第6話 1 幻獣襲来!

 それから三日間、ギイたちは森の中を歩き続けた。


 川への道は急な上り坂こそなかったが、足下が悪く、ギイは何度も転びそうになった。


 日が暮れると魔素獣が襲ってくる。


 イノシシ型以外にも、シカ型やキツネ型がいた。クマ型が襲ってきたときは、さすがのイズーも大技を使わずにはいられなかった。


 イズーを始め、みんな睡眠不足なので、徐々に弱ってくるはずである。

 しかし魔素獣の魔素が体内に入ってきているせいか、あまり疲れなかった。


 特にイズーとアリシアは、不自然なほど元気がよくなっている。以前より、明らかに目がギラギラしていた。


(二人とも、エナドリをキメてるみたいで、かなりヤバそうだよな)



 四日目になると、アリシアは背負い袋から出てきて、元気よく歩くようになった。

 旅の最初は、夜行性だと言いながら昼も夜も寝ていただけに、とんでもない変わりようである。


『大丈夫なのか、アリシア。無理しすぎたら、いつか倒れるぞ』

『大丈夫ですよう、クルポポー。ほら、イズーも寝てないのに、元気元気!』

『いや、まずいだろ。どっちも』


 イズーの足取りも軽い。

 ギイへの気遣いを忘れていないので、一人だけ早足になることは決してなかった。

 ただ、ときどき謎の鼻歌を歌っているので、とても気分がいいらしい。


 アリシアも浮かれた調子で言う。


『魔素獣が襲ってくるのは怖いけど、イズーが強いから助かりますよねえ。おかげで私も魔素をいっぱい取り入れられて、ホクホクです』


 タヌキの身体が、ポヨンポヨンと跳ねる。


『この調子だと、思ったよりも早く聖女の体に戻れるかもしれません。イズーには、どんどんがんばって欲しいですねえ。クルッポー』


 ギイは、ますます心配になってくる。


『二人を見ていると、魔素がエナドリみたいな気がしてくるんだけど、効き目が切れたら、ガクッとくるんじゃないのか? あくまでも体力の前借りだから、魔素の吸い込み過ぎはヤバいぞ』

『だーいじょうぶですよう。一時的にハイになっているだけで、そのうちこなれてくると思います。ポッポー』


(その「こなれたあと」が、ヤバいって言っているんだよ。……てか、二人とも、エナドリキメてるっていうより、酔っ払いのような気がしてきた。イズーも、また変な歌を歌い始めたし)



『ところでギイの調子はどうです? いま、凄く楽しくないですか?』

『……普通かな』


 魔素獣が消えるたびに、自分の身体にも魔素が入り込んでいる。本来ならアリシアたちと同じ状態になっていてもおかしくない。


 しかしいまのところ変化はなかった。変わったことといえば、旅に慣れてきたせいで、筋肉痛にならなくなったぐらいである。


(アリシアは聖女だし、イズーは魔法騎士だ。だから魔素の影響を受けやすいんだろうな。でも俺は魔力こそあるっぽいけど、ただの虚弱人間だし……。残念――いや、こんな酔っ払いみたいになるより、いまのほうがいいか)




 川の流れる音が近づいてきた。


 さらに進むと地面が丸石だらけになり、幅三メートルほどの川が現れる。

 イズーは楽しげに言った。


「ごらんください、ギイ様。リノ川の上流に出ました!」



 水底まで見える、美しい清流である。


 鬱蒼と生い茂っていた木々も川辺までは生えておらず、日差しも届いていた。

 川遊びをするにはちょうどいい場所だが、川下りは、どう考えても難しい。


「ここから何に乗るんだ? 筏(いかだ)とか無理だよな。水深も浅そうだからカヌーでも厳しい気がするけど……」

「桟橋があるのは、もうしばらく下流になります。三日ほど歩けばたどり着きますよ」


 イズーは当然のように言った。



「あと三日も歩くのか……」


 ギイは遠い目になった。川にさえ出られたら、楽になると信じていたからである。

 イズーは、にっこり笑う。


「船着き場のある町は、王都には及びませんが、かなり賑やかなところです。いまちょうど祭りの季節ですから、楽しいと思いますよ。変装は必須ですが、ギイ様ならうまくやれるでしょう」

「祭りって……子供じゃあるまいし」


(そもそも人目に付かないよう気をつけろとか、言ってなかったか? 魔素の酔っ払いって恐ろしいよな)


 ギイの懸念をよそに、イズーは楽しげに言う。


「三日歩くのがおつらいのであれば、私がギイ様を、おぶってさしあげますよ」

「いい。自分で歩く」


 イズーが笑いを堪えているような表情になり、ギイは不機嫌になった。



 ギイは、川の水に手を付けて遊んでいるアリシアに、そっと近寄る。


『イズーのやつ、俺のことを子供だと思っているよな。自分だって魔素の酔っ払いのくせに』

『疲れた、歩きたくないって言ってたら、そりゃあ子供だと思われますよ。ポポポ』


 アリシアは軽快に水面を叩きながら答えた。

 ギイはアリシアを、じろりと睨む。


『アリシアだって、ついこの間まで似たようなものだったろ。いまだってドーピング・タヌキだから元気なだけじゃないか』

『なんですか、ドーピング・タヌキって。失礼ですよ、ポポポン!』

『失礼も何も、ドーピング・タヌキそのもの……』



 急に日が陰り、ギイは言葉を切る。


 雲一つない空だったはずなのに、突然あたりが不自然なほど暗くなった。



 ギイは空を見る。


 上空に一羽の鳥がいた。


 翼の形から察するに猛禽類だろう。


 高い位置を飛んでいるにもかかわらず太陽光を遮るのだから、かなりの大きさだと思われる。ただ空には比較対象がないので、具体的なサイズまで分からなかった。



 イズーの緊迫した声が飛んでくる。


「ギイ様、いますぐ森まで走ってください! 急いで!!」

「え、なんで……」


。襲われる前に、早く!」



 イズーはギイの腕を掴み、一緒に走ろうとする。


「待ってくれ、タヌキが!」


 ギイはアリシアを抱え、イズーと走る。


「幻獣って何だ? 魔素獣とは別なのか?」

「全然違います」


 イズーは早口で説明する。


「魔素獣は、あくまでも魔素の塊です。元になるものは動物なので、力も動物の域を出ていません。ですが幻獣は違います」



 ピュ――――イッ!



 笛のような鋭い声が、周囲に響き渡る。


 走りながら振り返り、ギイは思わず声を上げそうになった。


 鳥が高度を下げたせいで、セスナ機ほどのサイズだと分かる。

 飛行機なら小型だが、猛禽類だと超巨大――ありえない大きさだ。


 狙いをこちらに定めて滑空してきたら、一瞬で連れ去られてしまうだろう。



(やばいやばいやばい絶対にやばい!!)



 動かないほうが見つからなかったのではとギイは思ったが、すぐに心の中で否定する。


 丸石だらけの川には、隠れられるような茂みも巨岩もない。じっとしていても、すぐに見つかるはずだ。


「ギイ様、よそ見をなさってはいけません!」


 イズーの厳しい声が飛ぶ。


「幻獣は神が世界に降り立つ前の、地上の覇者――いわば古代種です。まともに戦って勝てる相手ではありません。逃げ延びねば、死にます!」


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