつかない。ハンターの懐は潤沢だ。美羽は特に稼ぎが多い方であり、この程度の分譲マンションなど一週間頑張れば買えるほどだ。


 しかし、仕事がしやすいようにとこの部屋を借りたのはいいものの、やはり一人では持て余す広さであることに変わりはない。

 仕事道具の手入れは昨夜のうちに終わらせてあるし、報酬の勘定も終わっている。

 寝室のベッドで脚をバタバタさせてみても、気がまぎれることはない。


「ひまだなー」


 キングサイズベッドの広さを存分に使って転がっているうちに、思い出すことがあった。こんな時の暇つぶし用に用意していたものがあったのだ。

 美羽はベッドから跳び起きると、クローゼットから大きめのアタッシュケースを引きずって、十坪ほどのテラスに出た。テラスと言っても屋外ではない。壁と天井がガラス張りになった一室である。

 このテラスには美羽が無断で梯子を取り付けており、屋上に上れるようになっている。もちろん超高層マンションの屋上など人が出入りすることを想定された作りになっていないため、柵もなければ塔屋もない。殺風景なだだっ広い場所である。


 ケースを背負い、はしごを上る。強い日差しが焼きつけ、風が吹きすさぶこの場所で、美羽はアタッシュケースを開いた。ケースに収められているのは、H&K社製PSG‐1。長距離からの狙撃に用いられる長銃身のライフルである。

 もちろんモデルガンではない。正真正銘の実銃だ。全長は一メートル以上、重量は約七キロという代物であり、日本円にして数十万円という極めて高価な狙撃銃だが、それに見合う高い性能を誇っている。世界最高峰とまで言われるほどだ。


「よいしょっと」


 美羽は重たそうに銃を取り上げると、取り外されていた弾倉と減音器を装着し屋上の端で匍匐体勢を取った。ここから約二キロ離れた高層ビルの屋上に、狙撃用の的を立ててある。知人に頼んで配置してもらったものだ。的と言っても、それは二メートル立方の特殊なゼラチンである。

 美羽はスコープを覗こうとして、やめた。彼女の視力は常軌を逸している。二キロ程度の距離ならば、人の識別を行うことも容易であるほどに。この距離なら、スコープは彼女にとって邪魔なだけだ。


 目標のゼラチンを肉眼で狙い、トリガーを引いた。

 低減した銃声。銃床(ストック)から伝わる強烈な反動。ゼラチンの塊は刹那に震えあがり、衝撃を緩和する。ぷるぷると震え、衝撃の名残を見せる目標を満足気な顔で見る美羽。

 二発目。三発目。全て命中させると、美羽はごろんと寝返りをうって、空を見上げた。


「飽きた」


 白い肌を、日光がじりじりと焼く。


「暑いなぁ」


 呟き、美羽は部屋に戻ることにした。結局暇を潰しきれなかった美羽は、いつもと変わらぬ結論に至った。

 〝魔を狩る者デビルハンター〟達が集う詰所にして、憩いの空間。

 〝暁の機関インターガーダー〟第四十八番支部。


 この時間では人も少ないだろうが、ジェラルドがいるだけまだましだ。

 酒を飲んでいれば、時間が過ぎるのも早いだろう。

 そうと決まれば迷うことはない。美羽は制服のまま、仕事道具の入った鞄を担ぐと、バイクのキーを手に颯爽とマンションを降りるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る