第39話 契約
レオルとエリオットと三人でお茶を飲みながら話をするのは、ギギーにとって特別な時間だった。時間を忘れて過ごしているうちに夜が更けていって、もうすぐふたりが自分の部屋に帰ってしまうのかと思うと、いつも名残惜しい気持ちになった。
日中はギギーの騎士として、ギギーを護衛しながら仕事の補佐をしてくれるレオル。第三王子として公務であちこちを飛び回っているエリオット。光の魔法使いとして国中の診療所を回っているギギー。三人はそれぞれに仕事で忙しく、王城を留守にすることもたびたびあった。
短時間でもいっしょに過ごせるよう、互いの時間を調整し、食事やお茶の時間を共にしていた。それでも三人全員が揃うのはなかなかにむずかしい。
「あのさ、三人でいっしょに寝たいんだけど、だめかな?」
もう少しだけ、ふたりといっしょにいたい。そんな気持ちを口にしただけのつもりだったのに、いまの言い方では少々子どもじみたお願いに聞こえたかもしれない。
ギギーの両隣に座っていたレオルとエリオットは、目を見開いて固まっている。
「あ、いや、べつにひとりで寝るのがさみしいってわけじゃなくて、もうちょっと三人でいたいなって思って、俺の部屋で眠れば朝までいっしょにいられるかな、って……」
誤解のないように弁明したはずなのに、ふたりは押し黙ったままだった。そのくせ、なにか言いたげな視線を向けてくる。
「ごめん、だめならいいんだ」
自分のベッドのほうがよく眠れるだろうし、疲れも取れるはずだ。日々、仕事で忙しいふたりの快眠を邪魔したくない。気が進まないのなら無理にお願いするつもりはなかった。
「だめとは言ってないよ」
「だめとは言ってない」
左右から同時に返事が聞こえてくる。
「ごめん。ギギーからずいぶん大胆なお誘いが来たかと思ったのに、別のお誘いだったから心配になってね……」
エリオットはなにを心配したのか、具体的には口にしなかった。
「心配? ベッドの広さなら三人でも十分だと思うよ。王子様が使うベッドに比べたら狭いかもしれないけど、すごく寝心地は良いんだよ」
ギギーの寝室にあるベッドはやたらと大きくて寝心地も良い。あまりにも大きすぎて、ひとりで寝ているとさみしくなるくらいなのだ。エリオットのベッドは見たことがないが、もっと大きくて高級なのかもしれない。
「……そういう心配じゃないんだけどね」
困ったような顔でエリオットが笑みを浮かべる。
「じゃあ、どんな心配?」
「そっちの騎士様も同じ心配をしているだろうから、訊いてみたら?」
「は? なぜ俺が……」
「レオもなにか心配なことがあるの?」
じっと見つめながら尋ねると、レオルはきつく唇を引き結び、眉間に皺を寄せた。
「……おまえは、本当に寝るだけでいいのか?」
「え、俺?」
もしかして、顔に出ていたのだろうか。
「実は、したいことあるんだ」
「…………なにをだ?」
どうしてか、レオルはこわばった顔で尋ねてきた。改めて尋ねられると、なんだか気恥ずかしくなってしまう。ふたりには時間があるときに話をしようと思っていたので、今日打ち明けるつもりはなかった。
「――ふたりと契約したい」
左右から視線を感じた。数秒間黙り込んだあと、先に口を開いたのはレオルだった。
「契約というと、光の魔法使いが専属騎士と結ぶ契約のことか? 確か、飲み物に互いの血を数滴垂らして飲むのだと聞いた覚えがある」
「うん、その契約なんだけど、俺が光の魔法使いの記録で見たのは方法が違ってて、そっちのほうが強力な契約を結べるみたいなんだ」
『契約』を結んだ光の魔法使いと騎士は、特別な力でつながることができる。騎士には守りの力が働き、魔力や身体能力などが上昇する。ふたりを守る力になるのなら、『契約』を結びたいと思っていた。
「ギギー、契約でなにをするのかわかっているの?」
いままでレオルとのやり取りを黙って聞いていたエリオットが、まじめな顔で訊いてくる。ギギーが読んだ光の魔法使いの記録は、光の魔法使いと王族のみが閲覧できる文書なので、エリオットも読んでいるはずだ。
「えっ? そ、それは……キス、だよね? その……唇を触れ合わせるだけじゃなくて、もっと……深い」
記録には、互いの唾液を摂取する必要があると書いてあった。ギギーは『契約』をしたいと言っただけなのに、まるでそういうキスをしてほしいとねだったような気分になって、余計に恥ずかしくなってしまう。
てっきり正解をもらえるかと思ったのに、エリオットに深いため息をつかれてしまった。
「キスだけじゃないよ」
「え? 違うの?」
「エリオット、どういうことだ?」
