第3話

 睡眠中の雨乃が、ふと目を開いた。

 焦点の合わないまま天井を見つめて数秒後、雨乃は体が震えていることに気付いた。寒いわけでもないのに、何かを恐れるように手足が震えている。それに連なるように、えも言われぬ不安と焦燥が雨乃の中に流れ込んできた。それは言葉通り外から流れ込んでくるようだった。


 時計を見る。時刻は午前二時。こんな時間に目を覚ますなんて滅多にないことだ。一体、どうなってしまったというのか。自分の体を抱きしめる。震えは一向に止まらなかった。

 目が覚めてしまい、再び寝入ることもできない雨乃は、仕方なく身を起こした。


「え……」


 反射的に窓を見る。何かが近付いてきていると直感した。

 感じたことの無い不思議な感覚だった。五感では何も感じていないのに、遠くから接近する何かを確かに認識することができた。

 そしてそれが、得体の知れない不安と焦燥、そして全身の震えの原因であることも、何故が解ってしまった。


(なんなの……これ)


 そうなると、今度はその感覚そのものに困惑してしまう。近付いてくる不快な何かと相俟って、雨乃の鼓動は激しくなっていた。

 携帯電話の着信音が鳴った。不意を衝かれ、雨乃ははっと息を呑む。こんな時間に誰だろうか。そう思って手に取ると、画面には黒天寺シノの名。


「シノちゃん?」


 深夜の着信を不思議に思いながら通話ボタンを押す。


「もしもし」


『もしもし雨乃? ごめんね、こんな夜中に。寝てたでしょ?』


 シノの明朗な声が聞こえてくる。友人の変わらぬ声に、今まで感じていた不安がふっと消えていった。


「ううん、起きてたよ。ていうか、今起きたの」


『今?』


「風邪でもひいたのかな。体の震えが止まらなくて」


 笑いながら言葉にする。シノからの返事は無い。


「シノちゃん?」


『雨乃、調子が悪いのなら早く寝た方がいいわよ』


 気遣うような、それでいて固い口調のシノ。


「あ、うん。ありがと」


『それじゃ、おやすみ。遅くにごめんね』


「うん。おやすみなさい」


 通話が途切れる。

 ベッドに携帯を置いて、じっと壁を見つめる。そういえば、一体何の用だったのだろう。


「まあいっか」


 シノとの電話のおかげで、感じていた嫌な感覚がほんの少し和らいだ気がする。それだけで十分ありがたかった。

 ベッドに入り、天井を見る。


(シノちゃんは寝なさいって言ってたけど……)


 再び眠れる気はしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る