魔力欠乏反逆譚──魔力を持たない私が特進科に一太刀浴びせるまでの二か月間

幼縁会

第一章──入学騒動編

第1話

 誰もが知ってる当たり前の話。

 世界の軍事力は魔力を持った剣士、魔剣士の数と質で決まる。

 魔剣士の実力とは剣術と魔術、魔力の複合。

 つまり、魔力を持たない私の価値は──



「おい、ゴミ。そこ退けよ」


 エインフェリア魔術学園正門。

 赤煉瓦で彩られた栄光の道、晴れやかな入学式の光景に暗い陰が差し込む。

 一人は学生とは思い難き巨漢。

 筋骨隆々な体躯は身体が資本の魔剣士としては破格の代物で、鋭く細められる青の瞳も金髪の角刈りと相まって他を寄せつけぬ威圧感を与える。

 対して彼の入学を阻み、校舎の側に立つは二人。


「人様にぶつかっといてゴミ呼ばわりなんて、ミ皇の人間が頭を下げるのは斬首される時だけなの?」

「い、いいってレッドちゃん……!」


 背後に回った三つ編みの少女を庇って巨漢に真っ向から立ち向かい、薄紫の眼光を吊り上げた少女。レッドと呼ばれた彼女の容姿は異様であった。

 燃え上がる赤髪を短めのツーサイドアップに纏めた小柄な体躯は子供らしく、巨漢と比べるべくもない。腰に携えた剣も男が背負う大剣とは比較にならず、サイズのやや大きい学生服も着られているという印象を他者に与える。

 だが、小柄な見目など些細な点に過ぎない。


「あぁん? テメェ、俺を誰だと思ってんだ。気持ちわりぃ面しやがって」


 異質な点とは、巨漢が乏した少女の顔立ち。

 単純に容姿が優れていない、という訳でもない。むしろ初雪を思わせる白肌や整った顔のパーツ達は、笑顔の一つでも見せれば争いごとを避けて校舎を急ぐ生徒達の何割かを悩殺するに違いない。

 右目を中心に広がる、悍ましい火傷痕さえ除けば。


「今なんて言った?」


 レッドの声音に絶冷の念が乗る。

 漏れ出る冷気に気づかないのか、もしくは寒冷地の出身故に慣れたものなのか。

 巨漢は意気揚々と言葉を続ける。


「満足するまで言ってやるよ、気持ちわりぃ面だって。

 左右で全く違うじゃねぇか、バケモンがよ。あぁ、そうだな。バケモンが学園にする前に退治するのも、俺の務めってもんかもなぁ?」


 言い、巨漢は背負った大剣の柄に手を伸ばすと白刃を陽光の下に晒した。


「コイツはテリブラル家に代々伝わる宝剣の一つだ。分かるかバケモン、テメェが誰に喧嘩売ったのかよぉ?!」


 威圧的に荒げた語気は突き出された切先と共に、レッドよりも背後に回った少女の恐怖心を煽った。

 抜剣して挑発してきた以上、最早巨漢が有する激情は敵意などと生温い次元の話ではない。相手を確実に抹殺するという情念──殺意が刃を通して小柄な少女へ叩きつけられる。


「れ、レッドちゃん今すぐ謝ろッ。あの人本気だよ、死んじゃうよッ」

「謝る? ふざけたこと言わないで、オズ。あの図体だけの馬鹿がアナタにぶつかってきたんじゃない。

 謝るのは当然──!」

「レッドちゃん!」


 オズの悲鳴染みた叫びを他所に、レッドもまた腰に携えた剣を引き抜く。

 片刃の刀身に柄の部分に楕円状の輪を取りつけ、鋏の片割れを連想させる得物。印象通り名は人断ち鋏、見目にこそ工夫があるものの巨漢が握る宝剣とは由来も質も比べるべくもない凡剣の一つである。

