第14話 オッドアイ
木々の緑が緑が深くなり、日増しに暑さが増してきた初夏の日。
テオの剣の稽古を終えギルドへ来たウィル。やはりまだあの依頼は残っていた。迷うことなく依頼の紙を取る。
薬草採取の仕事と一緒に、オッドアイのゴブリン退治の依頼も受付に出した。
「申し訳ございません。こちらの依頼はシルバーランクでないと受けられません」
女性職員の言葉遣いは丁寧だが、感情はなく事務的だ。
「ゴブリン退治なら、ブロンズランクでもできるはずだ」
「この件に関しましては強さが未知数ですので、シルバーランク以上になっております」
「シルバーランク以上のヤツらはゴブリン退治などやらない」
ウィルは少し意地になって言い返す。
「依頼が出ていれば、被害が出る前に誰かがやるはずです」
「誰かに被害が出るのを待っているんだ。ヤツらはそうやって賞金が上がるのを待っているんだ。あんたらは手をこまねいて被害者が出るのを待っているのか?」
「被害者を出さないために適格なランクの決定をしております。それに加え、すべての依頼はギルド長の最終確認のもと決定しております」
「……わかった。そっちの薬草採取だけでいい」
言い返す言葉がなくなったウィルは、あっさりと引き下がった。
「それでは、こちらの薬草採取のみで手続きをいたします」
「確認だが、他の依頼をやっている最中にオッドアイのゴブリンを見かけたり、巣を見つけたりしたら、ランクに関係なく情報提供料が出るんだよな」
「はい、そのとおりです。冒険者のランクにかかわらず、情報の重要度に応じて報酬が支払われます」
「あと、もうひとつ。これについて聞きたいのだが――」
依頼の手続きを終えたウィルは足早に出口へ向かう。
ギルドにいる冒険者たちが、ウィルに聞こえるように会話をしだした。
「ブロンズの分際で、シルバーの仕事に手をつけようとするヤツがいるみてーだな」
「この間の一件で調子こいてるんだろ」
「ゴブリン相手になぶり殺されてるのを見に行くのもいいかもな」
「酒のつまみになりそうだ」
下品な嘲笑をあびながらウィルは無言でギルドを出た。
翌日。
午前にテオの剣の稽古を終えたウィルは、薬草採取の準備を整える。
「午後からでかけるの?」
「ああ。今日は少し遅くなるかもしれない。しっかり勉強しておけよ」
「うん、わかった。畑もちょっとやっておくね」
「頼んだぞ」
早めに昼食を済ませたウィルは西の森へ向かった。
薬草採取を手早くこなしながら森の奥へと進んでいく。ひととおり薬草を採取し終え、小さな小屋のある場所まで来た。冒険者が避難や休憩などに使うために設置されたものだが、上位ランクの冒険者が利用することはない。森で休憩しなければいけないような上位ランクの依頼など滅多にないからだ。
粉にしたブラックオニキスで五芒星の魔方陣を描いた板がドアに貼られている。モンスターが近寄らないようにするための結界だ。
中に入ると一台のテーブルと四脚の椅子があるだけだ。それ以外には何もない殺風景な部屋だ。
ウィルはバックパックの中からバックラーがついた手先具を取り出し、付け替える。準備が整うと荷物を置いたまま外に出る。
日は少しずつ傾いてきているが、夕方にはまだ早い。森の奥へと入っていく。この先の小川沿いにある大きな木を拠点にして探索をする計画だ。
ウィルはこれまでの経験から森には詳しいという自負があり、ターゲットのゴブリンを見つけられる自信があった。
オッドアイのゴブリンが単独で行動しているところを何度も発見されているということは、斥候や歩哨として活動しているのではないかと予想している。
定期的な出現ルートがわかるかもしれないし、あわよくば巣を発見できる。情報提供料がもらえるだけでも生活の足しになる。基本は群れで行動するゴブリンを相手に、単独で無理に倒そうとは思っていない。
獣道をしばらく進むと大きな木が見えてきた。目標の場所だ。少しずつ日が暮れ始めてきた。ゴブリンは夜行性なので、まだ活動を始めるには早い。ここで張り込みをしながら時間をつぶすことにした。
ウィルが木の根元に腰掛けようとすると、楕円形の跡があるのを見つけた。動物か何かがここを寝床にでもしていたようだ。触ってみると少しだけ温かい。
