第1回 逆さまの窓

都市伝説レポート 第1回


「逆さまの窓」


取材・文: 野々宮圭介



私が初めてこの噂を耳にしたのは、都内の不動産業者との何気ない会話の中だった。


「あるマンションには、窓から見える景色が逆さまになる部屋があるんですよ」と、酒の席で語られたその言葉に、私は単なる酔っぱらいの戯言だろうと思っていた。


だが、その不動産業者・T氏は真顔で続けた。


「その部屋に住んだ人間はみな、人生が逆転するんです。上がった人もいれば落ちた人もいる。でも、みんな"逆さま"になる」


編集部に戻り、この話を調べてみると意外にも関連する情報がいくつか見つかった。SNS上の匿名掲示板、都市伝説サイトのコメント欄、さらには某大手不動産サイトのクチコミ欄にさえ、断片的な記述が残されていた。


「逆さまの窓」と呼ばれるその現象が発生するとされる場所は、JR総武線沿線の築40年を超える「朝日マンション」。私は早速、現地調査を決行した。



朝日マンションは、駅から徒歩7分ほどの住宅街に佇む古びた7階建ての建物だった。外観からは特に不思議な雰囲気は感じられない。しかし、管理人のS氏(70代・男性)は私の取材に対して興味深い反応を示した。


「5階の角部屋ですか…あぁ、あの部屋ね」


S氏の話によれば、問題の部屋は5階の一番端、502号室だという。10年ほど前から「変わった噂」が立ち始め、入居者の入れ替わりが激しくなったとのこと。


「大家さんも困ってますよ。変な噂が立つから長く住む人がいなくて。でも、実際にそういう話をする人が何人もいるんだから、全くの嘘とも言い切れないんでしょうね」


S氏の協力を得て、現在空室となっている502号室を見学することができた。部屋に足を踏み入れた瞬間、特に異変は感じなかった。南東向きの窓からは、隣のマンションと、その向こうに見える公園の一部、そして遠くに小さく東京スカイツリーが見える。ごく普通の眺めだ。


「この窓から見える景色が、時々逆さまになるんですか?」と尋ねると、S氏は肩をすくめた。


「私は見たことないですよ。でも、以前ここに住んでいた若い女性が管理事務所に飛び込んできて、『窓から見える景色が全部逆さまになっている』と泣きながら訴えたことがあります。私が彼女の部屋に行ったときには何も変わっていなかったんですがね」


元住人たちへの取材は難航した。個人情報保護の壁が厚く、多くの元住人と連絡を取ることはできなかったが、不動産業者T氏の紹介で、3年前に502号室に住んでいたという小林氏(仮名・42歳・会社員)に話を聞くことができた。


「あれは確かに"何か"がありますよ」と小林氏は語る。


「引っ越して2週間後のことです。朝、カーテンを開けたら、外の景色が全部逆さまになっていた。空が下にあって、建物が上から生えている。でも、窓を閉めれば普通に見える。頭がおかしくなったのかと思いましたよ」

小林氏によれば、その現象は約10分間続き、その後自然と元に戻ったという。不思議なことに、小林氏以外の家族(妻と娘)には異常は見えなかったとのこと。


「それから5日後、会社でリストラの通達があったんです。20年勤めた会社からの突然の解雇…人生が逆さまになった気分でした」


しかし、小林氏の話はそこで終わらない。


「でも不思議なもので、そのリストラがきっかけで長年の夢だった自分の会社を立ち上げることにしたんです。今では従業員も雇えるほどになりました。人生が逆転したという意味では、確かに"逆さま"になりましたね」



都市伝説研究家の乙羽教授に、この現象について意見を求めた。


「建築と超常現象の関係は古くから指摘されています。特定の建築様式や立地条件、気象条件などが重なると、現実と非現実の境界が曖昧になることがあるという説があります。朝日マンションの場合、近くに神社の跡地があり、かつ地下水脈が交差する場所に建っているという特徴がある。これが何らかの影響を与えている可能性は否定できません」


一方で、心理学的な解釈も可能だと乙羽教授は指摘する。


「"逆さまの窓"を見た人が人生の転機を迎えるというのは、一種の自己暗示かもしれません。不思議な体験をしたことで、無意識的に変化を求めるようになる。あるいは、変化の予兆を敏感に感じ取るようになるのかもしれません」

さらに都市工学の専門家・高松准教授は建築構造の観点から説明を試みる。


「古い建築物は経年変化によって微妙な歪みが生じます。朝日マンションの5階角部屋は、建物の中でも風や振動の影響を特に受けやすい位置にあります。特定の気象条件下では、窓ガラスが一時的にレンズのような効果を持ち、光の屈折によって像が反転して見える可能性があります」


しかし高松准教授も、「それだけでは、なぜその部屋の住人に限って人生の転機が訪れるのかは説明できない」と付け加えた。



502号室の「逆さまの窓」現象と、その後の「人生の逆転」は、単なる偶然の一致なのか、それとも何か超常的な因果関係があるのか。科学的な説明を試みる声がある一方で、複数の証言者がいることも事実だ。


現在、この部屋は再び入居者を募集している。家賃は周辺相場よりやや安く設定されているが、噂を知る地元民からは敬遠されているという。


私自身、調査期間中に「逆さまの窓」現象を目撃することはなかった。ただ、502号室の窓から景色を眺めていると、ふとした瞬間に目の端で何かが反転したように感じたことは否定できない。それが単なる疲れた目の錯覚なのか、それとも「何か」の片鱗だったのか――。


都市の片隅に潜む不思議な現象の真偽は、読者の皆さまの判断にお任せしたい。しかし、もし機会があれば、JR総武線沿いの古びたマンションの5階角部屋から見える景色が、本当に「逆さま」になることがあるのかどうか、ぜひ自分の目で確かめてみてはいかがだろうか。


ただし、その後に訪れるかもしれない「人生の逆転」に、心の準備はしておくことをお勧めする。


(了)



*本誌では読者の皆様からの都市伝説情報を募集しています。身近な不思議体験がありましたら、編集部までお寄せください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る