第25話 秋の風
二週間後。
今日はテオがヴィントの家に行っている。
テオが出かけている間に雑用を済ませておこうと、ウィルはバディと買い物へ行き帰ってきた。
買ってきた物を片付けているとテオが帰ってきた。いつもより早い。
しかも、今にも泣き出しそうな顔をしている。いや、もうすでに泣き終え目を腫らしている。
テオは腰掛けたまま何も話さない。バディが察してテオにすり寄る。
ウィルはハーブティーを入れて向かいに座った。
テオはハーブティーをひとくち飲むと、
「ヴィントが亡くなった……」
声を絞り出すように言った。そして、少しずつ話し始めた。
親から聞いた話によると、ルシフェリオ山へ登った日、ヴィントは朝からとても調子が良かった。帰ってきてからも、日が暮れるまで山でのことを楽しそうに話していた。
しかし、4、5日ほどたったころからしだいに容体が悪くなり、そのまま回復することなく昨日亡くなった。
「山に行きたいっていうのを僕がみんなに相談したせいで……」
「たぶん、もう先は長くないとわかっていたんだろう。お前のせいじゃない」
最後に、兄にわがままを言いたかったのだろう。兄の冒険者としての姿を見たかったのだろう。
「最後の思い出づくりを手伝うことができたんだ。自分のやったことを誇りに思え」
ウィルはテオの頭をなでた。
秋の風が窓をたたく。テオが窓の外を見た。別れを告げに来たヴィントがたたいていると思ったのだろうか。
ウィルも外を見るが、見慣れた殺風景な景色があるだけだった。
静まり返った部屋。薄汚れた壁。二人の前にあるちぐはぐのカップは、あの日から変わることなくいつものように並んでいる。
◇
ヴィントの葬儀は親族のみでしめやかに行われた。
葬儀が終わって数日後、ロアとテオはヴィントの両親とゲイルにあいさつするため家へと行った。
母親は「こうなることは覚悟していたから大丈夫」と口では言ったものの、少しやつれたように見えた。いくら子どもの死を覚悟していたとはいえ、ロアにはそのショックの大きさを計り知ることはできない。
気丈に応対してくれたことが逆につらさを感じさせた。
火葬された遺灰の半分は庭へ散灰し、スピノサスモモの木が植えられた。花言葉は「希望」と「勇気」だ。残りはゲイルが十二の翼から散灰したらしい。
ヴィントの部屋に行くと、いつか見たときと同じようにゲイルがベッドの脇に立っていた。しかし、ベッドには整えられた布団があるだけで誰もいない。ヴィントが亡くなった後、母親がベッドメイクをしたのだろうか。
「いろいろと世話になったな」
ゲイルはうつむきがちに言った。
「ううん。僕こそ、ぜんぜん力になれなくて……」
「ヴィントが亡くなってからいろいろと考えるんだ。ヴィントの病気が良くならなかったのはオレのせいかもしれないって」
「自分を責める必要はないのよ」
ロアは、半分はゲイルに、半分は自分に言い聞かせるように言った。ロア自身も力になれなかったことが悔やまれ、自分を責めてしまいそうだった。
「いや。オレの心が弱いからだ。オレのほうが病気は治らないと思ってしまっていた。それがヴィントにも伝わって病気と闘えなくしてしまったんじゃないか」
「僕も何度も不安になった。こっちが不安になっちゃダメだってロアに言われた。でも、そんな簡単に強くなんてなれない」
テオもまだヴィントが亡くなったショックから完全には立ち直っていないようだ。
「お前は自分の弱さを受け入れられるんだな。オレは自分の心が弱いことを認めたくなかった。それはヴィントの病気を認めたくなかったということだ。病気だと認めたら、治らないことを認めたことになり、死ぬのを認めることになると思った」
ゲイルはベッドに目を落とす。
「結局、病気から逃げていたのはオレだったんだ。ヴィントは泣き言も言わず、弱音も吐かず病気と真正面から闘ったんだ」
ゲイルは窓辺へ行くと、窓から見えるルシフェリオ山を見ながら十二の翼での思い出を話し始めた。
十二の翼のすぐ前へ着くとゲイルはヴィントをおろし、手をつなぎ一歩一歩確かめるように中ほどまで進んだ。ゲイルは、秋の乾いた風が体の中を通り抜け心と体が透き通ってきれいになっていくような気がした。
「町があんなに小さく見えるね。都会もあんなに小さい。海も空もこんなに広くておっきいんだね」
ヴィントは目を輝かせて言った。
「そうだな。世界は広いな」
「僕は生まれ変わったら風になるんだ。太陽が父さんで大地が母さんなんだよ。風になって世界中を見て回るんだ。この町にも、この山にも、絶対に寄るからね」
「おまえの病気はすぐ治る。そしたら、俺と一緒に世界中を回るぞ」
「……うん」
「おまえはこの先もずっと生きるんだ。おじいさんになるまでな」
「……」
「本当はおまえのことを尊敬しているし、誇りに思ってる。病気に立ち向かう姿を見て、オレより勇気があると思ってた。オレならとっくに諦めて病気に立ち向かえない」
「僕も兄さんが町で一番の冒険者だと思ってる。僕の願いをかなえてくれるのは兄さんしかいない。ほんとにありがとう」
ゲイルは窓の外を向いたまま話し終えた。
「すてきな思い出ね。ヴィントにとって一番の宝物になったんでしょね」
「うん。ヴィントが亡くなるとき言ったんだ、ありがとうって。最後のわがままを聞いてくれて、山に連れて行ってくれてありがとうって……」
ゲイルの声が少しふるえて聞こえた。
「……ありがとう。あの疫病神……いやウィルにも、そう伝えておいてくれ」
ゲイルは外を見たまま言った。
ロアとテオも礼を言い部屋を出た。
ゲイルはルシフェリオ山を見たまま振り向くことはなかった。
◇
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