第28話

掴まれた手首からごく自然に掌が滑り落ち、所謂親子繋ぎのような形で引かれるままについて行った。


けれど、途中で無性に気恥ずかしくなってしまって、かと言って振り解くのも感じが悪いような気がして、バッグからスマホを出したいと断ってさりげなく手を離した。


本当に女性の扱いに慣れているのだろう。手を繋ぐ事に何の躊躇いも気恥ずかしさも感じていない様子の眉目秀麗なこの人に、よく分からない敗北感が湧いてくる。



「それより、良いんですか?」


「ん?


「私みたいなのと居ると、印象良くないでしょう?」



芸能人はイメージが命だと云うし、こんな街中で(とは言え殆ど住宅街だけれど)私みたいな派手なイメージで売っている女と(とは言え今の私では誰も気付かないだろうけれど)2人でいるところを誰かに見られたら、ましてや記者に見つかりでもしたら、と考えると一抹の不安が過ぎった。



「ああ、写真ですか?俺、前科無い上に残念ながらまだそんなにマークされてないんで、安心してください」 


「でも、もしもの事があったら」


「それに、今のエトさんなら下手に晒されることも無いでしょ?」


「まあ、それはそうかもですけど……」



うだうだと不安がる私が面白くなったのだろうか、隣の美人はくすくすと笑っているだけだった。



「ほら、そうこうしてるうちに着きました」



ゆっくりと歩みを止めた場所は、意外にも狭い路地の裏だった。入り口には藍色の暖簾がかかっていて、隅っこにビールケースがいくつか置いてあった。


木の枠で造られた昔ながらの磨りガラスの引き戸は小ぢんまりとしていて、雨樋あまどいの側に取り付けられた暖色の明かりが暖簾の文字を照らしている。



「大衆居酒屋、嫌いでした?」



暖簾に手をかけながら振り返った彼がしくじったような顔でそう訊いてきた。嫌いどころではない。



「いえ、むしろこういうお店大好きで」


「はは、そりゃよかった」



こんなに良いお店に連れて来てくれるつもりだったのなら、最初からそう言ってくれれば良かったのに、色々逡巡して損したなあ、と、悪戯っ子みたいににいっと笑った彼に心の中で僅かな悪態をつきながら、金色に輝く液体の喉越しを心待ちにした。

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