第10話 加速する恋心
――翌日、委員会会議の開始前。
私は手作りマドレーヌを役員生徒に手渡していく。
新汰先輩の前につくと、少し上がり気味に息を飲んだ。
「昨日はありがとうございました。先輩は風邪を引いてないですか? 肩が濡れていたので心配してました」
昨日土砂降りだった気分は、先輩のおかげですっかり晴れ模様に。
恋って意外に単純なんだね。
「大丈夫だよ。それより、どうして毎回お菓子を配るの? 30人分近くもあって大変じゃない?」
「全然ですよ! 美味しそうに食べてる人の顔を見るのが好きだから」
にこりと微笑み手提げからマドレーヌを差し出すと、彼は受け取った。
「将来の夢はパティシエ?」
「いえ。実は父親が日本料理店を営んでいるので、跡を継ごうかと思っていて」
「じゃあ、花咲さんは父親の料理センスを受け継いだんだね。元気になるというか……、不思議とまた食べたくなる味だから」
「え……。私なんて、ぜんっぜん大したことないですよ! 教科書はYouTubeだし」
「そう思えないほど上出来だよ? おしゃれなラッピングも女子力高いしね」
ただですら緊張してるのに、褒め続けられたせいか顔面から蒸気が吹き出しそうになる。
「あ、あの……。良かったらお土産にもう1つどうですか?」
「えっ、いいの?」
「実は欠席した人の分が余っちゃってて。残してもしょうがないし」
「ありがとう。じゃあ、遠慮なく」
私は手提げからもう一つのマドレーヌを取り出して手渡した。
誰か……。恋心の封印の仕方を教えてください。
じゃないと、恋にケジメがつかなくなりそうだから。
――会議は始まり、後夜祭の話題に。
まだ出し物が決まってないので、今日は原案を寄せ集めることになっている。
文化祭は9月上旬。
自身は急遽参加できなくなってしまったので、昨晩案を練ってきた。
「ミニ立食パーティーはどうですか? パンケーキにトッピングすれば低コストで多くの人に食べてもらえるし」
挙手をした後にそう提案した。
すると、二つ隣の席から声が届く。
「パンケーキだと、生徒の人数が多いぶん手間がかかるんじゃない?」
「サイズを小さくしてみるのはどうでしょうか。たこ焼き器を使えば均等な大きさになるし。実行委員が交代しながら作っていけば、夕方にはかなりの数ができると思うんです。あとは、冷凍食品の唐揚げや春巻きやポテトを揚げたり。小麦アレルギーがある人にはおにぎりで代用するとか」
「それ名案! たこ焼きサイズなら見栄えがよくてパーティーっぽいもんね」
「さすが花咲さん! スイーツに目がないね!」
「えへっ、バレちゃいました?」
「あははは!!」
会議は和やかな雰囲気のまま終わりを迎える。
私の案が採用されたので、居残りしてレポート用紙に原案を書いていた。
――1時間ほど過ぎた頃。
個包装のハートのチョコレートが筆箱の横にスッと置かれる。振り返ると、そこには新汰先輩の姿があった。
「お疲れ。まだそれを書いてたんだ」
「どうしても今日中に仕上げたくて。先輩こそまだ残ってたんですね」
「部活の方に顔を出してたからね」
「そうだったんですね」
戻ってきたということは、私のことを少し気にかけてくれたのかな。……なんて期待しちゃったりして。
「僕も手伝おうか? 分担すれば早く終わるだろうし」
「大丈夫です! もう終わりますから。それより、先輩はどんなお菓子が好きですか?」
「えっ、どういうこと?」
「ああああ……っと、深い意味はないです!! ただ、毎週作ってるからネタが尽きちゃって……」
というのは口実。また先輩の笑顔を近くで見たいだけ。
夏休みにはこの地を去るから早く諦めなきゃいけないのに。……欲張りだよね。
「ワッフルかな?」
「じゃあ、次回作ってきますね!」
「いいの?」
「ワッフルって、実は結構簡単なんですよ」
「楽しみにしてるね」
先輩と距離が縮まる度に一喜一憂している。
もう少しだけ……、もう少しだけこのままでいさせてくださいと神様に祈りながら、彼の一語一句を耳の奥にしまっていく。
この一瞬が1秒たりとも後悔しないように、二人の思い出を胸に刻んでいった。
――ところが後日、そんな私に転機が訪れる。
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