第13話 通い妻かな?

 祖父が亡くなってから一人で過ごすことが大半だった俺の生活は、どうやらある日を境に変わり始めているようだ。


 基本的に友達もいないし、一人で過ごすことに苦痛を感じなかったというのもある。そもそも誰かを招くような用事がなかったというのも大きい。


 しかし、ついこの間失恋しているクラスメイトを家に招いたことで俺の日常は変わった。学校でも少し話し掛けられることが増えたし、休み時間に廃教室へ訪れることも珍しくなくなっている。


 そして今、俺が友人と呼べるようになった彼女は俺の家の敷居を跨いでいる。


『今日暇? 家に行ってもいい?』


 なんていうシンプルな文言が送られてきたときは、何事かと思ったものだ。雪さんからの連絡にどうしてかと問い返せば、


『この前言ったでしょ? これからも時間があったら霜夜くんの家にお邪魔しようかなって』


 という返事が返ってきた。この前というか、昨日の会話だろうそれ。


 断る理由もなかったので了承したけど、まさか夕飯を作ってもらうことになるとは思わなかった。


 俺は現在進行形でウチのキッチンを我が物顔で使用している雪さんを見る。その表情は楽し気で、上々の気分なのだろうと言うことが窺えた。


 放課後に家に遊びに来ると言うから一応もてなしとして菓子類を出しておいたのだが、この分だとあまり口を付けずに夕飯へと移行するだろう。


 出迎えた際に買い物袋を手にしていた雪さんを見た時はその手に持っている物は何かと真剣に考えたものだ。


「夕飯を作ってくれるのは凄くありがたいんだけどさ……。放課後に高校生が遊ぶって感じじゃないよね?」


「私がやりたいからやってるの。もしかして、迷惑だった?」


「いや、そんなことは無いし……。というか、マジでありがたいんだけど」


 料理って、思った以上に時間が掛かるし面倒なんだよな。


 作った時間に比べて消費する時間の方が圧倒的に早いのもなんだか納得が行かないし。だから、大抵冷凍食品とかインスタントで済ませてしまうことが多いのだ。


 電子レンジを使って簡単に作れるレシピとかね。


 誰かに振舞うためとかならやる気も出るのだろうけど、何分自分一人のためとなると適当になってしまうことが多い。作っても楽しく食べれるわけじゃないし。


 一人は楽だ。それに、結構楽しい。


 しかし、こうして雪さんが台所に立っているのを見るとやはり何というか、いいなぁと思ってしまうのもまた事実。


 今は亡き祖父母との思い出が蘇り、俺は目を薄めやや薄っすらと口元に笑みを浮かべる。


「というか雪さん、そのエプロンはもしかして持参したの?」


「うん。料理するなら必要かなって」


「なんでそこまでしてくれるんだ? 昨日ご飯を奢ってもらったし、あの時の事ならもうチャラってことになってるけど……」


「むぅ……。霜夜くんは無粋なこと言うよね。私がやりたいからやってるの。一人暮らしって大変なことが多いって聞いたし」


 何やら怒らせてしまったらしい。ちょっと不服そうにする雪さんがこちらを見てくる。

 でもなあ、何でそこまでしてくれるのかが分からないというか。


「でも、友達とは言っても一人暮らしの異性の家に料理を作りに来るなんて話、普通聞かないけど?」


 やっていることだけを見るのなら完全に通い妻だ。

 ああいや、俺たちの関係は決してそう言う物ではない。


 俺がそう言うと、雪さんは何やら口をもごもごさせて始めた。何か言いにくい理由でもあるのだろうか。


「どうした?」


 恐らく俺に気遣っているのだろうけど、そう言うことは不要だ。俺としては、あまり気兼ねなく思ったことを言って欲しい。そう言う思いを込めて尋ねてみれば、雪さんは渋々口を開いた。


「この前、ここにお邪魔した時。ちょっと寂しいなって思って」


「寂しい?」


「うん。なんというか、この家って一人暮らし専用って感じじゃないでしょ? 霜夜くんだけじゃない、誰かが過ごしていた痕跡がそこかしこにある。でも、今は霜夜くんだけしかいない」


「私だったら、それに耐えられないなって」


 なるほどね。


 つまりはまあ、俺が寂しくないようにっていう彼女なりの気遣いなのだろう。いや、気遣いというより彼女の我儘かもしれない。


 そして、雪さんはそれを俺に直接言うことは避けていた。


 まあ、言っていることだけは勝手に俺が寂しがっていると決めつけている傲慢なことだと捉えることもできるわけで。雪さんはそれを承知の上で彼女なりに行動に移したと、そういうことなのだろう。


 でもまあ、俺は嬉しい。


「気分を悪くしたらごめんね。でも、もしよかったら偶にここに来ても良いかな?」


「……もちろん。いつでも来てよ。俺はいつだって歓迎するから」


 雪さんの考えていたことが、俺の中に全くなかったという訳でもないのだ。

 祖父母の痕跡が未だ残っているこの家で、両親の私物が少なからずあるこの家で一人で過ごすと言うのが時折辛く感じるようなこともある。


 それを承知の上で俺は一人暮らしを選択したわけだけど。


 人の温もりは嫌いじゃない。一人暮らしも嫌いじゃない。


 なんだか矛盾しているけれど、雪さんがここに来てくれると言うのはそれだけで俺は嬉しいのだ。


 これが友達というやつなのだろうね。

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