レオルに尋ねられて、エリオットはためらうそぶりを見せた。
「いずれにせよ契約で必要になるのは体液の交換だ。通常の契約では血液を使うが、それはほかの体液でも可能なんだ。最も強力な契約を行えるのは、身体を交えることによる体液の交換とされている」
身体を交える、ということばの意味を理解して、かっと顔に血が上った。エリオットが言うのだからそれが間違いだとは疑っていないが、ギギーも同じ文書を読んでいるはずなのに理解がこんなに違うのはどうしてなのか。あんなに遠回しな書き方をされたら、勘違いするひとがほかにもいるだろうに。
「ね、わかった? 別に無理をしなくても、普通の契約でいいんだよ」
頭を撫でられて、子どもを諭すような言い方をされた。
「それでも、俺は特別な契約がしたい」
「……ギギー、本当に意味がわかっているの?」
「わかってるよ」
さすがに、そこまで子どもじゃない。世間知らずは世間知らずなりに、本で知識を得ている。医療についても学んでいるのだから、子どもを成す方法くらい知っている。男同士で交わる方法も。
「ギギー、俺たちを守りたくてそう言ってくれるのはうれしいが、おまえに無理はさせたくない」
今度は、レオルに頭をなでられた。
「無理してないよ。キスしてるとき……ふたりがいつも我慢してることくらい、気づいてたよ。俺を大事にしてくれるのはうれしいけど、俺だってふたりを守りたいし、俺だって……考えたことあるんだよ」
ふたりは、ギギーのことばの続きを待ってくれている。どきどきと心臓は破裂しそうに鳴っているし、それを言うのはかなり恥ずかしい。鏡を見なくても、自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。もし引かれたらと思うと、尻込みもした。でも、これがギギーの本音だ。
「――好きなひととそういうことしたい、って」
ギギーがそう言った途端、しんと部屋が静まり返った。やっぱり引かれたかもしれない。いたたまれなくなってソファから腰を上げようとして、突然エリオットの手に顔を引き寄せられた。
「ん……っ」
ふたりきりになったときにいつも交わしているような、触れるだけのキス。それだけでは終わらず、唇のあいだに舌が入ってくる。さらに舌が歯を割って奥まで入ってきて、ギギーの舌に絡んでくる。紅茶の味だと思ったのはほんの短い時間で、舌を絡めているうちに唾液の味になった。
だんだんと身体の力が抜けていって、気持ちよさに頭がぼんやりしてくる。すがるものがほしくなってギギーがエリオットの身体にしがみつけば、さらに深く唇を合わされて、口内の舌の動きが速くなった。くちっ、くちゅ、と静かな部屋に響く粘膜の擦れる音がひどくなまめかしくて、余計に興奮を煽ってくる。
「あ……」
舌が抜けていく直前、舌先を吸われて身体が細かく震えた。腰に甘い感覚が、ずくんと響く。
余韻に浸る間もなく、今度はレオルが腰を抱き寄せてきた。最初は、ちゅ、ちゅ、と鳥がついばむようなキス。少しひんやりしたレオルの唇の温度が、徐々に上がっていくのを感じるのが好きだった。ふいに舌が口のなかへ入ってきて、激しい緩急に心臓がうるさく鳴り出す。
レオルの舌が、歯の付け根や上顎を舐め上げ、ギギーの弱い場所を探るように口内を動き回る。舌が動くたびに甘い吐息が零れて、呼吸が追いつかなくなっていく。唇が離れたときには、もうすっかり息が荒くなっていた。
「は、あ……っ」
「ギギー……」
レオルが甘い声で名前を呼んでくる。艶やかに濡れた唇から視線が離せなくなった。
「そろそろ、ギギーを返してもらっていいかな?」
剣呑な響きの声が後ろから聞こえてくる。肩を抱き寄せられて、エリオットの身体に寄りかかる体勢になった。
「返す? ギギーはおまえのものじゃない」
とげのある冷やかな声が答える。レオルの身体からひんやりとした冷気が発せられた気がした。
「きみのものでもないよね」
「俺はギギーの専属騎士だからな。ギギーと俺はこれから契約を行うが、殿下は明日も公務で忙しいだろう。どうぞご自分のベッドへお戻りを」
「新人騎士殿こそ、明日も朝から護衛だろう。さっさと寝ることをおすすめするよ」
相変わらず、このふたりは仲が悪いようで仲が良い。ちょっと嫉妬してしまうくらいに。
「あのさ、三人で……っていうのは、だめ? 俺は、ふたりとしたいんだけど」
交互にふたりの顔を見ながら言うと、ふたりは長いため息を吐き出して、「だめじゃない」とふたり同時に言った。
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