クラスメイトの寝取られ現場を目撃してしまったのだが、俺に彼女の王子様役は務まるのだろうか
ねうしとら
第1話 破局現場を見てしまった
「俺たち、もう別れよう」
その言葉に、俺は足を止めた。
買い物帰りの夕方の公園。日も落ちかけ、そろそろ夜空が支配しようとしているこの時間帯に、寂れた公園で何やら不穏な会話をしている三人組を、俺は物陰からひっそりと観察していた。
俺の名前は
特筆すべきことは何もない、ただの冴えない男子高校生である。アニメや漫画、ライトノベルにネット小説などが好きな、ただのどこにでもいる高校一年生。
そんな俺だが、何やら大変な現場に居合わせてしまったらしい。
見るからに尋常ではない雰囲気の三人組が、他に誰もいない寂れた公園の隅で真剣な表情で会話をしている。いや、一人だけヘラヘラとした表情の女はいるが。
一人暮らしに必要な食材の買い出しを終え、悠々自適に帰宅する最中だった。
スーパーから家までの近道としてこの公園を横切ろうと思ったのだが、運が悪いことにそこには既に先客がいて、何やら不穏な会話をしている。
この公園を通らなければ家に帰ることができないという訳ではない。引き返せば少々無駄な時間を使うが、家には帰ることはできる。
だが、今の俺はそんな判断を下すことはできなかった。
ここまで来て引き返すのは面倒だという思いと、あの三人組が一体何を話しているのか気になるという好奇心。それから、あの中の一人に対するちょっとした見覚え。
それらが重なり合ってか、俺は無意識のうちにこの場に縛り付けられてしまっていた。
「えっと……なんで?」
別れ話を切り出された彼女は、純粋な疑問を彼氏らしき相手に問いかける。それに対して、彼氏の方は若干気まずそうに目を逸らしながら言った。
「……冷めたんだよ」
こんな理不尽な別れ話があるのかと、俺は場違いにも感心してしまった。なんで冷めたかとか、じゃあどうすればよかったのかとかそう言うことが一切ない。ただ、素っ気なく自分の主張を押し付けただけ。
そもそも、あの場は歪だ。単純な別れ話に第三者が居合わせるなんてことがあるだろうか。普通、男女一組だけで良いはずなのだ。何故、彼氏と思われる男の隣には女性がいるのだろうか。
「冷めたって……なんでよ。私、何か悪いことしたのかな!?だったら言ってよ、直すからッ――!」
必死にそう言う彼女に対して、彼氏は目を合わせないまま首を横に振るだけ。
「……そっか」
後ろ姿しか見えない彼女らしき人物の声音は非常に冷め切っている。無関係な俺だろうと聞いただけで背筋が凍るほどの圧力がそれにはあった。
落胆している様子の彼女は、それから何も言わなくなった。まだ一言くらい追及する余地はあるだろうと思ったのだが、どうやら彼女は何かを察したらしい。
そんな彼女の様子に納得が行かない俺だったが、元彼氏の隣にいた女の表情と発言から俺もなんとなく察することができた。
「ねえ、こんなのに付き合ってる暇ないよ。早くいこ~」
まるでこの場の雰囲気にそぐわないその一言と、軽薄な表情。ヘラヘラとした笑みを浮かべている元彼氏の隣に立っている女。
勝ち誇ったような笑みに、馬鹿にするような視線。何よりその身体ににじみ出る態度が、人を苛立たせるものだった。
ここで俺もなんとなく全貌が見えてきた。
「なんか、すごくざまぁ系の導入っぽいやり取りだな……」
俺が趣味としているネット小説で最近流行っているシチュエーションに似ている。付き合っていた男女が、他の男、または女に彼氏彼女を奪われる。
基本的に男性が主人公として描かれることが多いが、目の前で起こっているあれはどうやら女性側が奪われるという構図らしい。
「はー、つまんない。ほら、早く行こう?もう終わったんだからさ」
真剣な話をしていたことが分かっていないのか、それとも態となのか。十中八九後者であろうが、彼氏を奪った女性はそう言って男の手を引く。
まるで彼女の反応を娯楽として求めてこの場にやってきたと言わんばかりのその態度は、他人である俺ですら腹を立てるのに十分な威力を誇っていた。
そうして間女に手を引かれて、男はゆっくりと去って行った。俺はその様子を、唖然として見ている事しかできなかった。
去り際に、男と腕を組んでいた間女は元彼女に振り返って笑みを浮かべる所も胸糞悪い。
色々と、とんでもない現場を見てしまった。現実でこんなことが起こり得るのかと、恋愛経験が全くない俺は内心驚愕している。
二人がいなくなった公園で、彼女は一人佇んでいる。その様子があまりにも痛ましく感じて、俺はしばらく彼女の様子を観察していた。
こういうシチュエーションは、俺が趣味としている小説では昨今ありふれた題材である。
