第8話 俺の日常は変わりつつあるのかもしれない
チャイムの音と共に俺の意識は戻ってくる。そろそろ昼休みも終わりを迎える頃だ。
連絡先の交換と放課後のファミレスに意識を持って行かれていた。あのままだとずっと放心していただろう。チャイムに感謝しなければ。
「あ、そろそろ教室に戻らないとね」
チャイムによって休憩時間が終わりを迎えた。そのことに気が付いた雪さんは、教室に立てかけてある時計を一瞥するとそう言って廃教室の出入り口へと向かう。
「……どうしたの?ほら、早く帰ろう?」
そんな彼女の姿を呆然と見ていた俺に対して、雪さんは不思議そうな顔をしてこちらを振り返った。
「あ、ああ……」
彼女に声をかけられて、俺は自然と足を動かす。しかし、そこでふと思った。このまま、教室まで彼女と一緒に帰るのだろうか。
ということはつまり、色々な人に彼女と二人で歩いている姿を目撃されると言うことではないだろうか。
雪さんは、俺たちの学年でもかなり有名な人だ。
それはそうだろう。アイドルレベルで整った容姿を持っているのだから、噂の一つや二つ流れるというもの。
今まで彼女は付き合っている人がいることを公言していなかったが、もし彼氏がいることが公となっていたのなら、今頃もっと近づいてくる男子は減っていただろう。
彼氏の一人くらいいるだろうとはみんな思っていたけれど、一縷の望みに賭けるのが人間の性である。
そんな雪さんと一緒にいる所を見られる?何というか、何かが起こりそうな予感がしないだろうか。いや、具体的なことは一切思いつかないけど、何かが起こりそうな気がしないだろうか!
「ほら、早くしないと遅れちゃうよ?」
しかし、そんなことを彼女本人に言うわけにもいかない。俺はどこまで行っても他人に流される性格である。
抵抗などしていないが、抵抗も虚しく、俺は雪さんの隣を歩くことになったのだった。
何の変哲もない学校の廊下だが、異性と二人で歩くとなると高揚してしまうのは男子高校生ならば必然だ。
そして、それが誰から見ても美少女だというような人ならば尚更である。
「霜夜くんは、一人暮らしって言ってたけどさ、寂しいとか思ったりする?」
二人で並んで廊下を歩きながら、雪さんは俺にそんなことを聞いてきた。
純粋に疑問に思っている表情でこちらの顔を覗き込んでいる。
「……寂しいかぁ。まあ、最初の内は寂しかったよ。誰もいない家の中っていうのは思っていた以上に静かだったし」
爺さんが亡くなった時は意外と堪えたけど、生来一人でいることが多かった人間だから割と伸び伸びと暮らしている。
親戚の所で預かってもらうかという提案を両親からされた時も、俺は断ったし。
「でもまあ、俺は一人が好きだから慣れちゃえばなんともないよ。とはいえ、あの家は若干持て余してるけど……」
「あー……」
男の一人暮らしには広すぎる。こう言っては何だけど、ウチは結構お金がある。両親がかなり稼いでいるから。だから、家もそれなりに広い。
「というか、そんなこと聞いてどうしたの?」
「んーっと、これからも時間があったら霜夜くんの家にお邪魔しようかなって思って」
「えっ。俺の家に!?」
「うん。あっ、迷惑だったら……」
「ああいや、迷惑とかじゃないんだけどさ。ちょっと驚いたというか……」
雪さんが遊びに来るのは歓迎するけど、まさかそんな提案が向こうからかけられるとは思っていなかったから素直に驚いた。
驚きを露わにする俺に対して、雪さんは何かまずいことを言ってしまったのではないかと不安げな表情を浮かべる。俺はそんな彼女を安心させるためにフォローするが、やはり驚きは隠せない。
そうこうしている間に、そろそろ教室へと到着する頃だ。同じ学年の生徒たちとは何名もすれ違ったし、同じクラスの女子は偶に雪さんに手を振っていたりしていた。
ぶっちゃけ、気まずい。
こういう時って、どう対応するのがベストなのだろうか。友達が他の友達とすれ違いざまに挨拶する。なんというか、何をしていいのか分からない時間になる。
まあそうこうしているうちに教室へとたどり着いた。というか、昼休みの次は清掃の時間だ。各々持ち場に付かなくてはならない。廊下がわちゃわちゃしていたのはそう言うことだ。
「私、霜夜くんとこんな関係になるとは思わなかったなぁ……」
それは、俺も同意である。
というか、この奇妙な関係性を予想できる人間はいないのではないだろうか。
そんな会話をしていると、ようやく教室へとたどり着いた。掃除の時間まではあと一分で、他のメンバーは各々ある程度準備を済ませている。
俺と雪さんは同じ教室担当なので、ここでも一緒だ。
掃除用具入れの中に入っている箒を取り出して、じゃあ掃除をしますかと振り返るとそこには俺の唯一の男友達である
入学当初から俺に話しかけてくれた仲であり、普段の彼は他のオタクグループでわいのわいの盛り上がっているものの、偶に俺とも話してくれるという聖人である。
「よっ」
右手を軽く上げて挨拶する彼の姿は、まるでサブカルにどっぷり漬かった人間とは思えない爽やかさを誇っている。
どこかのアイドルとかにいそうな容姿をしている彼は、箒を取り出した俺に手招きをした。
すぐ隣にいた雪さんと俺を引き剥がしたいのだろう。
俺はその意図を察して、教室の隅に行く。
「お前、白妙さんと一緒なんて一体何があったんだよ」
小声で俺にそう言う葉月に、俺はため息を吐くのを堪えるので必死だった。こんな質問をされるのだろうなと言うことはある程度想像していたからだ。
「何もないよ。強いて言えば、この前の放課後に偶々会ってちょっと話をしたくらい」
全ッ然、嘘である。
しかし、彼女との接点を他の人に全て詳らかに話すことは不可能なので、こんな感じで誤魔化すしかない。とは言え、嘘は言っていない。
「それで話が合ったと?」
「どうだろう。話が合うというより、雪さんが陽キャすぎるっていう方が適切かもしれない」
「雪さん!?……名前呼びしてるのか」
「……ああ。友達なら名前で呼んでってさ」
「マジか。陽キャ半端ないな」
雪さんが陽キャである。という一言だけで全てを納得させることができた。あまりにも便利な言葉だ。
それでまあ、こいつはこいつで、容姿は整っている方なのになんでこんなにこちら側なマインドをしているのだろうか。
なんだかんだ、さっきから俺と雪さんに対する興味の視線が向けられていることもなんとなく察している。そこ、接点あったんだみたいな。
どうやら、俺は雪さんと友達になったことで今までの日常は少しづつ変わり始めているのかもしれない。
それが良いことなのか悪いことなのかは、今の俺には分からないが。
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