第4話 森の魔女ジャスミンとの取り引き
森の魔女だという少女ジャスミンは、自信満々といった面持ちだ。
なにが目的かさっぱりわからないが、こんな小娘に構っている暇はない。
「……俺は森に迷惑をかけた覚えはないし、俺の土地で何をしようが、お前に関係はないだろう」
「それはそうだけど。せっかくの種を無駄にするのはもったいないでしょ?」
「無駄にするつもりはない」
撒いた種に土をかけながら話すと、ジャスミンは「わかってないな」と呆れるように呟いた。
聞き捨てならないな。
見たところ、十五、六歳の小娘じゃないか。少なく見積もっても、十二は離れているだろう。こっちは、数多くの死線を潜ってきた大人だぞ。まあ、最後は騙されて処刑されたけどな。
命を繋ぐため、植物を育てた経験だってある。鍬の使い方も、農民に負けていないはずだ。
「小娘に、なにがわかる」
「小娘ってなによ! あたしはジャスミンよ。オ・ジ・サ・ン!」
「おじっ……俺は、ルーファスだ」
二十八の男は、十代の娘から見たらオジサンなのは仕方がないか。しかし、初対面の小娘に舐められた態度をとられ、若干の頭痛を感じる。
「あたしは、確かに力仕事は専門外よ。でも、この土地が魔力枯れしてることくらい、見ればわかるわ」
「……魔力枯れ?」
「そうよ。何年も放置されて、魔力が枯れたのよ。たとえ芽が出たとして、ちゃんと根付くかしらね?」
魔力枯れという言葉は初めて聞いた。
確かに、畑は手入れを怠ると土が固くなり、保水力がなくなる。そうなれば、植物は根を張れなくなる。そこに、魔力も関係しているのか?
井戸水を撒けばなんとかなるかと思っていたが……
「……お前なら、どうにかなるいうのか?」
「とーぜんでしょ! 森の魔女だもん」
自信満々な様子で、ジャスミンはにやりと笑う。
なにか企んでいるのか。
こんな小娘、剣があればどうとでもなるが、生憎、今の俺は丸腰だ。
警戒しながら黙ったままジャスミンを見ていると、「取引しない?」と軽く持ちかけられた。
「……取り引き?」
「そう。あたしが魔法で畑を復活させる。あなたはハーブを作る。収穫したハーブを、あたしは報酬として分けてもらう」
「ハーブを、お前に?」
「そうね。収穫の半分量でいいわよ!」
「半分だと?」
何を考えているんだ、この小娘は。
突拍子もない提案に顔をしかめ、ジャスミンを睨み付ける。しかし、臆する様子もなく、キラキラとした青い瞳で俺を真っ直ぐ見てきた。
「畑がなきゃ、何もできないじゃない」
「……それはそうだが」
「その基礎を作ってあげるのよ。他に頼んだら、お金をとられるレベルなんだから! 代わりにハーブをもらうくらい当然よ」
金を求められた方がわかりやす。しかし、俺が自由になる金は高がしれている。
ハーブで事足りるなら、交渉に応じるのもありなのか。しかし、疑いは拭えない。
「……それを使って、何をする気だ」
「ふふっ、それは乙女の秘密で~す。ま、あんたに迷惑かけるようなことはしないわよ」
「魔女を信じろと?」
「疑り深いわね~」
ちょっと唇を尖らせたジャスミンは、考える素振りをちらりと見せる。だがすぐに、何か思い付いたように杖を掲げた。
「こうしましょ。大サービスで、契約なしで畑を復活させてあげるわ。それに満足したら、ハーブを分けて!」
ずいぶんと、俺にばかり好条件だな。それだと、内心では満足しながら「ダメだな」といってジャスミンを追い出しても、問題ないことになる。
本当に、この小娘の目的はなんだ?
取引には裏があるものだ。それを、失地王と呼ばれた俺は嫌というほど目の当たりにしてきた。
裏切られ、金を奪われ、土地を失い──まあ今回、失うのは収穫したハーブの半分だ。土地や命を奪われるわけでもない。
「ね、どうかな? アフターサービスもするわよ。あ、でもその時は他のハーブも分けてよ!」
純真そのものといったつぶらな瞳が、俺を見つめていた。
育てたハーブを半分渡したとして、出来ることは限られる。ハーブとして飲食に使うか、薬を作るか売るか、そんなところだろう。
利用されることに代わらないが、よほど危険なハーブを渡さなければ、俺がなにかに巻き込まれることもないだろう。
それに、女神の置き土産に毒があるとは思えない。
裏切られた過去がちらついてしまうが、ここは話に乗って探るのもありか。
「……半分だな?」
ため息混じりに返すと、ジャスミンの目が見開かれた。まるで花の蕾が花開くように、その顔に喜びが満ちる。
悪意はなさそうだ。むしろ、拍子抜けするくらい純粋な笑顔だ。
「ふふっ。賢い選択ね! じゃあ、森の魔女ジャスミン様が、とっておきの魔法を見せてあげるわ!」
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