傲慢と偏見2

 美綴さんと俺は連れ立ってリフト乗り場に向かった。新緑の生い茂る森と舗装された道の対比がなんとなく不思議だった。人の手の入っている場所と、不自然に残された自然。俺たちが手軽に味わうために作り出した道の向こう、剥き出しの地表に埋め込まれた機械たちは最初からここにあったみたいに土で汚れていた。

 美綴さんは最初から方向がわかっているみたいにズカズカと進んでいく。けど時々俺の方を振り返って、俺がちゃんと後ろに着いてきているかを確認した。

 不安なら最初から歩幅合わせてくれればいいのに。それとも俺と隣り合って歩くのになんらかの抵抗があるのかもしれない。どちらにせよ、今の時点の俺にはその答えがわからない。

「美綴さん、登山の経験は?」

 俺が言うと、美綴さんはしばし考え込んだ。

「子供の頃に、学校の行事で行った……きりだな」

「家族で行ったりは」

 美綴さんが吐き捨てるように笑う。それはなんというか負のエネルギーがそのまま声に乗ってこっちまで届きそうな、嫌な感じの笑みだった。

「しない。親父とはもう何年も会ってないし、母親は僕を産んだ時に死んだ」

「……おも〜い」

「茶化すな」

 茶化すしかないだろ。なんでこの人いちいち話す内容が触れづらいものばっかりなんだろう。なんかもっとこう、『ふつう』当たり障りがなくて軽やかな口当たりのものとか、あるはずなのに。

 美綴さんには零か百しかない、中間地点がない。剥き出しのまんま、傷に塗れている。生きるのが下手くそだとは思っていたけど、ここまでいくと尊敬に値する。

「君はどうせ、アレだろ?両親が健在で仲が良くて、愛されて育ったんだろ。いいよな、なんでも持ってて」

 美綴さんの声はじめじめどろどろして、やたらと刺々しい。美綴さんから見た俺って、一体どんな人間なんだろう。

 空原大輝というかたちは、美綴さんの中でどんなふうに映るんだろう。

「まあ、そりゃそうだけど……」

 両親は健在だし、仲は良い。ちょくちょく顔を見せに帰るし、いつまでも健康でいて欲しいと思ってる。嘘じゃない、でも辛いことが全くない純然な幸せに満ちているかと言われればそれも違う。

 けど俺はそれをうまく伝えられる気がしない。

「俺が幸せなのは俺のせいじゃないからなぁ」

 恵まれているといわれればそうだし、もっと上等な幸せがあると言われればそうなんだろう。

「それなら、僕が不幸なのは誰かのせいでもないのか」

 美綴さんは怒るでもなく、泣くでもなくぽつんと言葉を放り投げるように呟いた。

「いや?子供が不幸なのは親のせいでしょ。俺はそう思うよ」

 俺は言う。美綴さんは一瞬だけフレーメン反応を起こした猫みたいな顔をしたけど、リフトの列が進むからすぐに人間の顔に戻る。少し先に親子が見える。父親らしき男性に手を引かれて、むずがる子供のふくふくとした頬に思わず笑みが溢れた。

「君って——」

 美綴さんが言う。でも続きはあんまり小さい声なのでうまく聞こえない。

「なんか言った」

「なんでもない」

 そうこうしているうちに俺たちの番になる。係の人に合図されて俺たちは二人がけの席に着いた。二本のロープに吊るされ空飛ぶベンチに屋根がついたような外観は、乗り物というには少し心許ない。

「美綴さん高いとこ平気?」

「大の苦手だ」

 美綴さんは表情こそどうにか気張ってはいるものの、顔色が真っ青になっている。可哀想なことをしたかもしれない。何せ足もとに支えらしきものもないし、壁もないから自然を直に目に焼き付けることができる。

「手繋いであげようか」

 俺がそう言うと、美綴さんはドラム式洗濯機かと思う勢いで首を横に振り回した。そこまで拒絶せんでも。

「冗談だろ気色悪い」

「ひで〜」

 俺は笑う、美綴さんもほんの少しだけ笑った。(と言うより唇を歪めるへったくそな笑みを浮かべる)

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