まだそれほど遠くには行っていないかもしれない。予定を変え、正体を確かめるため近くを探索してみることにした。
少し進んだところに森の中を横切る小川があるので、野生動物なら水を飲みに来ている可能性もある。
小川が見えるところまで行くと浅瀬に二本足で立つ影が見えた。ウィルは身をかがめて慎重に進む。姿がはっきりみえた。よくいる小型のゴブリンだ。
ウィルは身をかがめたまま、ゴブリンの顔が見える位置まで回り込む。ゴブリンは中腰の姿勢で川の中を覗き込むようにして顔を下にしており、顔が見えない。
ゴブリンは魚が好物なので食料をとりに来ているのだろうか。食料さえ安定していればむやみに人間を襲いに来ることはない。人間を襲うのはゴブリンにとってもリスクがあるからだ。
とはいえ、こんな時間に単独でいるのは珍しい。
ウィルは息を潜め粘り強く茂みの隙間から様子をうかがう。
ゴブリンが中腰の姿勢から上体を起こした。ウィルは息をのんだ。ゴブリンの右目は普通の赤色だが、左目が青色に光っている。ターゲットのゴブリンだ。
情報料のために探そうと思ってはいたが、こんなに早く見つかるのはラッキーだとウィルは思った。
しかし、不自然にも感じた。食料をとりに来たのであれば他にも仲間がいるはずだし、斥候であれば川で食料をとる必要はない。
何よりもまず、洞窟などの巣から来たにしては時間帯が早い。巣から来たというより初めからここにいたように思えた。あの木の根元を寝床にしていたのではないかと推測できる。
オッドアイのゴブリンが小川の向こう岸に上がると、どこかへと向かって歩き出した。ウィルは小川の天然の飛び石を素早く渡ると尾行を開始した。
オッドアイが洞窟の前で立ち止まった。洞窟の前をウロウロしてから入っていく。どうやらここが巣のようだ。
これ以上、深入りしない方がいいとウィルは早々に判断した。ゴブリンの巣に単独で乗り込むのは危険だ。今回の目的は、倒すことではなく情報収集であり、生息域と巣を特定できただけで十分な成果だ。
ウィルはゴブリンが本格的に活動を始める前に戻ろうと思い踵を返す。すると、洞窟から音が聞こえてきた。何事かと思い茂みに隠れ様子をうかがう。
洞窟からオッドアイが走って出てきた。その後ろから、中型のゴブリンが三体出てきた。
立ち止まって振り返るオッドアイと三体の間には微妙な距離がある。オッドアイが何かを訴えるようにしゃべると、三体のうちの中央に立っていたゴブリンが両手をあげてオッドアイを威嚇した。
仲違いでもしたのかとウィルはいぶかしむ。
三体のゴブリンはオッドアイの顔を指差し、何か怒っているようだ。オッドアイも何かを訴えている。お互いが一方的にしゃべっており、会話になっていないように見える。
しまいには、三体がオッドアイに殴りかかった。オッドアイは頭を抱えた状態で何発も殴られる。耐えかねたのか、叫びながら両手を勢いよく前に突き出した。すると、三体のゴブリンが後ろに飛んで尻もちをついた。
ウィルには、何か見えない力で弾き飛ばされたように見えた。三体のゴブリンは腰をついたままぼうぜんとしている。
その隙にオッドアイは逃げるように走っていった。三体ともオッドアイを追いかけようとはしない。
何が起こったのかわからないが、ウィルは状況を整理しながらオッドアイを見失わないよう追いかける。
勝手な想像だが、ゴブリンの仲間内で目がオッドアイであることを気持ち悪がられ、群れを追い出されたのではないかとウィルは検討をつけた。
群れではなく単独で行動しているところを発見されたという情報は、群れから追い出されて単独で行動するしかなかった、ということではないか。
もしそうだとすると、ゴブリンの社会でも仲間外れやいじめのようなものがあることになる。
しかし、ウィルは同情もしなければ見逃しもしない。群れからはぐれて生きていかなければいけないからといって、弱い人間が襲われる危険性を放っておく訳にはいかない。相手が単独行動であれば勝機はある。
ウィルはオッドアイとの距離をいっきに縮め、剣を抜く。