 しかして、剣の逸話など勝敗を決める一要因に過ぎない。

 まして薄紫の眼光を剣と同様に研ぎ澄ました少女にとって、二度と理不尽に屈するつもりはなかった。


「そっちでしょッ。

 私はレッド・S・フードカット、ルイキャロス……共和国所属よ。戦の作法くらい知ってんでしょう、雑魚?!」

「ッ……俺はランケン・ミハイブルク・テリブラル、誇り高きミハイル皇派連邦国が皇帝直系の血筋を持つ者ッ。あの世でテメェの家族も待ってんじゃねぇのか、あぁ?!」


 苛烈な言葉の応酬は引き際を知らず、和解の芽を自ら摘み取っていく。

 同時に巨漢の有する威圧感が加速度的に上昇していった。

 滾る闘争本望が魔力という形を以って全身を駆け巡り、肉体を超人のものへと作り変える。彼の恵まれた体躯は筋骨隆々な肉体のみならず、目に見えぬ潜在的な要素も他を圧倒していた。

 一方で。


「……家族のことにまで触れたわね、端流の血如きが」


 腰を低く落とし、剣を構えたレッドは巨漢と反比例するように平常のまま。言葉のボルテージをいくら上昇させようとも、肝心の肉体は凡人を維持していた。

 どころか、背後で足腰を恐怖で揺らす少女の方が耐えるためとはいえ、魔力を行使している始末。

 臨戦態勢には程遠く、故に遠巻きから彼らのやり取りを見学していた面々は薄々と理解する。

 彼女は弱き者、エインフェリアの門を潜れた理由すらも見当がつかない劣等生であると。


「ぶっ殺すッ」


 極大の殺意を放ち、先んじてレッドが動く。

 身を低く落とし、巨漢へ突撃する速度は一夕一朝のものにあらず。己が肉体を一つの飛翔体へと置換した俊敏性は、意表を突くには適した差異を感じさせる。

 が、あくまで感じさせるに留まった。


「んだよ。そのとろっちい速度は、よ!」

「ガッ……!」


 巨漢は無造作に大剣を振り下ろす。

 剣術も何もない、単なる乱暴な所作。

 力と魔力に依存した強引な手つきが、迫るレッドを足元の煉瓦諸共に弾き飛ばす。

 宙を舞う少女は激痛が身体を支配する中、辛うじて開いた目で追撃の白刃を認めた。一太刀で胴体が生き別れると確信する一撃を甘んじて受ける訳もなく、咄嗟に人断ち鋏を挟み込み直撃を回避。

 だが、支えのない空中で小柄な体躯はピンボールにも等しい。

 吹き飛ぶ肉体が煉瓦を跳ね回り、接触する度に新調した学生服に傷がつけ足されていった。


「が、ハッ……コイ、ツ……!」


 漸く静止した頃には、レッドの全身からは血が際限なく溢れ出ていた。

 戦意こそなおも持ち備え、柄を握る手にも力が宿っている。

 が、付随すべき肉体が悲鳴を上げ、動けという脳の指示に対してストライキを引き起こした。

 乱雑な、剣技とすら呼べない無造作な二合で。


「オイオイ、威勢がいいのは言葉だけかよ」


 迫るランケンの嘲笑に奥歯を噛み締め、薄紫の眼光だけは切先よろしく研ぎ澄まされる。が、力の込め方を忘れたのかとばかりに、身体はいうことを聞かない。

 故に大剣の切先は躊躇いなく、レッドの真上に突きつけられた。


「最後のチャンスだ、立てついてすみませんでしたって言えば許してやるよ」

「レッドちゃんッ。止めて下さい!」

「テメェはすっこんでろ!」

「ヒッ……!」


 勇気を出したオズも早々に腰を抜かし、ランケンの暴挙を止める術は存在しない。

 だが、レッドからすれば理不尽に頭を下げるのは己が命と比較しても許し難い行為。

 だからこそ、彼の顔に付着した不快な付着音こそが彼女の答えであった。


「箔も何もない、アンタも……これで少しは、マシになる、でしょ……」


 血反吐交じりの唾液が、男の顔から滴る。整っているとは言い難いランケンの顔を更に汚す液体を一目すれば、レッドも多少は鬱憤が紛れた。

 一方で死に損ないを煽って上機嫌だった男は、表情から一切の感情を切り落とす。

 もしかしたら、周囲からの隠し切れぬ苦笑が鼓膜を刺激していたのも関係あるかもしれない。


「……そうか、じゃあ死ね」


 ランケンは躊躇なく、大剣の切先を少女へ下ろした。

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