第7話

 頭上に気配を感じた。強大で威圧的な感覚。見上げれば、そこに答えがあった。

 その口に二人の子供をくわえ、銀に煌めく体毛を風になびかせ、真っ白な瞳を眼下に向けて、その場所に悠々と存在していた。その体長は人間の倍以上あり、見る者を圧倒する迫力を持っていた。


 にも拘らず透夜に気付かれることなく二人の銀狼を回収したその俊敏さ。

 体の大きさから推測するに、成人した〝フェルロス〟と見て間違いないだろう。


「親玉の登場というわけだ」


 屋根の上の銀狼は透夜を見下ろしている。月を背に、感情の窺い知れない瞳がなんとも不気味だった。

 ガラスが割れるような音が鳴り、銀狼の背後の空間に亀裂が入る。空間の裂け目。魔界と人間界を繋ぐ魔門ゲートだ。銀狼は透夜に背を向けて、亀裂に飛び込んだ。銀狼は魔門ゲート共々、姿を消した。


「あれが、成長した〝フェルロス〟か」


 シノがぽつりと呟く。


「話に聞く以上に、凄みが効いてたわね」


 透夜は同意する。あの佇まいを見るだけで、奴の強さがありありと伝わってきた。透夜が〝魔を狩る者デビルハンター〟になって以来、あそこまで圧倒的な存在感を持つ者は初めてだ。


「それじゃ、帰りましょうか」


 シノがにっこりと笑顔を浮かべる。仕事が無事終わって安堵している様子だ。

 明日も学校がある。早く帰宅して休むべきだろう。


「シノ」


「え?」


 透夜はシノの背後にいる少女に目をやった。


「すぐには帰られそうもないようだ」


 ポカンとした表情でシノが振り返る。

 そこにいる少女を認めて、シノはぎょっとした。


「雨乃……」


 水凪雨乃がそこにいた。怯えているような、不安げな表情を浮かべて。


「シノちゃん……?」


 砕けたアスファルトや塀を見て、雨乃は胸に拳を当てる。


「何、してるの?」


 か細い声。子猫のような瞳が、シノに向けられている。

 どうしてこの場所が解ったのか、ということは想像に難くない。あれだけ派手に戦闘を行えば、魔感能力の高い雨乃がこの場所を探知することは容易いだろう。


 だがしかし。透夜は目を細める。シノの話によると、水凪雨乃は内気な性格で、行動力のある方ではない。そんな雨乃が、魔力を感じたからといって深夜に一人で外出するだろうか。


 シノは困った顔で助けを求めるように透夜に流し目を送ってくる。

 ふむ、と息を吐いて透夜は雨乃を見据えた。


「立ち話も何だ。どうせ支部に向かうのなら、彼女も連れていけばいい」


「そうね」


 頷くシノ。


「雨乃、もう日も明けちゃったけど、これから少し付き合ってくれない? あんたの疑問には、ちゃんと答えるから」


 雨乃はシノと透夜に交互に視線を向ける。

 困惑しているようだ。無理もない。今自分の体に起こっている異変と、この光景を目の当たりにして、落ちついていられる方が異常だ。


「こんな時間だ。無理にとは言わないが」


「えっと、その……」


 透夜の言葉に、雨乃は戸惑うような素振りを見せる。


「あの……私、行きます。帰っても、眠れそうにありませんし」


 消え入りそうな声。雨乃はちらりとシノを見た。


「だいじょーぶ。親が起きるまでには帰れるでしょうから」


「うん」


 シノの明るい笑顔に促されるように、雨乃の顔にも微笑みが浮かんだ。

 少しは、緊張もほぐれたようだった。

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