第15話 目が覚めて
「おい、大丈夫か」
その声で目を覚ます。
気が付いた夕子は、倒れかかっているところをやまもとに支えられている状態だった。
じっとりと汗をかき、視界はひどくぼやけている。
目頭を拭うと手にじわりと涙が滲んだ。
「無茶しおってからに……立てるか?」
「……うん、ありがとう」
やまもとはゆっくりと手を離す。
夕子はそっと息を吐き、目の前に佇む妖……お冬を見る。
「お冬さんは……ただ帰りたかっただけなんだよ、たった一人の家族のもとに」
その脳裏には、記憶の中で見たお冬と氷介のことが駆け巡っていた。
善蓮教の手によって愛する我が子と引き裂かれてしまった母。
再び息子のもとへと帰りたい……その執念が怨妖としての生を実らせ、“帰す妖術”を制御しきれずに“帰される道”を生み出してしまった。
「――それで……祓うことはできるのかしら?お若い妖術師さん?」
振り返るとそこには、猫を抱えた依頼主の女がいた。
夕子は無意識のうちに女の手へ視線を向けた。
しかし……やはりそこには白い手袋がつけられているのみだった。
「祓うことは出来ます。でも、そのためにはあなたの協力が必要です」
女は少し、目を細める。
「私の協力……?何かしら?」
「ご主人に……氷介さんに会わせてください」
夕子がそう言うと、女は明らかに嫌悪の表情を浮かべた。
「なぜ主人に会う必要があるのかしら?ここまで妖に近づけているのだからさっさと祓えばいいじゃないの」
そしてやまもとの腰に差さっている刀をちらと見た。
「その刀はお飾りなのかしら?」
「お冬さんは理不尽な死を迎えた。とても理不尽な……だから、最期くらいは安らかに祓ってあげたいんです」
夕子は必死に訴えるが、女は溜息交じりに吐き捨てる。
「妖術師が妖に情をかけるなんておかしな話ね……別の妖術師に頼もうかしら?」
すると、今まで黙っていたやまもとが口を開く。
「それも構わんが……“帰す妖術”を打ち破りここまで妖に近づけたのはお嬢の“寄り添う妖術”があったからだ。並の妖術師では近づけまい」
「だからあなたが祓えばいいじゃないのよ!その刀で!」
「私はあくまでも用心棒に過ぎない。荒事以外はお嬢の役目だ」
それを聞いた女は怨めしそうに親指の爪を噛み始めた。
手袋をしているのも構わずに。
そして夕子に目を向ける。
「……主人に会えば、必ず祓えるのね?」
「はい、必ず祓います」
少しの静寂が訪れる。
女が随分と悩んでいると、その腕に抱いていた猫が鳴き声を上げた。
猫の頭をひと撫でして口を開く。
「……よござんす、会わせましょう」
納得のいっていない顔でそう言った。
返事を聞いた夕子の顔は少し和らぐ。
「ありがとうございます」
彼女は誠心誠意頭を下げた。
それからお冬の方へと向き直る。
「お冬さん、私ならあなたを氷介さんのもとへ帰すことが出来ます。どうか、私と一緒に来ていただけませんか?」
すると、それまでぼそぼそと呟いていた妖はしんと静まり顔を上げる。
そして夕子の顔を見た後、何も言わずに深々と頭を下げる。
その瞬間、妖の体は茜色の光に包まれると光の球へと姿を変える。
それはふわふわと夕子へと近づいて彼女の体へと溶け込んでいった。
夕子は静かに目を閉じ、そしてゆっくりと開く。
少し深呼吸をした後、依頼主の方へ振り返った。
「それでは案内をお願いします」
こうして三人は氷介のいる双原町へと向かうのであった。
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