第4話 『手紙が届く夜』
夜の空は月明かりに薄く照らされ、静けさの中に漂う冷たい空気が肌を刺した。
その夜、何気なくポストを覗くと、一通の封筒が目に飛び込んできた。
どこか見覚えのある淡い紙の色が、真夜中の街灯の下でほんのりと光を返している。
角が少し折れ、経年で黄ばんだようなその姿に、まるで時間が凍結していたかのような不思議な感覚を覚えた。
手に取った瞬間、胸の奥深くで何かがざわめき、言葉にならない感情が押し寄せる。
それは懐かしさにも近い、けれど確かに胸を締め付けるような感覚だった。
封筒には、記憶の底に沈む名前と宛先が記されている。
——これは、僕が高校生の頃、大切な人に宛てて送った手紙だった。
しかし、宛先不明で戻ってきたその手紙は、いつの間にか僕の記憶からも生活からも消えてしまっていたはずだ。
「なぜ今、これがここに?」
——その疑問は寒空の下で白い息となって消えていった。
震える指先で封を開ける。中から現れたのは、見覚えのある手紙。
しかし、それに記された筆跡は明らかに僕のものではなかった。
心臓が一瞬跳ねるように鼓動し、次の瞬間、目の前の文字がじわじわと心に染み込んできた。
「この手紙が届く頃、君はどんな大人になっているだろう?」
その一文を読んだ瞬間、胸の奥が締め付けられた。
目の前に広がるのは、思い出の断片。
あの頃の僕は、希望と夢を信じていた——未来の自分が、きっと夢をかなえ、輝かしい大人になっているはずだと。
しかし、手紙を握る手は震えていた。
僕の心には、自分がその期待に応えられたかどうか、否応なく問いかける声が響いていた。
さらに読み進めると、その文字の主が語りかけるように、言葉が続いている。
「もし迷っていたら、思い出してほしい。君が本当に大切にしたかったものを。」
その瞬間、胸に眠る何かがふっと揺れた。
僕は目を閉じる。
そこに浮かび上がるのは、高校生の頃の情景だ。小さな教室の中、仲間と夢を語り合い、大切な人に思いを寄せた日々。
あの日々の輝きは、いつの間にか日々の忙しさや諦めに飲み込まれ、遠い過去のものになっていた。
時計の針が静寂の中でカチリと音を立てる。
僕は手紙を握りしめた。そして、胸の中で息を吹き返したかのように湧き上がる昔の想いに、そっと目を開けた。
静かな夜の空を仰ぎながら、僕はふと心に決めた。
——未来の自分へ。
この手紙は、今度こそ、僕が過去の自分と未来の自分の間に架ける橋だ。
その瞬間、僕は初めて感じた。
過去の想いと未来の希望が、時間を超えて一つに繋がる感覚を。
今度は僕が手紙を書く番だ。
希望と決意を、そして迷わず進むための道標を胸に。
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