第4話 計り知れない罪

「……おい、こいつクソ弱ぇじゃねぇか」


 貫田かんだは右足で“むしばみのあやかし”を押さえつけ、夕子とやまもとに言葉を投げる。


 女の子から飛び出た後、妖は弱そうな夕子を見つけると一目散に襲い掛かったのだ。

 しかし貫田がすかさず槍で殴打するとあっさり撃沈。

 これが顛末てんまつである。


 妖は貫田に踏みつけられたままもがきまわる。


「放しやがれクソ人間が!オレ様を誰だと思っていやがる!……大体何なんだよあの壁は、オレ様のことを押し出しやがって!」


「うるせぇクソ妖」


 そう言って強く踏みつけると「グゲェッ!」と叫んでおとなしくなる。


「もう祓っちまっていいのか?」


 夕子にそう尋ねると「ちょっと待って」と貫田のもとへやって来る。

 すると妖に向かって話しかけた。


「あなたが犯した罪は計り知れない。多くの人間をあやめ、その周囲の人間をも歪めてきた。……何か謝罪の言葉はある?」


 妖はふっと笑って答える。

 まるで吐き捨てるように。


「罪は計り知れないだと?……オレ様はなぁ、生きるために人間の生命力を吸いとっただけだ。それの何が悪い!」


 息を荒げて床を殴りつけた。

 そして夕子を睨みつけ、恨めしそうな声を絞り出す。


「お前たち人間も牛や豚の命を奪って食うだろう?お前らは素知らぬ顔でしかばねの山を築き上げ、その上でふんぞり返っている愚かな生き物だ!」


「それはっ……――」


「それと何が違う?え?答えてみろよお嬢ちゃん。オレ様の罪が計り知れない……?笑わせるな!お前たち人間の罪も計り知れない!……世界を蝕んでいるのは貴様ら人間の方だ!!」


「……」


 部屋に静寂が訪れる。

 夕子は何も言えない。

 ただ、拳を握りしめ、苦い顔をして妖を見つめていた。

 そして目を逸らすように振り返ると貫田に合図を出した。


「もういいよ、貫田」


「……おう」


 すると妖はニタリと笑って言い放った。


「真面目だねぇ……お嬢ちゃん。――精々苦しみな」


 その言葉を最後に妖の脳天には槍が突き刺さった。

 すると妖は黒い靄となって消える。


 そこにはもう、何も残ってはいない。

 まるで最初から何も無かったかのように……


 夕子が目を閉じ、深呼吸をしていると背後から貫田の声が聞こえた。


「まぁ、気にすんな。俺達には俺達の、あいつらにはあいつらの生き方がある。それだけだ」


「……ありがとう」


 そう言った夕子の手から震えは消えていた。


 ◇


“蝕みの妖”が祓われたしばらく後、女の子の体から茜色の光の球が出てくる。

 ぬりかべだ。

 夕子は嬉しそうに声をかける。


「お疲れ様ぬりかべ。お手柄だったね!君のおかげでこの子を救うことが出来たよ。ありがとう」


「ううん、お礼を言うのは僕の方さ。ありがとう夕子」


 その声からは喜びが感じられた。

 夕子は優しく微笑みかける。


「それじゃあお互いありがとう、だね」


 そんなやり取りをしていると後ろから貫田がやって来る。


「おい、ぬりかべ」


 その声を聴いた光の球はビクッと飛び上がる。


「な、なんだい……?」


 貫田は後頭部をかきながら口を開いた。


「悪かったな、話も聞かねぇで」


「いいんだ、もう。僕はこの子を救えた。それだけでいい」


 視線の先には首の模様が消え穏やかな表情で眠る女の子の姿が。


「……そうか」


 そう言って顔を綻ばせると後ろへ下がっていく。

 夕子はそれを見送ると、光の球を包み込むように手を添える。


「それじゃあそろそろ時間だ、ぬりかべ」


「……うん、お願い」


 夕子は祈るように目を閉じて意識を集中する。

 すると光の球は細かい粒子となって天へ昇っていく。


 部屋を茜に染めながら。


 ◇


 ――三人は宿を出て各々次の旅支度をしていた。

 そんな時、やまもとは貫田に話しかけられる。


「まさか五光貴族ごこうきぞくの一角、夕占ゆううら家の人間がこんなところにいるなんてな」


 そう言って少し離れた位置にいる夕子を見ていた。

 やまもとは茶を啜る。


「……察しろ、色々と訳ありだ」


「ほぉ、それはお前もか?さんよ?」


「ああ、訳ありだ」


 別段隠すつもりも無いように答える。


「……まぁ、他人のごたごたに首突っ込むつもりは無ぇよ」


「それは助かる」


 すると貫田は立ち上がる。


「それじゃあ俺はそろそろ行くわ、……色々と世話になったな」


「ああ、達者でな」


「次会うときはお前よりも強くなってるからな。覚悟しとけよ、やまもと」


 そう言って貫田はニヤリと笑いやまもとの方を見る。


「千年早いわ、若造が」


 やまもとは挑発的な笑みを浮かべた。

 するとそこへ夕子がやって来る。


「あれ?貫田どこか行くの?」


「おう、また旅の続きだ」


「そっか……元気でね」


 それまで和やかな空気を纏っていた貫田は一転、真剣な表情を浮かべ、夕子の目を真っ直ぐに見る。


「夕子嬢、一つ忠告しておく。心優しいのは結構だが……これから先話が通じる妖ばかりとは限らねぇ。その優しさが身を滅ぼすかもしれねえってことを忘れるなよ?」


「それはわかっているつもり、今までにもそういう妖はいた。だけど……それでも私は寄り添いたい、それが私の妖術だから。」


「そうか……案外そういう妖術がこの世界を救うのかも知れねぇな!」


 そう言って豪快に笑った後、貫田は「じゃあな!」という言葉を残して去って行ってしまった。


「じゃあ私たちも行こうか」


「行く当ては出来たのか?」


「うん、肆出町しでのまちってところに“辻斬りの妖”が出ているらしいよ」


「ほう、それはそれは……」


 その時、やまもとの腰に下げていた刀がひとりでにカタカタと揺れ出した。

 彼は鎮めるように刀に手を添えて呟く。


 ――楽しみだ。


 こうして二人は肆出町へ向かうことに。

 旅はまだまだ続く。


 ◇


 夕子の使う“寄り添う妖術”。

 それは他者の心に寄り添い、触れ、満たし、祓う。

 既に黒い悪の心で満ちてしまっている者には力を発揮できない。

 パワーを以て妖を祓うこの世界において大変異端な力でありまして……

 この先どうなることやら。

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