少し開けたところでオッドアイが急に立ち止まった。ウィルはチャンスだと思い、そのままの勢いで飛びかかり剣を振り下ろした。しかし、横っ跳びでよけられた。どうやら後をつけていたのに気づかれていたようだ。
ウィルがオッドアイのほうを見ると目が合った。敵の目から恐怖を感じ取った。明らかに相手が自分のことを恐れていると。
ウィルは間髪入れずに駆け込む。オッドアイが目をつぶって両手を前に突き出した。剣の射程まであと一歩というところで、ウィルの全身に衝撃波が襲い後ろに弾き飛ばされた。
尻もちをついたウィルは何が起きたのかわからず、すぐには立てずに敵の方を見る。オッドアイも何が起きたかわかっていないような表情をしている。
ウィルは気を入れ直して立ちあがる。剣を構えながらオッドアイの横へ回り込むように移動する。
落ち着いて状況を整理する。先ほどの衝撃波は、三体のゴブリンを弾き飛ばしたものと同じものだと思われる。しかし、自在に使っているようには見えない。もしかしたら、力を使いこなせていないというより、力があることを理解していないのかもしれない。
このまま放っておいたら、いつか力を使いこなせるようになり、積極的に人間を襲うようになるだろう。それだけでなく、群れを従えるようになったら被害は計り知れない。今のうちに倒しておかなければならない。
ウィルは倒すことを決心し剣を構え直す。オッドアイが背を向けて逃げ出した。ウィルは慌てず追いかける。すぐそこは小川だ。あまり遠くには逃げられないはずだ。
案の定、オッドアイは小川の手前で立ち止まった。ウィルはオッドアイの衝撃波を警戒しながらじっくり間合いを詰めていく。
数メートルまで近づいたところで止まり、相手を威嚇するため鋭くにらみながら大きく一歩踏み出し、わざと大きな音をたてた。オッドアイはおじけづいたのか、腰が砕けたかのように尻もちをついた。そして、手元にあった石をウィルに向かって投げてきた。
ウィルは冷静に石をかわしながら進む。まるでテオの剣をかわしているようだと思った。いや、テオ以下だ。あまりにも稚拙だ。
手元の石をつかみ損ねたオッドアイが、焦ったように両手を突き出して叫び声をあげた。ウィルはすかさず盾を構え両足を踏ん張る。衝撃波がウィルの全身を襲う。じりじりと半歩分ほど押し戻されたが何とか耐えた。
ウィルが防御の構えを解くと、オッドアイが破れかぶれで突進してきた。ウィルはとっさに身をかわし、オッドアイの足を引っかけた。バランスを崩したオッドアイはぬかるみに倒れ込んだ。
ウィルは剣を逆手に持ち替え、一気に勝負をつけようと駆け込みジャンプする。
オッドアイがあおむけになり、泥で汚れ恐怖に引きつった顔がウィルの目に映った。ウィルはためらうことなく、着地の勢いを利用してオッドアイの心臓を一突きした。
オッドアイは二、三度けいれんしたあと動かなくなった。
ウィルは、あっけなく倒されたオッドアイの首を切り落とした。耳の部分をつかみ、切断面から血が垂れているのも気にせず小屋へと戻る。
手先具を曲鉤につけかえ、オッドアイの生首を予備の麻袋に入れた。生首の入った袋を曲鉤に引っ掛け町へと戻る。
さまざまな思いがウィルの頭の中を駆け巡った。
見捨てたヒナ、オッドアイのゴブリン。どちらの顔も泥にまみれ、目は光を放っていた。オークの目は死ぬ瞬間まで怒りに満ちていた。
町の人たちが言うように、自分には地獄の使者として他人の死を選択する権利があるのだろうか。
もしそうだとするのならば、アンナとテオの父親は自分のせいで死んだのではないか。自分が殺したのではないか。
人を殺す権限なんて誰にもないことなど頭ではわかっているが、自分がその権限を呪いによって与えられている気がしてならなかった。
ギルドに入ったウィルは、止まることなく受付カウンターへ向かう。
「これで満足か」
ウィルは一言だけ言うと、血の付いた麻袋をカウンターに置き、破いて中を見せた。
あらわになった袋の中身を見た女性職員が、後ろに飛び退きながら甲高い声で叫んだ。何事かと他の職員たちが見に来た。光を失ったオッドアイの目がギルドの職員たちを見つめていた。
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