第4話
僕は間もなく陽菜さんを起こして、大家さん宅で暖を取らせてもらいながら、一部始終を話して聞かせる。
「お待たせしましたー」
「ありがとうございます」
僕らは中年の女性——池田おばさんとしようか。池田おばさんの運んできた熱いお茶を頂いて、今一度考えを整理した。
ともすれば、僕の出した結論はこの場の温和な空気をぶち壊しかねないものでもあったからだ。
「あのー……それで、どうでした? やっぱり蛙の仕業かなにかで?」
僕は深呼吸していたところだが、改めて呼吸を繰り返したくなる。蛙の仕業だなんて、ガチで信じ込んでいるわけではないだろうな?
「祟りじゃ! 2025年がヤバい! SDGsの最後の項目が!」
そうしている間にも、居間のお座敷の方から大音響の悲鳴のようなものが聴こえてくる。
勘のいい諸氏はすでにお気づきのことかと思うが、僕は冷酷に告げなければならなかった。
「大変申し上げにくいのですが」
「はい」
「たぶん、あれです」
「すでに宇宙人はいる! ケロケロケロケロ」
僕があっさり口に出したのにも老婆の声がかぶさってきて、本当に聴き取れなかったのかもと勘繰りたくなるような不可解な表情を池田おばさんはしていた。
「え……ええと。と、申しますと」
「おばあちゃんの声でしょうね」
一方で僕はなんだか落ち着きを取り戻しつつあった。
口に出す直前までは憚られたけれど、これほど明快なこともない。今まさに実証されているのだから。
「他の部屋で騒ぎはなく、隣近所でもなければ、残るはこの大家さん宅しかないです。井戸の中で騒いだところで、ここまで聞こえてくるとは思えませんし」
「でもそれなら、お宅のおばあちゃんが、とか仰るものでは……」
「気を遣ったんじゃないでしょうか。直接言うのってなかなか憚られますし。最初は部屋の人を統合失調症だと疑って口に出しにくかったように、おばあちゃんやその家族にはっきりボケているのでは? なんて言えないもんですよ。他人とか世話になってる大家さんなら尚更です」
「はぁ……やっぱり、そうだったんですか」
僕が冷たいようだけど真実を告げると、池田おばさんはしかし、どこか安堵するようなため息をついた。
「いえ、ごめんなさいね。実は私もうすうすそんなところなんじゃないかと思ってたんですが、なかなか認められないし、それで井戸を見て、そういえば蛙が棲んでいたなーと。この辺、古い土地でそういう言い伝えも多く残ってますし」
「まぁ……そうなりますよね」
とは言いつつも、あの蛙の家族を見た後だと何とも複雑な気分にもなって、それこそ不思議な気持ちだった。
蛙ならいいのかっていう。
こんな話を聞いたことがある。
とある大学教授と教え子の話。
かの阪神大震災の折に、部屋に一緒に行って、ぐちゃぐちゃになった自室を見たその教え子の放った第一声がこうだった。
「こんなこと、いったい誰がやったんだ」
その教授はいたく驚いたという。
自然のやったことに対して、それは動転していたせいもあるだろうが、彼は責任を求めたのだ。
その自然だって別に人間を特別に傷つけようと思ってしているのではない。自然にしていたら、たまたまそれが地震だったり、台風だったり、そんな、人間にとっては災害につながってしまったというだけであって。もちろん被災者からすれば、また違うのだろうけれど。
人間は自分をなにか特別なものだと勘違いしている。
奇しくもつい先ほどの、蛙との不思議なコミュニケーションから、僕はなにか教わってしまったような気がするのだった。
さて、僕らは休みなくその足で、次は乃子ちゃんとこの近くの山へと進むわけだが、道中、ぽつりと友人の陽菜さんが漏らした。
「もう一個あるよね。言わなかったけど」
「え?!」
僕はいたく驚いた。
ずっと顎につけていた手を離すと、陽菜さんも少し面食らったようにして続ける。
「え。気遣って言わなかったんだと思ってた」
「どういうこと?」
「元々の路線だよ。やっぱり統合失調症だったんだよ」
「でも、別の人からもクレームがって……」
僕はそこで、はたと気がついてちょっと背筋が寒くなった。
それを見て、陽菜さんも頷いた。
「あそこに住んでる人、皆。……一人だけが、なんて決まりはないし、全員がそうじゃない可能性もないでしょ?」
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