倭国篇二十九『吸血鬼』

 冬の都は寒い。

 特に陽の出ていない早朝は身体の芯から冷え込む。


「うううっ寒ぅう」

 クソゥ、夕飯の味噌汁飲み過ぎたか……

 寝坊王の沖田総司おれさまが早朝に小便とは……。さっさと布団に戻……?!

 何だかヤケに騒がしいな?この声は山南敬助やまなみさん?!


 玄関へ行くと、山南さんは真っ青な顔をした町人と何やら話をしていた。町人の表情からして何かあった様子だ。


「山南さん、どうしたんだ?こんな早朝から」

「総司!蕎麦屋のおはるさんが遺体で見つかった……」

「なっ!お春ちゃんが?!」

「遺体の損傷からして、恐らく犯人は獣人や物の怪のたぐいだろう」

「獣人……!山南さん、俺様も一緒に行くぜ!」


 玄関を出たところで、夜回りから戻った斎藤一イッチとかち合った。

「山南さん、総司、一体何事か?」

 山南さんが事情を話すと、イッチも同行する事になった。町人の案内で、俺様たちはお春ちゃんの蕎麦屋へと向かった。


「おぉい!六助ろくすけさん、山南様を連れて来たぞ!」

 蕎麦屋の六助さんと女将さん、この店の看板娘だったお春ちゃんの両親だ。俺様は、この家族の笑顔しか見た事がねぇ。こんなにも悲しくて辛い顔を見る事になるなんて……。


「クッ!ひ、酷い!なんて事を!」

 お春ちゃんの遺体は酷い有り様だった。首すじに二本の牙の痕。大量出血だったのだろう、全身真っ青になっていた。

 山南さんは、お春ちゃんの頬に手を当て見つめている……悲しそうな、怒りを内に秘めたような表情で。


「山南様、お願い出来ますか?」

「はい。勿論です」

 山南さんは、お春ちゃんの両親に優しく微笑んだ。


 山南さんは『遺体の修復』を……いや、この言い方を山南さんは嫌う。『ご遺体のお支度』をする技術を持っている。遺体から老廃物や膿を取り出し、傷痕も綺麗にする。最後に死化粧ってやつをしてご家族にお返しする。


「山南さん、この傷痕に心当たりが?」

「ああ、心当たりと云うか確信している。そしては私が長年捜していたヤツだ」


 ぞくり……

 イッチと俺様は、何時いつもとはまるで違う山南さんのを感じた。


 朱色の空の元、俺様たちは六助さん夫妻にお春ちゃんを届けた。

「ああ、お春……綺麗になって」

「まるで生きているよう……」

 二人はお春ちゃんにすがり付き涙を流した。今朝とは違う、ほんの少しだけ嬉し涙も混ざっていた。

「山南様、僅かですがこれをお納め下さい」

「いえ、それは受け取れません。私の仕事は新撰組。俸禄ほうろく(給料)が出ます。私は町人のひとりとして、天に召されるお春さんの旅支度を、微力ながらお手伝いさせて頂いただけです」


 お春ちゃんは、きっと今微笑んでいる。俺様は勝手にそう思った。


 その夜、狂気に満ちた山南敬助が動く。


「おい、お前ら着いてくるな。帰って寝ろ!」

「やだ行く」

「俺も行きます」

「ワシも」

「何でモツまでいるんだよ?!ったく。いいか、総司、はじめ、モツ、絶対に手を出すな、見学だけにしろ。いいな?」

 俺様たちは、白い歯を見せて頷いた。


 そして、やって来たのは四條橋近くの河原。お春ちゃんが被害にあった場所だ。

「山南さん、蕎麦屋のお嬢さんを殺ったのは何者なんです?やはり異国の獣人なのですか?」

「いや違う、全く関係ない。私の個人的な戦いだ。すまんな、一。敵は……吸血鬼ヴァンパイアだ」

「ヴァ、ヴァンパイア?!!それって確か西洋の物の怪では?」

「流石だな、一。少数だがここ日本にも居るんだ」

「オイ!仲間外れにしてんじゃねぇぞ!何だその『ばんぱい屋』って?」


 っ!!!!


 場の空気が重く淀んだ。

 血生臭い邪気をまとったソイツらは、深い闇の中から姿を現した。

 青白い肌、深紅の瞳、鋭い牙、浮き出た血管……

「総司、ヴァンパイアのお出ましだ」

「へぇー、俺様はの物の怪だ。しかし、西洋どころか落ち武者じゃねぇか」

「なるほど。ひとりだけやたら妖力が大きい。ソイツが親玉か。他の三人はオマケってとこか」

「うわっ……キモっ。ワシ、こういうの苦手じゃ」


「さて。捜したぞ……やっと見つけた。会いたかったぞ、織田信孝おだのぶたかァア!!」

 山南さんは吼えるようにソイツらの親玉の名前を呼んだ。

「織田……信、孝?!確か戦国武将『織田信長』の三男と同姓同名か」

「一、同姓同名では無い。だ」


 っ!!!


 俺様たち三人は、開いた口が塞がらなくなっていた。






















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