第8話 無限響悦琵琶鳴精舎
――
会得するには数十年に及ぶ鍛錬が必要な上、生まれ持ってのセンスも要求される。
これを会得した妖、妖術師は間違いなく最高峰の存在と言えるだろう。
◇
――妖孼招来
――
その瞬間、周囲一帯の空間が歪み、草原から二人の姿が消える。
やまもとが気が付くころ、辺りの景色は様変わりしていた。
月が照らす草原から一変、無数の絃が張り巡らされた寺のような場所に立っていた。
静寂が包むそこは天井、壁は無くどこまでも空間が続いているかのように思えた。
「……玄象のやつ、まさか
少し動けば絃に触れてしまいそうなやまもとは隙間を縫って玄象を探す。
ここが玄象の招来した妖孼である以上、むやみに絃には触れられない。
触れれば何が起こるかわからないからだ。
すると、背後から絃を弾く音が聞こえてきた。
振り返るとそこには、空間に張り巡らされた絃を弾き、やまもとの方へ向かって来る玄象の姿があった。
その姿を見てやまもとは息を呑む。
なぜなら、絃を弾く毎に玄象の傷が癒えていたからだ。
一本弾けば斬り落とした左足が生え、また一本弾けば斬り落とされた右腕が生える。
そしてもう一本弾けば玄象の手に新たな琵琶が顕れた。
やまもとの前に立ち、琵琶の音を確かめるように鳴らすと声を発した。
――共演お頼み申す
すると床を蹴り、刀を抜いてやまもと向かって飛んで来る。
この時、張り巡らされた絃は確かに玄象に触れていたのだが、阻むことなく透過していく。
その刃をやまもとは寸前で刀を抜いて受ける、草原で戦った時と比べると玄象の力、速度が遥かに増していた。
「……っ!……さすがに、血沸くな!」
そう言って玄象を空へと弾き返す。
しかし飛ばされた先に張っていた絃を足場にし、その弾性を生かして目にも止まらぬ速さでやまもとへと斬りかかって来た。
間一髪、防御が間に合ったはいいものの後方へと吹き飛ばされた。
そのやまもとを待ち受けていたのは網の目に張られた絃。
勢いのまま網へと突っ込む。
「……くっ!!」
触れた個所から肉が裂け、血がしぶく。
全身を刃で包まれたような痛みが襲う。
しかしやまもとはすぐさま玄象へと目を向ける。
すると彼は琵琶をかき鳴らし、唄いながらやまもとの方へと向かって来ていた。
先程と同じように張られた絃をすり抜けながら。
「
やまもとが苦痛に顔を歪めながら網から逃れるころ、玄象は近くに張ってあった絃を一本斬ると呟いた。
――
その瞬間、空間に張られていた絃が全て等間隔に整列し始め、四方八方逃げ場のない網が出来上がる。
それはまるで二人を閉じ込める檻のように見えた。
やまもとが様子を伺っていると、低く、惜しむような声が空間に響き渡る。
――
――お
そう言うと玄象は合図をするように絃を弾いた。
すると、二人を囲う絃の檻が徐々に縮まっていく。
空間を切り裂きながら。
全身に血を流し、己を切り刻まんと迫りくる絃の檻を見ながらやまもとは呟く。
「見事なり、玄象。よくもまあここまで練り上げたものだ」
その声には心からの賞賛と慈愛が籠っていた。
「しかし――まだ死ぬわけにはいかんなあ」
そう言うと腰に下げたボロボロの刀に手を当て、何者かに呼びかける。
――仕事だ、
するとボロボロだったやまもとの刀は変容していく。
黒く煤けていた鞘が深紅に染まると、やまもとの周囲を火の玉が漂い始めた。
ゆっくりと刀を抜くと、その刃は以前のものとは大きく違っている。
それまで刃こぼれしていたはずが、研ぎ澄まされた赤紅色の刃へと姿を変えていた。
ボロボロの刀だった以前の面影はもう無い。
そこには全てを焼き尽くすが如し、紅き一振りがあった。
周囲を爆炎が舞い、絃の檻を焼き尽くしていく。
「
そう言って刀を玄象へと向ける。
「火傷に気をつけろ――」
――
やまもとがそう唱えると空間のあちらこちらで爆炎が渦を巻き始めた。
轟々と音を立て次第に渦は大きくなっていく。
張られた絃を焼き切りながら。
やがてそれらは竜巻のように天へと立ち昇り、ゆらゆらと右へ左へ動き始めた。
玄象を囲い込むように。
「……っ!」
玄象は一歩、後ろへ退く。
しかし火の手はそこまで迫っていた。
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琵琶鳴る精舎を
次第に渦は空間そのものを燃やし始める。
妖孼の崩壊は近い。
爆炎の中、やまもとはゆっくりと玄象のもとへと歩み寄る。
「ではな、玄象。久方振りに楽しめた」
赤紅の刃はあまりの高温にその輪郭をぼやけさせる。
霞む刃から放たれる――
――
玄象の胴体目掛け、一閃。
刹那、玄象を守るように数本の絃が現れる。
しかしそれすらも焼き払い玄象の体を両断する。
その瞬間空間が歪み始めた。
天は地を見下ろし、地は天を見上げる。
風が息を吐き、月が辺りを照らす。
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