理不尽な理由で捨てられ絶望していた主人公に、彼を慰めてくれるヒロイン、または王子様に出会い転落から一変、幸福な人生を歩んでいく。
その過程でかつて振ってきた相手がよりを戻そうとしてくるが、それを袖にして復讐を果たす。所謂、『ざまあ系』というやつだ。
彼女にも、傷心を癒してくれる誰かがいるのだろうか。
そんなことを考えていると、徐々に空模様が怪しくなってくる。そう言えば、天気予報では夕方から夜にかけて雨が降ると言っていた。
しばらくして振ってきた雨に、俺は一応持ってきていた傘を差す。
俺はここから離れるべきなのだろうか。それとも、何か彼女に声をかけるべきなのだろうか。……いや、普通は見ず知らずの相手が失恋していたからと言って話し掛けるようなことはしない。
だが、やはり放っておけない。
徐々に雨足が強まってきているというのに、一向にその場から離れようとしない彼女の雰囲気は、放っておくにはあまりに危うい。このまま踵を返せば後悔することになるという嫌な予感が俺の背中に纏わりついている。
あと十分、いやあと五分様子を見よう。それで帰宅するようなら俺の出番はない。もし、何もしないようだったら流石に何か話しかけるべきだろう。
そうして、刻一刻と時間は過ぎていく。
大丈夫だ。どうせ俺なんかよりもよっぽどいい人物が彼女を助けてくれる。ヒーローは遅れてやってくる。俺のような冴えない人間に話しかけられてもうれしくない。
俺なんかがこんなことをする必要は無い。分を弁えろ。調子に乗るな。彼女は一人でも帰ることができる。
一歩踏み出そうとする毎に、俺は自身を戒める。俺なんかに、ヒーローは向いていない。ただのしがない男子高校生だ。
そうして強まる雨の勢いに、俺は初めて彼女の横顔を見た。
そこで俺は腑に落ちる。
なんとなく、見覚えがあったわけだ。彼女は同じクラスの
赤の他人だと思っていた人が、実は知っている人だった。
知らない人だから。という大義名分は消え去った。今まで俺を戒めていた理性という名の鎖は砕け散り、俺は自然と一歩踏み出す。このままだと風邪を引いてしまう。それになにより、彼女は完全に放心状態だ。目は虚ろで、生気がない。
このままだと消えてしまいそうなほど小さなその背に、俺は近づく。
彼女の頭上に傘を差しだし、何とか喉から声を振り絞る。
「……風邪、引くよ?」
そんな俺に対して、ゆっくりと幽霊のように振り返る白妙さんの姿はあまりに弱々しかった。
「……君、は」
「こんなところで立ち尽くしてどうしたのさ」
白々しく、俺は彼女に問いかける。すらすらと嘘を吐く自分に嫌悪しながらも、すべて見ていたと正直に明かすには彼女の様相はあまりに危うかった。
「……放っておいて」
「……ッ」
手を差し伸ばした相手から拒絶される。結局のところ他人である俺は、彼女からそんなことを言われてしまうと強く出れない。
しかし、ここで引くわけにはいかないと直感した。
「……それはできない」
「……なんで」
「なんでって、あまりに様子が変だったから……」
「関係ないでしょ」
突っぱねるように言う彼女に対して、俺は少しカチンと来た。筋違いなのは自分でも理解している。こんなぶっきらぼうに俺をはねのけたくなる彼女の気持ちも真っ当なものだと分かっている。
「関係ある」
「…………」
「俺は、君のクラスメイトだ。知り合いが雨の中佇んでいたら、心配くらいする」
「だから、何?私が心配だったからどうするの?」
「とりあえず、風邪を引くから家に帰らないと。自宅はどっち?良ければ送っていくけど」
俺がそう言えば、白妙さんは目を伏せた。そうして、弱々しい声で一言。
「家には、帰りたくない」
その言葉に、俺は顔を顰めそうになった。流石に、それは無理ってものだろう。家には帰らないと、親御さんも心配するだろうし何よりこの状態の白妙さんを外に放り出すなんてことはしたくない。
考えて、何とかして彼女を室内に押し込めることができないかと足りない脳をフルで回転させた結果、俺は一つの案を思いつく。自分でも、流石に無理があると分かっている。しかし、これしかないと思った。
「……なら、ウチに来るか?」
言ってしまって、間違えたと思った。傷心の女性を男の家に招くなんて、下心が丸見えだ。余計に彼女の心を抉るだけになってしまう。
そう思い、俺は焦る。
しかし、返ってきた反応は悪い物ではなく。白妙さんは静かに首を縦に振った。
俺はその反応に息を呑む。肯定されるとは思っていなかったというのも大きいが、何より一人暮らしの男子高校生の家にクラスメイトの異性を招くってどうすればいいのだろうかという不安もあった。
俺の袖を弱々しく掴む白妙さんを見て、俺はゆっくりと歩き出した。
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